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王国動乱 23

「イーガン、クレア。村へ戻れ。あっちに海へ抜ける通路がある。そこの金を持って何とか村まで戻ってくれ」


 殺気立つイエロを見据えながらシルバが言う。


「シルバ! 貴様、裏切ったか!」

「イーガン。行け」


 クレアは青ざめ、震えている。

 無理もない、何をやっても裏目に出たあげく、目の前で起きている対立は確実に自分が運んできたのだから。


 シルバの強い意志を理解したイーガンがクレアを強引に引っ張り、金貨の入った袋を攫う。


「ふざけるなよ……誰か、こ――」


 シルバが抜き放った剣がイエロの首筋に突きつけられる。

 目をむいたイエロがその動きを止める。


「……頼んだぞ、イーガン。早く行け」


 イーガンに引きずられるようにクレアの姿も通路へ消えていく。

 二人が消えてから充分な時間が経過すると、シルバは剣を引く。


「どういうつもりだ、シルバ」

「すまん、としか言えん。後は好きにしてくれ」


 剣を鞘に収めたシルバは、鞘ごと静かに机の上に置く。

 イエロは煮えたぎるような怒りの中、シルバの狙いを冷静な部分で計算する。


 ひとまず近くに居た手の者を呼び、シルバを拘束する。

 襲撃者への対処が先だ。

 金を奪って逃げた二人もそのままにしておくつもりは毛頭無いが、今最も損をしないためには襲撃者を撃退することが最優先だ。


 あの袋に入っていたのはいくらだったか。

 体の一部を奪われたような怒りに身を焦がしながら、イエロは報告を聞くために部下を呼び集めた。






 ペール村とヴァイセントの本拠地のちょうど中間あたりの森の中に、ロイ達は身を伏せていた。

 ゼナが腰のあたりに傷を受けており、休ませる必要がある。

 

「すまん、ハイデン。俺達の責任だ」

「いや、前衛の責任ではないな。ゼナは牽制というよりは……よそう。俺達全員の責任だ」


 誰の目にも明らかな程、脱出した頃にはゼナのローブは背中に血の染みが広がっていたが、本人は傷を受けたことに気が付いていなかった。


「ゼナの責任じゃない? やりすぎてたもの。自分のせいだよ」

「よせ、タッカ。何も言うな」


 傷の手当てを受け、ゼナは眠りについている。

 エリオとパーグ、エルイが周囲の見張りを行い、バリエとサントゥは脱出してきた地下坑道の入り口を監視するため戻った。


「それで、どうするの、ロイ」

「ああ……」


 当初の目的は幹部の始末だったが、それは失敗に終わった。

 だがそれはロイの考える最上の成果を得ることができなかったというだけで、一定の成果は残すことができた。


 ただ王都のゴタゴタに目処が立つまで、この襲撃でヴァイセントが大人しくなるかと言われれば疑問だ。

 任務は続行する必要がある。

 部隊に犠牲を出さずに敵の戦力を削ることには成功したのだ。


 ラスターが居なければ、どうなっていただろうか。


 そもそもあの突入も無かったはずで、一概には言えないが。

 あの状況が与えられたという前提では、全滅もしくは仲間を失うという痛手を負い、成果などと呼べる敵の戦力の削減も為し得なかったことは間違いない。


 自分の迷いが産んだ事態だった。

 これを受けて覚悟し直せば、などとという中途半端な気持ちで臨んだつもりも無かったし、また同じような事態になればやはり自分には迷いが生まれるだろう自覚がある。


 最初から犠牲を出すようなやり方は選択すべきではない。

 時間が掛かっても、やはり自分達の得意なやり方を自分達は貫くべきだ。

 仲間達が甘いと非難するのなら、リーダーからは降りるという決心をロイは固めていた。




 翌日になっても動きは見えない。

 入り口付近に厳重な警戒はあるものの、地下坑道を固めているようだ。

 当然、あの裏口もだろう。

 周囲一帯に仕掛けを施し、とりあえずの安全を確保したロイは、偵察番に張り付いているハイデンとパーグを除く全員を呼び集める。


「任務の成功を考えれば、やはり幹部の排除になるだろう。あの村にも動きは見えないが、ひとまず次どうするか決めたい」


 ゼナの周囲には簡素な寝床を用意し、寝かせている。

 少し熱が出たようで、薬は与えたが様子次第ではカザの村へ連れ帰る必要もある。


「と言ってもな。もう強行突破はできないだろう」

「ああ。俺もそれはしないと決めた」

「ゼナもああだしな。様子を見る他ないとは思うが」

「ゼナ、大丈夫かな」

「心配すんなって。命に関わる傷じゃないだろ」


「ラスター」

「そうですね……ゼナの怪我も無視できませんし、様子を見る方が良いんじゃないですかね」


 少し、ラスターとの間にはギクシャクとした空気が漂っている。

 ほぼ全員が感謝しているのだが、あの時生まれたラスターとこちらの意識の齟齬については、まだ何も話し合ってはいない。


 それが原因か分からないが、ラスターはますます一歩引いたような雰囲気で、ロイとしてもどうにかしたいのはやまやまなのだが、あの時見せた自分とラスターとの際立った能力の違いや判断の確かさに引け目を感じ、上手く話し合う機会を作り出せないでいた。


 冷静に思い出せば確かに、いや今の自分もみっともない。

 自分達はあの場において醜態を晒したも同然だし、あの時のラスターの苛立ちは当然だ。


 ラスターにも共倒れを要求した形なのだ。

 仲間だなどと言ってはいたが、ロイはあの時確かにラスターの事を考えてはいなかった。

 頭にはあったが、それだけだった。





 夜になると少し冷たい風が吹き始め、見張り番以外の人間は少しでもゼナが暖を取れるように、というつもりかゼナを中心に固まっている。

 流石に火は使えない。

 今は神経質すぎるくらいで丁度良い。



 用でも足すのか、ラスターが離れていく。

 様子見と決まったが、ロイはじゃあ、とゆっくりなどできない。できるはずもない。


 後を追いかける。

 万が一草むらにしゃがみ込むようならすぐに引き返すつもりで、静かに動く。

 

 姿が見えない。

 木陰にしゃがんだのか?


「ロイさん」


 少し離れた横手の木に背を預け、ラスターがこちらを見ている。


「ああ、すまんラスター。離れていくのに気が付いてな」

「何か話ですか?」

「ああ……ちょっといいか」


 適当な木の根元に座り込む。

 お互い、頭は冷えているはずだ。


「こういう時は酒でも飲みながら、ってとこでしょうけど」

「俺達にはそういう習慣が無くてな。すまん」


 ちょっとした冗談にもロイは生真面目に返事をしてしまう。

 そりゃまあ、とラスターは肩を竦めた。


「……礼を言ってなかったと思ってな。お前のおかげで犠牲を出さずにすんだ。ありがとう」

「俺の、っていうのはちょっと。自分が死にたくなかっただけですし、犠牲が出なかったのはロイさん達がそう動いた結果だと思いますけどね」


「あの後……お前が決断しなければ犠牲を出していただろう」

「……どうですかね。それに、俺が命惜しさに撤退を要求してなかったら、目的は果たせてたかもしれませんよ。ゼナには言っといて下さい、撤退を決めたのは俺だって」


「ゼナの傷、なんで見落としたんだろう。……俺も余裕が無かったんでしょうね」

「仕方ないだろう、それは。ラスターが気にかけることじゃない、こっちの責任だ」


 静かな夜の森に言葉が流れる。

 本来恐ろしいはずの夜の森も、二人が言葉を交わすにはちょうどいい。

 何を話すべきか。

 沢山あるが、交わすべき会話は作戦方針や互いの思惑などではないような気がする。



「……ゼナのこと、気付いているか」

「……何がです」

「ゼナが女だってことさ」

「ああ」

「やはり気付いていたか」


 自分が話すべきことかどうか迷いながら、言葉を探す。

 戦術よりも、今必要なのは互いを理解することだと、この不思議な男はそう思わせる。


「そうだな……やっぱり俺から色々話すのはやめにしよう。ゼナのことを知りたかったら本人に聞いて欲しい。ただ一つ言うなら男の方が都合がいい、部隊の理由としてはそんなところだ」


「そうですか」

「俺達は一緒に育ってきた。特にゼナとタッカは子供の頃からだ。妹とか弟で、全員が家族みたいなものだ。別に団欒を求めている訳じゃないんだが」


 手元の草をなぶる。

 他人に言うようなことではないかもしれないが。

 おかしなものだ、とロイは思う。

 いつだって教えに従い淡々と任務をこなしてきた自分が、たった一つの出来事で一気に人間臭さのようなものに囚われている。


 ラスターが混じったせいだろうか。

 初めて訪れた危機に打ちのめされたせいだろうか。


 いや、きっと本来自分はこうなのだろう。

 目を背けて気付かないふりをしていただけで。

 取り返しのつかない失敗を犯す前で良かったのだ。


「俺は向いてなかったんだな、多分」

「何にですか?」

「こういう、全部だよ。何もかもだ」


 ラスターは不思議そうに首を傾げている。

 ロイでさえ言葉に言い表せない胸の中の感情を、ろくに付き合いもないラスターが理解できるはずもない。


 ただロイは何となく、開放感のようなものを感じてスッキリした気分を味わっていた。


 何かの呪縛から解き放たれたような気がする。

 常に後ろから急かされ続けてきた誰かの声が止んだような、穏やかな気分だ。


「戻ったらミハイル様に伝えようと思う。俺が何を感じたか、自分がどうしたいのか、仲間達をどう思っているのかとか。別に仕事を投げ出すつもりじゃないが」

「あー、まずいですね」


 ん?

 何故だろう。


「別にそれでクビになったって構わないさ。それで粛清などと言い出す御方でもない」

「そうじゃなくてですね。任務は続けるんでしょう? 戦いに行く前にそういう、終わってから何をしたいなんて言う奴は、戦場じゃ真っ先に死ぬって傭兵の間じゃ有名なんですよ」

「そうなのか」


 声を立てて笑う。

 敵地で笑うなど初めてのことだ。

 頭ではこれは明確な緊張感の欠如だと理解しているが、実際今笑ったからと言って何の危険があるだろう。


 それが緩みに繋がるのは分かるが。

 こんなにも気持ちが良いものだとは思わなかった。


「面白いな、傭兵って奴は」

「面白くは無いですよ、実際死んでいく奴がいるんですから」


「なあ、ラスター。俺は明日からいつもの部隊長に戻るつもりでいる。ただ……上手く言えないが今だけ、この気分に浸りたいんだ。犠牲が出ても、任務達成のためには当然だと言い聞かせてた自分が嘘っぱちだったって気付けたのは、俺にとってすごく大事なことなんだ」


「俺から見ればずっとそうでしたよ」

「そうなのか? 参ったな」

「いいと思いますけどね、今のロイさんでも。まあ、任務をこなすにはそれじゃいけないのかもしれませんけど」



 ロイ達がどんな暮らしを送ってきたのかポツポツと語る。

 きっと普通の人間が聞いたら嫌悪感を抱くような話も中にはあったと思う。

 だがラスターは黙って聞いていた。



「一つ頼みがあるんだが」

「何でしょう」

「傭兵の話を聞かせてくれないか。できればみんなにも」

「え」


 ラスターが難色を示す。

 ロイは知る由もないがラスターには自慢できるような傭兵話などほとんど無い。


「頼む。正直ここからどう動けばいいのか分からなくなってるんだ。そこから何か見つけられそうな気がするんだよ」

「うーん」


「……最初に言っときますけど俺は傭兵としちゃぺーぺーもいいとこですよ」

「いいんだ」


「……あの坑道での戦い方の参考になるかもしれない話なら、無くはないですけど」

「頼む」



 きっとラスターも同じ気持ちに違いない。

 命を共にするには仲間であることこそが何より重要なはずだ。

 ロイはいつしか仲間として隣に座る傭兵を求め始めていた。



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