王国動乱 21
「それで、どうするつもりだ」
「……」
イーガンとクレアの報告によれば、ペール村は警戒態勢を取りシルバの指示を待っているという。
村に現れた二人組は偵察だろう。
やはり捕虜から情報を得た王国側は、攻撃を仕掛けてきたようだ。
シルバによれば捕虜となった男は拠点の場所やヴァイセントの基本的な組織構造は知っているが、詳細については知らないはずだと言う。
無論イエロはこの言を信じていない。
だからグリンを動かし、標的となるであろうペール村にシルバの戦力を集め、時間を稼がせるつもりだったのだ。
ただ予想以上に動きが早い。
王都の監視を行っている者から軍が動いたという情報は届いていない。
となれば、やはり前リンツ公から教えられた通り、リーゼンバッハの手の者だろうか。
「何を考える必要がある? ぐずぐずしているのは何故だ?」
イエロはここに至って本当にシルバを理解しかねていた。
あまりにもおかしい。
もう理性的な判断ができなくなっているのでは?
こいつ、病気か何かか?
イエロが束ねる「サウード」という組織はかつての南部の闇市場から発生した闇商人の集まりだ。
ターミル経由で運ばれた物資の横流しが主な取引になっており、部下にはターミル出身者も多い。
ボルグもその一人だったが、サウードの契約がきっちり履行されるのは背景に暴力組織を抱えているからだ。
現在拠点はサウードの総力で固めている。
王国全土に手を広げたサウードの根を手仕舞いにするのは惜しいが、サウード単体ではこの状況で維持していくのは難しいので仕方が無い。
散らばった財産を回収するのにあと数日。
北の商人はサウードの恐ろしさを知っているので確実に仕事するだろう。
ヴァイセントが一隻だけ保有する船、まあ大したシロモノではないが、それを使って海路で逃れるつもりだ。
問題はそれまで凌げるかだ。
ひとまずグリンは上手くやるだろう。
自分達も数日待てば逃れることはできる。
失うものはあるが、痛いのはこの拠点ぐらいで、取り返しはいくらでもきく。
ただシルバ達をどうするかだ。
この状況を招いた責任を取って矢面に立って貰うつもりではいるが、肝心のシルバがまるで腑抜けになっている。
下手に動かせばまた捕虜を取られて情報の漏洩に繋がるだけだろう。
イエロの読みでは最初に狙われるのはペール村だ。
せいぜい時間稼ぎでもして貰うくらいしか考え付かなかったのだが、ここに来てそれすらまともにできなさそうな気配だ。
のこのこと報告にきた二人の男女。
大失態を犯した者が伝令役で良く平気な顔ができるものだ。
とにかく、守りを固めるのだ。
後数日でいい。
活動資金さえ確保していれば、サウードは再起できる。
ワイトも最低限の仕事さえすればイエロに対して――。
「イエロ様! 襲撃です!」
「……来たか。状況は」
「そ、それが」
室内に刃物を突き刺したような一瞬の鋭い沈黙が訪れる。
「シルバ! 貴様ら! どこまで足を引っ張れば気が済むのだぁっ!」
最初に接敵した二人の見張りを排除して突き進み、坑道の中心部に近付く。
逃げまどう動きの悪い連中は無視し、前衛のロイ達は武装した戦闘員と交戦したかと思うと素早い連携で排除していく。
かなり広い空間に出たところで戦闘員の数が増え、現在、おそらく入り口付近を固めていたであろう連中が裏を取られたことを知り、次々に押し寄せてきているところだ。
ロイ達は予定通り方陣を作り小さく固まっている。
四角形の頂点にロイ、エルイ、サントゥ、パーグが立ち、時計回りに動きながらハイデン、タッカ、ゼナがその内側で三角形を作り、ロイ達と逆方向に回している。
隙間をカバーするように次々に相手を替え、翻弄する。
エリオとバリエは遊撃だが、俺達傭兵の言う遊撃とは大分異なる。
方陣の中を駆け回り、いきなり顔を出しては横槍を入れ牽制している。
そしてこの陣の司令塔はおそらくルパードが務めている。
広間を一矢乱れぬ動きで動き回っているのだが、どういう仕組みか方陣が崩れることがない。
飛び道具を射込まれないよう、敵に寄せるように動いているのが俺には分かるのだが、目が良いからか経験豊富だからかルパードはその指示を出しているようなのだ。
まったく、大したものだ。
思わず舌を巻く。
あの動きは尋常じゃない。
俺の評価じゃ連中は傭兵ランク5で間違いない。
あれが戦場にいたら厄介極まりないね。
半径2m程で展開した霧の中、唸りを立てて落ちてくる剣をヒョイと避けながら、粒子で捉えた全体の動きを観察する。
最初の見張りから拝借した剣を使い、大きく牽制しながら方陣を壁にするよう動き、俺が何をすべきか見極める。
この広間から続く道は二つ。
入ってきた通路を除いて、だ。
続々と押し寄せる敵が現れたのはほとんど左、大きな通路からだ。
俺達が裏口から侵入、しかもあんな海からとくれば、こちら側の警戒が手薄だったのは罠では無いだろう。
普通に考えれば拠点を守るのに配置するのは入り口であるはず。
なら、右の通路が当たりか?
広間は松明が方々に灯されており視界は確保されているが、光源としては弱い。
人が大勢入り乱れる中炎が揺らめき、複雑に踊り狂う影が敵も味方も幻惑するせいで、やや敵の動きが鈍いのが俺にとってはこの上なく有り難い。
打ち合いから距離を取ろうとした敵にナイフを投げ込み、素早く身を寄せると裸同然の衣服しか身に付けていないその体に剣を埋め込み、そのままナイフを首から抜き取る。
前に出た勢いで直前まで自分が居た空間を円を描くように剣で切り払い、背後の敵を牽制する。
方陣を背後の壁として利用し続けたいのは山々なのだが、俺が近くに居ることで動きの邪魔になるのではないかと考え、俺も徐々に単独行動に移りつつある。
大体分かった。
こいつらは戦闘訓練されていない。
集団戦闘としては、お粗末と言っていい。
個々の力量ではそれなりなのかもしれないが、ただ押し包み目の前の敵を相手にするようではロイ達の優位は揺るがないだろう。
既に十数人は切り伏せたはずだ。
が、徐々に焦りが生まれる。
ロイ達の戦いぶりが予想外だ。
手傷を負わせてはいるが、後方に下がったその連中も以前脅威として立ちふさがっているのが現状だ。
目標は敵幹部だが、突破するには厳しいだろう。
下手に移動して追い詰められれば、全滅は免れない。
縦横に動き回れるここで踏ん張るしか無くなってしまっている。
かなりまずい。
ロイ達は手練れだ。
未知の戦法で圧倒している。
だが、突破力に欠けている。
方陣で動き、ぶつかった部分を崩してそこの圧力が弱まったと見るや突出してきた部分を蹴散らす。
これならいけると思っていたが、はっきり言って計算違いだ。
彼らのやり方は乱戦からの離脱ありきだ。
殲滅し得る戦い方ではない。
敵が退く素振りを見せないのも意外だが……。
ロイ達の動きは落ちていない。
だが息遣いを聞くに、時間の問題だ。
「ロイ! どうするんだ!」
声は届いているだろうが、返事は無い。
再び周囲の敵をすり抜けるように捌き、二人程斬り捨てる。
俺を囲む敵の戦意も落ちているようではないが、警戒してか無闇に突っかかってこなくなっている。
ロイ達に欠けているのはこれだ。
彼らは未だ敵を寄せ付けてはいないが、はっきり言って守りに入っているだけだ。
俺は随分と勘違いをしていたようだ。
泣きたくなる。
ロイ達はまず、乱戦の素人だ。
一体何を考えているのか。
数が劣勢な場合、必要なのは確実に相手の戦力を減らすことであり、もしくは頭を叩くことだ。
守っていてもジリ貧になるに決まっているというのに。
敵は既に守る姿勢を取っている。
押し包んで弱るのを待つつもりだろう。
暴れ狂う獣は手が付けられないが、こちらが踏み込まない限り向こうも深くは踏み込んでこない。
いくら何でも誰だって気付く。
そして少数のこちらはそれをやられるとどうしようもなくなる。
四方八方からちょっかいをかけては退くということを繰り返し、方陣は籠の中で敏感に、律儀にそれを跳ね返し続ける。
でかい口叩きやがって!
「ロイ! くそっ」
身を翻し方陣へと駆ける。
邪魔な数人とすれ違い様に剣を合わせ、手首を叩き斬る。
「ぐあああっ!」
「そいつは注意しろ!」
敵は広間を囲むように広がり、下手に数を減らさない構えだ。
傍目にも動きが鈍くなりつつある方陣に飛び込む。
こちらを視認したパーグの動きに合わせ横をすり抜け、右手からナイフを突き出してきたタッカを払いのけるように優しくいなす。
「……!」
驚愕の表情を浮かべたタッカを無視し、あちらこちらに視線を飛ばすルパードの横に並ぶ。
「ルパード! 何やってるんだ!」
余裕が無いのかルパードは踊るように動きつつ手を動かしている。
おそらく回転しながら全員がルパードのサインを見て動いているのではないか。
止まれないのだろう、汗を浮かべたルパードは俺の存在に気付いてはいるだろうが返事をしない。
全体に動きを合わせ動く。
全員を霧の範囲に入れ、まずは確認だ。
飛び込んでくる情報をゆっくり、一人ずつ落ち着いて確認する。
怪我はほぼ無いと思う。
だが早晩誰かが脱落するだろう。
「全員聞いてくれ。このままじゃジリ貧だ。入り口はおそらく背の高い方。もう一つの方が奥に繋がってると思う。構えが厚い。ここでやれるとこまでやるか、一人でも多く道連れにするか。撤退するために入り口に向かって突破するか、奥の幹部を目指すか。どれも一か八かだがこのままは最悪だ。ルパード、あんたが指示してるようだから判断はあんたに任せる」
動き続ける連中に全て伝わったかは分からないが、ルパードには伝わったはずだ。
俺が二分するような格好になっていた敵が、俺達が一つになったことで向こうも狭く分厚い包囲を敷こうと動き出している。
どうする、ルパード。
時間は無い。
玉砕には付き合う気は無いぞ。
霧が、ルパードの動きの若干の変化を伝えてくる。
迷っているのか。
全員方陣を回す足を止めない。
ロイの表情も能面のように動かない。
徹底しすぎだ、まったく。