王国動乱 20
ヴァイセントが本拠地として利用している地下坑道は、かつてダンジョンだった場所の名残だ。
正確には、その入り口だ。
利用している本人達も気付いていないが、その昔多くの魔獣が闊歩していた時代に、この更に奥深くへと続く地下二階への入り口は封印されている。
封印後はレプゼント王国の冒険者時代、地位を持って活動していた盗賊達がギルドとして利用していたのだが、時を経てバンデットの塒となったのは偶然か、陰に属する者の習性か。
見る者が見れば面白いであろうこんな歴史も、今となっては誰も知る由もない。
「いつまでそうしているつもりだ?」
イエロがうんざりした表情で手を止め、部屋の隅に目を向ける。
部下達は拠点の移動含め、今後の新たな活動計画をまとめるため忙しく頭を働かせている。
すぐ戻ってきたかと思えばじっと腕を組み佇んでいるだけのシルバは目障りで仕方ない。
「とにかく一度戻り、備えろ。何故状況が理解できんのだ」
「資金が無ければできん」
「何度言わせる? すぐに運ぶ。ほんの数日だ」
活動資金は試算が終わらなければ動かせない。
それもこれもシルバのミスが招いた事態なのだが――とにかく、秘匿してきたヴァイセントの情報が漏れたであろう今は、危険を避けねばならない。
ワイト達が居るのであれば、構成員の拘束も情報の漏洩もそこまで問題では無かったのだが、使える人員も戦力も激減している今は違う。
慎重に動くべき時期に王都で馬鹿な真似をしでかしたシルバ一派には、唾を吐きかけてやりたい。
そのことを考えるとまた気分が悪くなりそうだったので、どうやってシルバを言いくるめるかに考えを戻す。
こいつがこんなにも白痴だったとは。
まさかここまでとは思っていなかった。
素人集団ではあったが、それはそれで使い道があったのだ。
まがりなりにも素人を束ね運用している能有る男だと思っていたのだが、ワイトが不在となってからこの男の無能ぶりを思い知った今となっては、呆れる他ない。
「お前はあの村で襲撃に備える必要があるはずだ。ここに居ていいのか?」
「だから資金を要求している」
「意味が無いな。この繰り返しは」
「イエロ、取り決めは取り決めだ」
「良く言えたものだ。お前達が――」
シルバと視線が絡み合う。
迫力だけはあるのだ、こいつは。
「まあいい。失敗を言い募る時ではなかったな」
「その挽回のためにも必要なのだ」
「挽回? まだ何かするつもりなのか?」
あまりにも考えの足りない言葉に頭痛がする。
「シルバ。最早挽回の余地など無い。言われた通り引っ込んでいてくれ」
シルバがじっとイエロの目を見据える。
「切り捨てるつもりか?」
「何?」
確かにそれも考えた。
だが単に切り捨てようとは思っていない。
第一、これまでの言動にそんな気配は微塵も出したつもりはないのだ。
「……いや、忘れてくれ」
シルバが目を逸らす。
さっさと帰って欲しいイエロの思惑をよそに、そのままシルバは再び木石と化す。
やれやれと首を振り、イエロは書類に目を落とす。
シルバ率いる野盗集団に名は無い。
若い頃シルバは傭兵団を継ぎ、活動していた。
その団には名前があったが、それはあくまでまだ形があった頃の傭兵団の名であり、現在シルバが率いる集団とは何の関係もないものだとシルバ自身は考えている。
シルバが傭兵団の活動を辞めた原因は、前団長から受け継いだ傭兵団そのものにあった。
汚職貴族の片棒を担いでいたのだ。
シルバは勿論そんなことは知らなかったし、言われた仕事をこなすだけのシルバに、その一端だけしか知らない男に全容を見極めて気付けなど、土台無理な話だ。
南部が統一されルンカト公爵ネイハム・バランダルが南部領主に任命されたとほぼ同時に、シルバは傭兵団を受け継いだ。
今思えば団長は逃げたのだ。
若手のまとめ役だったシルバに押し付けて。
取引があった貴族が中央に転封された直後、馬鹿正直に活動の場を模索していたシルバは気付けば罪人としてその名を挙げられていた。
罪人として南部軍の粛清対象となってはいたが、ぎりぎりのところでその難を逃れることができた。
古参の傭兵が教えてくれたのだ。
逃げろ。
俺達もそのつもりだ。
全てを知ったその日、ほとんどの傭兵は姿を消した。
残ったのは汚職の実行犯、傭兵団首魁シルバ。
何の冗談だ、と思った。
周りに残ったのはシルバ以下、少数の若い次世代の傭兵達だけだった。
堂々と裁きの場に出ようかとも思ったが、兄貴分として彼らを守る必要がある。
ひとまず身を潜め様子を見ることにしたのだが、これは正解だっただろう。
南部領主の粛清はあまりにも苛烈だった。
黒い部分を上から大量の白で塗りつぶすように、有無を言わせず徹底的に叩き潰して回ったのだ。
何故こんなことに。
俺が、こいつらが何をしたと言うのだ。
勿論罪の所在が自分達にあることは理解している。
知らなかった、で済む話でもない。
自分だけが責任を取ろうかと何度も考えたが、残された若い傭兵達はどうなるのか。
勿論傭兵活動などできないだろう。
きっちり登録されている。
それどころか、住む場所を見つけることも難しいだろうし、ましてや仕事など――。
当時のルンカト公の苛烈な粛清を考えれば、正直さは即、死に繋がったはずだ。
判断としては一つしかなかったのだ。
街を離れ、隠れ住んだ。
付いてきた傭兵達も、他に選択肢が無いことを理解してくれた。
そして、憤っていた。
子供ではない以上、言い訳だと取られても仕方のない話だが、自分達も被害者なのだ。
全員、仕事そのものに罪があることをしていた訳ではない。
しかしその言い分を受け入れてくれるかなど、他がどうなったかを見ていれば分かる。
一言の弁解も許されず斬り捨てられただろう。
全員がバンデットとして生きることを選択するまでに、そう長い時間は掛からなかった。
そして驚いたことに、自分達のような王国から弾かれた人間が他にも大勢いることを知った。
これはシルバの推測だが。
おそらく、ルンカト公は見逃したのだろう。
南部に所属する者であれば罪は清算してもらう。
だが、外で生きるのなら好きにしろ。
急激な掌握具合を見るに、もしかしたら手が回らず追い出しただけで良しとした可能性もある。
しかし東部海岸線付近があまりにも緩かった。
意図的に緩めたとしか思えない。
ただ、土地があるだけでバンデットとしての活動の余地は無かったが。
シルバは今でもあれが温情だなどとは到底思っていない。
自分達は追い立てられても仕方のない存在だったとしても、どう考えても被害者としか思えない人間も大勢いたのだ。
為政者の都合でしかない。
王国の仕組みに適合して生きる人間達の言う、「南部は生まれ変わった」など、笑う気にもなれない。
そうやって生きていくしかない人間は皆バンデットなのだ。
他に生き方があるのなら、教えてくれ。
その答えがどこにあるのか分からないまま、行き場の無い人間の拠り所として活動している内に、いつしかバンデットとして生きていくことを受け入れていた。
特に崇高な理念など無い。
東部海岸線 2
王国が重要視していない地域なのは確かだが、軍は当然不測の事態に備えて地形等把握している。また、完全に放置されている訳でもなく、要所要所には兵が出動できるよう詰め所もあり、兵士が持ち回りで詰めている。