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王国動乱 19

「ちょっと待て。まだ降りるなよ」


 先にロープを伝って降りた身軽なサントゥの声を聞く。

 

「下はどうなってる」

「足場がある。ただ狭い。二人がいいとこだ」


 海面から吹き上がってくる風にフードがはためく。

 水平線の向こうにはただ曇り空が続いているだけで、あの場所まで行ったらその先はどうなっているのだろう、などと待ち時間を消費してみる。


 亀裂から手が現れるとガシッと地面を掴み、一度降りたサントゥがヒョイと体を持ち上げ戻ってきた。

 

「ロープが中腹辺りまで垂れ下がっていてそこに円形に削られた足場がある。そこから新たな楔に別のロープが繋がれていて、足場の下に続いている」

「なるほど」


「降りるなら一人ずつになる。ちょっと手間だな」

「迷ってても仕方が無い。サントゥ、先陣を頼めるか」


 了解、という言葉と共にサントゥが再びためらいなく亀裂に身を躍らせる。

 エルイ、お前も降りて来い、というサントゥの声にエルイが続く。


 やる事も無いのでハイデンやパーグ、ルパードのように周囲の警戒の真似事でもしてみる。

 数秒で飽きてまた水平線を眺めることにした。

 良い眺めだ。

 タッカとゼナは崖の淵に腹ばいになって下のサントゥとエルイを覗き込んでいる。

 一瞬脅かしてやりたいイタズラ心に駆られるが、シャレにならなそうなのでやっぱり海でも眺めておこう。




「面倒な事しやがる。奴らロープを切ってやがった」

「行けないのか?」

「いや、嫌がらせみたいなもんだ。こうなってる」


 ガリガリと地面に絵を描き、サントゥが説明してくれる。

 エルイは下に残ったままだ。


「ここまで降りたんだがこの下の横穴に降りるには少し角度が必要だ。ロープにぶら下がって体を振って着地したんだろう。他の奴がそうできないように、おそらくロープを切ったんだろうよ。先端が明らかに切れてたからな」


「じゃあロープがあればいけそうか?」

「ああ。タッカ、ロープ出しな」

「これで足りる?」

「んー……よし、充分だ。一応玉も作っとくか」


 ほれ、とタッカとゼナにロープを渡すと、このくらいの間隔で、という指示に従い二人はロープを持ち上げくるくるとあっという間に等間隔の玉を作り上げた。


 お見事。

 心の中で拍手する俺をよそに、ロープを肩に担いだサントゥはまた亀裂に身を躍らせていく。

 ご苦労様です。



 またまた僅かな待ち時間となる。

 腹ばいになっていたタッカが「あ、もったいない」と声を上げたので何事かと聞いてみる。


「最初に付いてたロープを切って捨てたんだよ。海に落ちてくロープが見えたよ」


 持っとけば使えるのにな、と小さく不満を漏らす。

 セコいなどと言うなかれ。

 確かに構造を考えれば新たに用意したロープの回収は難しそうだ。

 物資は再利用できるものはするに越したことはない。




「ロイ! 横穴の先もある程度確認できたそうだ。順番に一人ずつ寄越してくれ」


 エルイの呼びかけにロイが順番を指示する。

 次々に亀裂へと飛び込む姿に躊躇は無い。

 傭兵団として商売を始めれば、きっと彼らは優秀な成績を残すだろう。


 自分の番になると慎重にロープを掴み崖を蹴り降りる。

 足場に到着するとエルイがロープを差し出してきた。


「焦らずゆっくり降りてくれ」


 エルイは崖を背に、念のためか楔が外れないよう腰を落としロープの根元を握りしめる。

 一つ頷くと俺も後ろ向きに降下を開始する。

 こういう時、俺の持つ探知のアドバンテージはあまり役に立たない。


 便利な魔法と違い、探知は生かすも殺すも基本はこの身体の能力次第だ。慎重にロープを握った手を下へ下へと送り、リズムを刻むように両足で壁面を蹴り跳ねるように降りていく。


「よし、そこからはぶら下がって手だけで降りてくれ。落ちても海面はすぐそこだが、流れで崖に打ち付けられるかもしれないからな」

「了解です」


 見守るサントゥの近くでぶら下がった体を揺する。

 両足を振り子のように前後させ勢いをつけると滑らかに着地する。

 よしよし、上手くいった。


「エルイ、次だ」


 サントゥが上に合図を送る。

 海面近くに開いたこの横穴は隠し通路のようなものだろうか。

 先に到着していた連中が暗闇の奥で偵察しているのを感じる。


 

 最後にロイが降りてくると、一度全員が集まる。

 

「この先はどんな感じだ」

「緩い坂になってる。深くまでは確認しなかったが少なくともちょっと先まで人の気配は無い」

「よし、これが最終確認だ」


 全員の顔が引き締まる。


「ここからは一気に強行突破を図る。目標は情報にあった敵幹部。ならびに構成員の排除だ。ラスター、いいか」

「問題ありません」

「陣形は先頭に俺、サントゥ、パーグ、エリオ。中団にハイデン、タッカ、ゼナ、ルパード」


「後方にバリエ、パーグ、ラスターだ。広間に出て乱戦になりそうな場合は俺が指示する。方陣だ。左翼にパーグ、右翼にサントゥが展開。中央にルパード、ハイデン達は中で支援。エリオとバリエが遊撃」


「ラスター、お前も遊撃に回ってくれ。一番力を発揮できる戦い方をしてくれれば構わない。できる限りこっちで合わせるつもりだが、突出しても救出はできない」


「分かりました」

「全員武器用意」


 それぞれ得手となる武器を手に持つ。

 戦闘班は皆小剣で、サントゥは両手に構えている。

 タッカはナイフ、ゼナは手のひら程の長さの細長い針を手にしている。手首に巻いた革に何本か刺してあるのが見えたので、おそらく体に何本も仕込んでいるのだろう。


 エリオ、バリエ、ハイデン、ルパードは特に何か抜き放ってはいない。

 何だろう。

 不謹慎だがちょっと楽しみだな。



 俺は合計で十本のナイフを仕込んでいる。

 一応近接戦もできるようにそれぞれ長さが違ったりするが、基本は投げて使う。

 敵がひしめく戦場では勿論剣を持つが。

 投げナイフでは殺傷力に欠ける上、いちいち回収して回れない状況の方が多い。


 弓矢はまだしも投擲武器を使う傭兵はほとんど居ないのが現状だ。

 そんなことをしていれば赤字だからな。

 だから戦略的な戦場においては、俺の近接投擲スタイルとでも言えばいい戦い方は仲間の援護がメインであり、結構効果的だと手応えを得ている。


 ただ狭い場所での乱戦だとやはり剣や槍が欲しい。

 こういう展開に備えなかった自分が悪いのだが。


「開始する」


 曇天の海を背に疾走し始める。

 当然俺は探知を展開しているから問題ないが、ロイ達も暗闇に怯む様子が無い。

 訓練しているのだろう。

 俺はとてもじゃないけど目だけじゃ無理だね。


 坂を上りきると、今度は平坦な一本道に変わる。

 しばらく疾走したところで先頭の動きが止まる。

 分かれ道だ。


「ハイデン」


 無言で歩を進めたハイデンが何かを地面にぶち撒けた。

 シュッと音がし、光が射す。

 小さな松明に照らされたハイデンは屈みこんで少し前に進みながら、手にした水のようなものを撒いていく。


「右だ」


 松明を消し再び暗闇が戻り、ほんの少し待機する。

 目を慣らす時間か。

 音も無く走り出した先頭集団の後を追う。



 光源。

 炎の揺らめきか、僅かに揺れている。

 一度光の届かない暗闇に全員一塊になって様子を窺う。


「何か聞こえるか」


 ほんの微かな囁き声でロイが呟く。

 誰も返事をしない。


 居ますね。二人です。


 そう告げてやりたいところだが――。

 結局俺も彼らを心の底から信じきるには至っていない。

 彼らは王国貴族の私兵であり、俺は雇われの傭兵にすぎない。


 俺が黙っていたことでもし誰かが死ぬような事態になれば、俺は後悔するだろうか。



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