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王国動乱 16

 夜が明けるにはまだ早い。

 ターゼントで規則正しい生活に慣れきってしまっていた俺には、やはり短い睡眠時間と野宿は辛い。


「おい、冗談じゃないぞ。もっと緊張感を持て」


 俺と同じく身を潜め、彫像のようにじっと伐採場を監視していたゼナが俺の噛み殺した欠伸に反応し、小さく囁くように注意してくる。


 ただでさえ掠れた声での囁きは近くに居ても聞き取り辛いが、その声に含まれた苛立ちだけははっきりと伝わってくるのだから、人間の意思伝達能力とは大したもんだ、と思う。


 小屋と伐採場を結ぶ線上の、一際高い樹上で寄り添うように身を潜めて一時間。

 一切変化も面白味も無い景色を眺め続けるのはあまりにも退屈だ。


 暗いし、身動きもできない。

 おまけに寝不足なんだ、欠伸が出るのも仕方ないだろう?


 大体、俺は粒子で完全に一帯を把握している。

 欠伸したところで問題など無いと反論しても良いところだが、それができる訳も無いので肩を竦めるに留めておく。


「なんで俺がお前となんか……」


 部隊の中で唯一ゼナだけが、分かりやすい反感を俺に向けてくる。

 小柄なゼナのフードを見下ろすようにチラリと視線を向ける。

 するとすぐに視線を感じるのか、なんだ、と言いたげな顔でこちらを睨みつけてくるのだ。


 退屈を紛らわす遊びだが、視線を向ける度に律儀に反応してくるのだからお前こそ集中しろと言ってやりたい。


 声こそ酒やけが行き着く所まで行ったおっさん――勿論こんな感想はおくびにも出したことはない――だが、首布で口元まで隠れたゼナの顔立ちは見える限りかなりの美少年だ。

 いや。違う。




 この部隊と一緒に行動して気付いたことの一つに、育ちの良さというのがある。

 雰囲気こそ傭兵団の一部隊だが、そこにあるガラの悪さや品の無さといったものは一切感じられない。


 砕けた口調のルパードやバリエですら、言葉遣いは傭兵達と比べると遥かに上品だ。

 子供の頃からミハイル様の元で育てられたタッカなど、顕著にそれが見てとれる。まあ彼の場合はお坊ちゃん、と呼べる程極端なのだが。



 そこへ行くと、タッカと同じ年齢であるゼナには違和感を感じる。

 確かに汚い単語こそ使わないものの、乱暴な口調は他の部隊員と比べるとどうもしっくりこないのだ。


 心当たりなら有る。

 大いに、有る。


 ミハイル様やロイからは部隊の人間は全員男だと説明されているし、仲間達もそんな風にゼナのことを扱っている。


 俺も最初はそう思っていた。

 革鎧でも着ているのか単に平坦なのか、体つきでは判断できないが――おっと。


 伏兵として無駄な時間を過ごしていた俺を迎えにゼナが来た時、馬乗りで押さえ込んで気付いたのだ。

 霧がもたらした情報は、女。

 一瞬疑問に思った俺は、あの時まじまじとゼナの顔を眺めてしまったものだ。



 何故ゼナが女であることを偽っているのか気にはなるが、言葉遣いからしても本人もその事を隠したいようではあるし、詮索しようとは思わない。


 色々推測もできるが、不思議なのは名前だ。

 女みたいな名前だな、と思っていたがまんま女だとは驚く。偽名でも使えばいい。


「……交代が来たようだ。ふん、ようやくお前と離れられるな。とんだお荷物だ」


 何だとこの野郎。

 抱きしめてやろうか。


 あ、野郎というのは違うのか。

 ゼナより先に俺も二人、次の番であるエルイとハイデンが接近しているのは捉えている。


 少しだけ残念だ。

 敵に発見された時、異変を発見した時のコンビの動きをここに来る前に教授されている。

 それによって俺達はこうして寄り添うようにくっついて潜伏している訳だが、これはゼナが女であるという事を発見した俺にとっては嫌なものでは無い。


 いや、別にエロい考えではないよ?

 そりゃ女として改めて見るとゼナは美形だ。

 だが流石に血なまぐさい依頼の最中に部隊の仲間に欲情する程俺は獣ではない。


 マジで。


 ただ、こう、何と言うのかな。

 ゼナは俺のことを嫌っているようだが、口汚く罵ってくる訳でもないし、こうして身を寄せ合うことに嫌悪感を示す訳でもない。


 精一杯、オマエなんかキライだ、とそんな態度を無理して取っているようなそんな風な感じを受けるのだ。


 無論これは俺の願望込みかもしれないが。

 この湧き上がる不思議な感情は自分でも説明し難い。


 つんけんした小柄な彼女が俺に、そう、まるで猫がシャーッと毛を逆立てるような可愛らしい反抗を示す度に、突っぱねられれば突っぱねられる程に、ガバリと抱きしめたくなるような気持ちになるのだ。


 うーん、不思議だ。

 普通俺のことを嫌う女などこっちからお断りなのだが。



 ヒョイと体を後ろに反らし、交代が完全に完了するまで真面目にじっと伐採場を監視するゼナの小さな後ろ姿を眺める。


 やはり、なんだ、と言いたげにクルリと振り向き上目遣いで俺を睨んでくる。


 イカンイカン。

 危うく抱きしめるところだった。

 前もなんかこういう事あったな。

 気をしっかり引き締めていかなければいけない。


 ゼナは何だか俺の新たな扉を開いてしまいそうな、そんな気がする。気を付けよう。






「ダメだな、こりゃ。ロイ、どうする」

「撤収だな。戻るぞ」


 昼まで交代で監視を続けたが変化が無く、再度地下の調査を行ったもののやはり手がかりになりそうな痕跡等は見つけることができなかった。


 外は戦闘班のエルイ・サントゥ・パーグに加えエリオとハイデンが警戒網を敷いている。

 その内側に伝令役のタッカとゼナだ。

 俺とロイ、バリエは急いで外へ戻る。


「ダメだった?」


 ゼナの質問に無言で頷いたロイはタッカとゼナの背中を押し、空き地を駆ける。

 この辺の連携がどうなっているのか俺にはまだ分かっていないが、空き地の外周に立っていた五人、正確には今向かっている方向には居ない四人が動き出すのを探知する。


 森に沿うように移動してきた四人が背後から合流すると、速度を上げ森の中を駆け抜ける。


 


 小屋の周囲の仕掛けにやはり反応は無い。

 安全には違いないが、ロイとしてはむしろ何者かによる仕掛けの作動でも欲しかったところだろうか。


「では考えろ。本拠地と思われる海岸沿いの地下坑道と、捕虜が所属していた野盗団の巣窟である村。このどちらを目標にするか」


 当初の方針では次は村の予定だった。

 だが予想外の事態にもう一度考え直す必要が出てきたのだろう。


 全員目を閉じている。

 ほう、と心の中で感嘆の声を上げる。

 あのタッカでさえ、プロの顔つきだ。

 仕事の組み立てを考えることまで徹底して教育を施されているのだろう、いやはや大した連中だ。


「決を採るぞ。海岸が先」


 パーグ、エリオ、バリエ、タッカ、ゼナが手を上げる。


「パーグ」

「敵が動いたことが分かった以上、時間を掛けると更に状況が動きかねない。先に本拠地を確認すべきだ」


「エリオ」

「パーグとほとんど同じだ。それに、ミハイル様の指示を考えれば頭を叩くことが一番効果的だろう」


「バリエ」

「捕虜を出した村だ。俺達が追いきれなかった奴らがいる場所だ。罠を張られてたら面倒だ」


「タッカ」

「物資も無限じゃないよ。時間もね。あてが外れた以上、一つに絞るのがいいと思う」


「ゼナ」

「バリエと同じ。向こうも警戒してると思う。どちらも危険なら、勝負に出た方が失敗しても納得して死んでいける」


 うお、覚悟してんな。

 随分と真剣なやり取りだ。


「俺の考えは当初と同じだ。できれば撹乱してから本拠地に向かいたい。そのためにも、まずは村がどうなっているか確認だけでもしたい。ハイデン」


「そうだな。真っ白の状態で危険を取るより焦らず村の確認からだ」


「エルイ」

「敵の数を確実に減らした方がいい。そこで潰えたとしても、それは無駄では無いはずだ。本拠地で成果を何も出せないよりはな」


「サントゥ」

「地下坑道では俺達の本来の動きは難しい。何としても情報が必要だと思う」


「ルパード」

「ま、焦る必要が出た訳でもないんだ。その村の連中がどの程度なのか見極めるだけでも、ある程度組織の陣容は掴めるんじゃないか」


「ラスター」

「はい?」


 全員が俺を見る。

 車座になった顔が一斉に、グルリと。


「……お前の考えも聞かせてくれ」

「えっ、俺もなんですか」

「当たり前だろう。お前も俺達の一員だ」


 タッカが目を丸くしている。

 バリエとルパードは口元がニヤついている。

 

 ゼナの視線は冷ややかだ。

 蔑むように目を細めて俺を見ている。

 いいぞ。



 馬鹿な事を言っている場合じゃない。


「あー、こういう仕事に関して俺は素人なんで聞き流す程度にして貰いたいんですけど」


 一応自分の意見も述べることにする。

 俺にできるのは傭兵としての見解だ。

 ランク1のな。


「俺も村が先です。偵察も地下よりやり易いでしょうし。それに、軽くでもちょっかい出せば本拠地に連絡しに行く人間が居るんじゃないですかね? これ、ウサギって戦法なんですけど」


「ほう。それは初めて聞くな。教えてくれないか」

「はい。まあなんでそう言うのかは知らないですけど。斥候にわざとぶつかって、別働隊が後をつけるんですよ。そいつらが戻った先が巣穴ってことです」


 ほーう、と声が聞こえる。

 別に俺が考えた訳じゃない。

 大体、本当に果たすべき役割が何かというのは俺が決めることではないのだ。

 言っとくが自分なら、という狭い視点だからな。


「確かに本拠地に向かうようなら少なくともまた留守ってことだけは避けられそうだな」

「いいかもしれん。予測危険度の低い方で仕掛けて、本拠地の最初の偵察をリスク無しで行える」

「面白いな。傭兵って奴も」

「敵がウサギならさしずめ俺達はサーベルタイガー、か……」


 ふん、とゼナが鼻を鳴らす。

 バリエにじゃない。


「別に敵を泳がせるなんて普通じゃないか。偵察した後の選択肢で当たり前に出てきたさ」

「ゼナ、そいつはちょっと違う」


 ルパードが顎をさすりながら言う。


「初めからその想定でやるのとじゃ成果や効率がまるで違ってくる。俺達は皆戦術も叩き込まれたが、基本となる動きも考え方も一緒だ」


「それが俺達の強みでもある。だけどな、逆に言えばそれ頼みで新しい発想に欠ける。俺達の意見を思い出してみろ。いつものやり方って前提だ。別にそれが悪い訳じゃないぞ。ただラスターは俺達の頭に無かった角度の発想をしてくれた、具体的にな」


 ヒョイと両手を上げてバリエが追随する。


「そういうこと。俺達はそこを評価してんのさ」


 ハイデンや年長組も頷く。

 その様子を見たゼナは悔しそうに俺を睨む。

 素晴らしい連携だ、いいぞ。


 おお……だからダメだっての……。


「よし、もう一度ラスターの提案を踏まえた上で決を採るぞ。考えろ」


 ロイの掛け声で全員が瞑想を始める。

 いやー、責任取れないんだけどなぁ。


 あ、また呼ばれるのに備えて俺も考えないと。

 もう何も浮かばんけどね。


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