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王国動乱 14

登場人物紹介

 リーゼンバッハの闇部隊……ロイをリーダーとした特殊技能集団。年齢順に、ルパード、ハイデン、パーグ、ロイ、サントゥ、エルイ、エリオ、バリエ、タッカ、ゼナの十名で構成されている。

「イエロ。すまん」

「グリンの気持ちも分からんではないぞ。私も本音を言えばお前をくびり殺してやりたい」


 ヴァイセント本拠地に残った幹部は3人しかいない。

 残された、とは思わない。

 イエロには自分がヴァイセントの資金を生み出してきたという自負があるし、実際イエロ抜きではレプゼント国内におけるヴァイセントの活動はすぐにストップしてしまうだろう。


 グリンの部下も必要不可欠だ。

 イエロはグリンを時代錯誤の知恵遅れと蔑んでいるが、グリン無しではあの連中を御することはできない。


 唯一シルバだけは、捨て置かれたのではないかとイエロは思っている。


 ヴァイセントのボス、ワイトは残る幹部と共にガリア王国へと飛んでいる。

 留守を任されて早々にシルバが立て続けに失態を犯し、イエロとしても喚き散らしたいところなのだ。


 だがワイトから直接組織の束ねを任されたイエロは、この3人の戦力でなんとか運営していかなければならない。頭不在の組織とはいえ、自分が任されてすぐ瓦解しました、などと報告すれば責任をとらされるのはイエロなのだ。


「だが今はとにかく守りを固めるのが先決だ。お前の失敗をとやかく言っても始まらん。部下の掌握はできているのだろうな?」

「ああ」

「次は無いぞ。グリンではないが、もしまた勝手に行動を起こすようなことになれば、粛清対象としてお前のことを報告する。いいな」

「分かっている」


 本当に分かっているのだろうか、こいつは。

 寡黙な男も、こう失敗を続けた後でもこんな調子では、頭の足りない男のように映ってしまう。


「部下は全員戻せ。あの村で大人しくしていろ」

「承知した」



 シルバが去り、一人残ったイエロはランプを一つ取り、残りを吹き消す。

 薄暗い洞窟を歩き、別の空間へ入る。


「イエロ様。隠し金の移送は全て手配し終わりました」

「王都の方はどうなった」

「そちらはなかなか。徐々に資産を運び出す他無いかと。例の一件のせいでいつものルートも危険になっております」


 返す返すも悔やまれる。

 シルバのせいで計画が台無しだ。

 おそらくダックというシルバの部下からこちらの情報はある程度漏れてしまったはずだ。

 ボルグのせいで軍もこちらに目を向けただろう。


 くそっ。

 シルバめ。


「取引は一時全て中止だ。徹底させろ」

「北も止めるのですか?」

「人手が足りんのにこれ以上尻尾を掴まれる訳にはいかん。とにかく今は隠れることを徹底させておけ」


 グリンが上手くやるかどうか。

 撹乱に徹して敵の目を引き付けるよう指示したが、やりすぎないかが不安だ。


「リンツ大公の手は借りられないのですか」

「やめろ。あれは狂人だ。我々が取引をするような相手ではない。接触するな」


 あの老人のせいでこうなった。

 ガリア王国と繋いでくれたのはいい。

 巫女の拉致という依頼でヴァイセントに莫大な金をもたらしたのもいい。


 だがそもそもイエロはあの依頼自体懐疑的だった。

 何故陰の王族が接触してきた?

 何故そんな大事を持ち込んだ?

 何故ワイトはそんな危険な橋を渡った?


 ある日魔獣薬という狂ったシロモノをワイトが見せてくれたことで納得がいった。

 おかげでワイトは今までの活動に見切りを付け、この有様だ。


 あの老人は破滅を望んでいるようにしか思えない。

 貴族然とした優雅な空気を身に纏いながら、おぞましい内容を淡々とワイトと話しているのを目にした時は、背筋に走る震えを抑えることができなかった。


「いいか、全員しばらくは一切から手を引け。損失の把握と報告だけは怠るな。どうしても動く必要のある案件、見過ごせない損失がある場合だけ私に言ってこい」


 イエロの言葉が終わるや否や、その場にいた部下達は全員一斉にイエロの前に並ぶ。

 思わず喉元までせり上がった罵声を飲み込む。

 面倒この上ないが、この金に対する執着心こそが、イエロの配下の優秀さの証明とも言えるのだから。





 

「ここで寝泊りするんですか?」

「そうだ。とりあえずはな」


 カザの村から北東に更に一時間程進んだ森の中。

 ラスター達強襲部隊はボロボロに朽ちた丸太小屋の前に来ていた。

 おそらくこの辺りで木こりでも営んでいた人間がいたのだろう、その名残のようなものが見てとれる。


「俺は何しましょう」

「とりあえずはこちらに任せてくれ。警戒線になる仕掛けを施して安全を確保するので、まあこんな小屋だがのんびり寛いでいてくれればいい」


 ラスターは周囲を見回すと、のんびりねえ、と呟き小屋の中を覗きにいく。

 ロイの仲間は既に行動に移っている。

 計画としては、捕虜から得た情報を基にいくつかの地点に襲撃を掛けることになっている。


 だが、数としてはあちらが圧倒的に多い。

 本命と思われる場所を叩く為に、ここを拠点としたゲリラ作戦を行い、敵の戦力を目的の場所から引き剥がすつもりでいる。


 実のところミハイルからの指示は撹乱だ。

 殲滅と言ったが、むざむざ部下を失うような指示をミハイルが出す筈がない。ヴァイセントを攻撃することで向こうに自由に行動させなくするのが狙いであり、殲滅と言ったのはラスターの意識を戦闘行為であると認識させる為にあえて言ったようなものだ。


 だがロイとしてはチャンスだとも思っている。

 ロイ達は情報員と違い、長い訓練を受け暗闘の技術を磨いている。

 ミハイル直属の彼らには、これまでも敵とする者たちとの密かなぶつかり合いなら何度もあったが、そのほとんどは情報員を援護する為のものだった。

 

 その為の部隊であることも重々承知だが、手の届かない所で仲間達が傷付いていくことで、もどかしさと共に、何故自分達をもっと縦横に使ってくれないのだ、という不満にも似た感情が部隊の中にあるのも確かだ。


 明確に敵の姿が判明した今、後顧の憂い無く敵の戦力を削ることができる機会を、無駄にはしたくなかった。

 ただしミハイルの意図から外れることはできない。


 捕虜が所属していたヴァイセントの部隊が偽装している村。

 ここから少し北上した森の中の伐採場跡。

 そして海岸線沿いの地下洞窟。

 どれも巧妙に隠され、情報員が入り込む余地が無かった場所の為に今まで掴むことができなかった。


 今王国軍を動員する訳にはいかない。

 王都から動かせばネイハムの力を削ぐことになる。

 お前達でやって貰いたい。

 このミハイルの判断はロイ達への信頼の表れでもあるのだ。


「ロイ、仕掛けが完了した」


 ここからどう動くか思案するロイの元に仲間達が戻ってくる。

 ロイ含む十名は、隠密による暗闘を得意としている。

 というよりも、その動きに徹する訓練を積んできたと言っていい。


 正面切っての乱戦ができない訳ではないが、犠牲が出る上に色々と痕跡を残すような戦い方はリーゼンバッハには不要なのだ。



 服をはたきながら小屋から出てきた傭兵を見る。

 ルンカト公が雇っている傭兵が戦力に加わると聞いた時は、てっきり主の護衛だと思っていた。

 だが試すための地下での邂逅で、分かった。


 声を掛けられ、動くなと言われた時に走った悪寒。

 あれはただ腕が立つというのとは違う。

 自分ですら、あの状態で伏せている仲間がいれば気付くことはできなかっただろう。


 自分も仲間達も、ここに来るまでに行った演習で既にラスターのことを認めている。

 剣を交えた訳では無いが、あの隠形を見破ったのは他の仲間も見ていた者がいるし、何より森の中でラスターは実にあっさりとロイ達を出し抜いて見せたのだ。


 傍から見ればかくれんぼに近い。

 加えて鬼ごっこだ。

 一見馬鹿げた訓練だが、ロイ達の連携の中逃げおおせる者など、仲間内でもそうは居ない。

 何故なら捕らえる為の訓練なのだ。


 三十秒目を離した後追跡を開始したロイ達は、設定した限界線の中で制限時間に到達して尚、ラスターを発見することすらできなかった。


 ラスターにしても、簡単だった訳ではない。

 樹上に登るか、とも思ったが逃げ場を無くすのも馬鹿馬鹿しい。

 三十秒で隠れた後、ロイ達全員を粒子で捉え、その体の向きから視線を確認しながら常に背後へと、円を描くように回り込み続けたのだ。


 時間が迫り散開してくるようなら手薄な方へ逃げ身を潜めようと思っていたが、最後までロイ達は陣形を崩さなかった。

 これはラスターにも意外だったが、ロイ達のこの徹底した行動には満足している。


 


「ラスター、この先に廃棄された伐採場がある。その地下の坑道がヴァイセントの隠密部隊の拠点らしい」

「へえ」

「下っ端の男の言うことなので鵜呑みにもできないんだがな。戦力としてはおそらく一番厄介な相手だ。まずここを叩きたい」


 森の中をゆっくり警戒しつつ、伐採場跡へ向かう。

 

「最初はやり合わなくていい。見張りもいるだろうが、あえて発見されるぐらいのつもりでいてくれ。こっちを認識させるのが目的だ」

「釣りだすってことですか」

「いや、俺達は正面きってやり合いたい訳じゃない。向こうの初動の人数を見て、最終的にはさっきの拠点を襲わせて全体の戦力を把握できればいいと思っている」


「じゃあ一旦引いてさっきの場所で待ち伏せるってことですか?」

「向こうが追ってこなくてもな。襲われても当面戦わないぞ。撤退、撤退、撤退だ。付かず離れずで、引き回せれば理想的だ」


 無論そんなにこちらの思惑通り動いてはくれないだろうが、向こうがどう出ようとこちらはうるさく付き纏えばいいのだ。襲われたらひたすら逃げに徹する。



 ロイ達十名は皆同じ環境で訓練を受けてきたリーゼンバッハの血縁に連なる者達だ。

 身内という連帯感により結束も固い。

 訓練内容も環境も、参加した時期もほとんど同じだ。

 ある意味兄弟のようにも思っている。


 ただ、やってきたことこそ同じだが、得手とする技能はそれぞれに異なる。

 ロイ始め、エルイ、サントゥ、パーグの四人は戦闘面に秀でる。

 エリオ、バリエは俊足で機動面のエース。

 ハイデン、タッカ、ゼナ達三人は際立った能力こそ無いものの、罠や仕掛けなどの製作・知識に秀で、工作班という役割を担っている。


 そしてルパードは、常人離れした記憶力で人の顔を覚えるという特技を持つ。

 その記憶力が発揮されるのは何故かその部分だけという不思議な男だが、ルパードを街中に放てばかなり役立つ稀有な男だ。


 当然、皆全ての技能において一定の基準を超えた上での話だ。

 少人数だが、ゲリラ戦において同人数でこの部隊にかなう者達などいないとロイは思っている。



「ラスター。お前には伏兵のような役割を頼もうと思っている」

「一人で伏兵、ですか?」

「撹乱の為のな。俺達から隠れおおせたお前に何を頼もうかと考えていたんだけどな。正直、いきなり俺達の連携に加わるのは無理があるだろ?」

「そりゃそうですね」

「強行する場合は戦闘の前衛か、ルパードやハイデン達の支援を頼みたい。ただ今回は後方で伏せて俺達全員の撤退を援護して欲しい」


 ラスターがこの先にある伐採場跡の方向に目を向ける。

 更に周囲をぐるりと確認する。


「飛び道具が必要ですね。撤退時は殿を?」

「まさか。俺達が逃げられず交戦してるようなら外から攻撃、お前の所まで来たならすぐに合流して撤退に移ってくれ」


 ゼナが背中の小さな背負い袋に括りつけた棒を二本、先端を合わせるようにして片方を回す。

 僅かに湾曲した一本の長い棒が手弓となる。

 器用に糸を通すと、完成した手弓をラスターに差し出す。


「陣形はいつも通りでいく。俺が合図したら撤退開始。ラスターの伏せたポイントまで後退したら、仕掛けのある小屋を目指す」



「始めるぞ」


 敵に識別させない為、全員ローブ姿だ。

 目深にフードを被り、紐で括る。

 青々とした森は下草も生気に満ち溢れ、柔らかく足を受け止め音を殺してくれる。

 小さく密集した異様な集団が動き出す。

 

 

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