フリーターで、傭兵です 10
「やあ、来たね」
小屋を訪ねた俺を迎えたエルヴィエルは、腕に目をやる。
「腕輪は着けてないのかい?」
「いえ、ここに着けてます」
「ハハハ、それは首輪ではないよ」
そんなことは知っているぞ。
首輪だといってコイツを渡されていたら、俺とお前の友人関係は歴史に残る速度で解消されていたはずだ。
別に首に着けても構わない、ということだったので番犬スタイルで行くことにする。
エルヴィエルの質問にまだ魔力は見えない、と答えたがさっき初めて着けたことは黙っておく。
嫁舅問題を「それがさあ、聞いてよ」などと嬉しげに語るには俺はまだ未熟なのだ。
座学の本が山と積まれている状況も覚悟したが、そんなことはなく、2週間しかないので俺の魔力について調べることから始めるそうだ。
「昨日君を見ていて気づいたのだがね。君は特定の精神状態になると魔力を外に向ける可能性がある」
「どんな時ですか?」
「そうだね。怒らないでくれたまえよ」
そう言うとエルヴィエルは机の上からナイフをつまみ上げ、見せ付けるように顔の前でヒラヒラと振る。
なんでお前は机にナイフを常備してるんだ。
そう思った次の瞬間、エルヴィエルは俺に向けて思い切りナイフを投げつけた。
正確には、投げつけるフリだ。
とっさにかわそうと半身になった視界に黒とも透明とも見える水の膜が映った。
同じ色をした球体が様々な大きさで部屋を行き来している。
突然現れた奇妙な景色にアングリ口を開けていると、それは溶けるように消えていった。
「うむ、美しい。見えたかね?」
「今のは……あれが魔力ですか?」
「そうだよ。私の魔力も見せておこうか。見づらいだろうからよく見ていたまえ」
そう言ってエルヴィエルは左手の人差し指を天井に向けて顔の前で立てる。
見逃さないようジッと目を凝らす。
すると再び視界に先程のような黒色透明の粒が部屋を行き来しているのが見えた。
苦笑してエルヴィエルが左手を下ろす。
「後回しにするとしよう。やはり君は集中すると魔力を放つようだ。魔法と言ったほうが良いか」
ブツブツと考え事を始めたエルヴィエルを黙って待つことにする。
集中すると魔法を使う?
バカな。だったら俺の試験の成績はもっと良くてもいいんじゃないか?
いや試験にそこまで集中したことが無いせいかもしれない。
負けじと考えこむ。
「魔力に薄く黒い色がついていたね? あれは君が魔力に色を着けているからだ」
最近一番集中したといえば、と考えていたところで遮られる。
「何かしら効果があるはずだ。魔法化された魔力とでもいおうか。そして君自身に還元される魔力、あんなものは私は見たことが無い。実に興味深い」
「そうなんですね」
「ああ。もしかしたら君は女神の加護を得ているのかもしれないね」
えっ女神様、俺のこと好きなの?
戻ったらたまには教会の礼拝所に顔を見せに行くとしよう。
行くだけで礼拝には参加しないけどね。
魔力そのものを魔法のように効果を持たせて使う人族など、まず居ないはずだそうだ。
だからといって俺が魔族というわけでもないらしい。
とにかく今は、俺に与えられたこの特異な力を知ることが先決だ、とエルヴィエルは言う。
祖父はずっと以前から、俺をエルヴィエルにどこかで預け、俺が魔法を使うというのが一体何なのか調べるつもりだったそうだからだ。
それからというもの、俺はエルヴィエル主導の下、魔力の研究に没頭した。
幸いにもエルヴィエルは実に優秀なヤツで、俺に座学を強要するようなことは無かった。
もしこれが座学だったらきっと今の俺は無いだろう。
今の俺が立派かどうかは置いておく。