フリーターで、傭兵です 1
初投稿になります。書き方等についてご指摘いただければ幸いです
登場人物紹介
ラスター・セロン……本作の主人公。傭兵とは名ばかりで日雇い仕事に精を出す毎日を送っている。
マチルダ……ラスターが借りている部屋の大家。ふくよかな体つきの肝っ玉母さん。夫は亡くし、息子は別の場所で家庭を持っている。
※ファンタジー要素は三話から登場します。
「コラ、その辺にゴミを散らかすんじゃないよ! ったく」
と、文句を言いながらもかいがいしく拾い集めてくれるこの女性は、世話焼きで名高いマチルダおばさん。
俺が世話になっている下宿の大家さんだ。
寝起きでとっさの言い訳も思い浮かばない俺は、マチルダさんという嵐が過ぎ去るのを黙って待つことにする。
暑い。
屋根裏の天井が低く狭いこの部屋は、季節的にはまだ春といえ、晴天の日射しを受け、オーブンのごとき熱波を放っている。
ここでグズグズしていると小言が始まるのはわかっているので、さも急いで起きなきゃ、という雰囲気を出す。
生活の知恵というやつだ。
「洗い物は夜のうちに出しときなって何回言わせる気だい!?」
ダメだった。残念ながら今日は直撃コースだったらしい。
脱ぎ捨てたシャツと丸めたタオルを回収しながら、マチルダさんはプリプリ怒っている。
しまったな。
ヘタに言い訳すると部屋の温度が更に上昇するだろう。
「ああ! すみません、ついうっかりしてました」
「まったく。さっさと起きて水でも浴びてきな。そのシャツも汗かいただろ。一緒に洗うから」
基本的には優しいのだ。普通ここまで面倒を見てくれる下宿などない。
ついつい俺が甘えてしまうのも、マチルダさんの魔性の母性がなせる業だ。
上半身裸になったまま庭の井戸へ向かい、桶に水を汲む。
隣の風呂小屋で水を溜め、裸になると頭から水をかぶる。
ラスター・セロン。22歳。
別にとりたててアピールできるところがある程の容姿じゃない。
黒っぽい髪にそれなりの身長。
それで終わる。
強いて言うならクールで鋭い眼差しがイカすくらいか。
田舎に行くと、おめぇさん目つき悪りぃな、などと口性なく容姿に言及してくる連中もいるが、全く見る目がない。
女の子にモテることこそ生きる価値だと思っていた頃は、俺もそこそこだった。
ように思う。
なんせこの世界じゃ使い手の少なくなった魔法の使える未来ある男だ。
いや魔法使いとか魔術師というと語弊があるか。
ちょっと特殊な男だと思ってもらえばいい。
まあいい。そんなことより今日の予定だ。
午前中の市場の倉庫での荷の積み下ろしはほぼ毎日の日課となっている。
継続して顔を出す俺は信頼を得て戦力として数えられているのだ。ラスター枠を得ている。
この街に来てから、手っ取り早く金になる日雇い仕事として始めたが、2年近く続けることになるとは俺も思っていなかった。
それが終われば一応傭兵の募集がないか役場に見に行こう。
しかし基本的に一般傭兵の募集はほとんど無い。
一般傭兵とは組織に属さない、平たく言えばフリーターだ。
需要があるのは組織だった傭兵団である。
たまには燻っているソロプレイヤーにも声が掛かるが、都市でもないこのターゼントの街ではそうそう募集など無い。
最近一番新しく請け負った募集といえば、ターゼントから東にいった海沿いの村の傭兵だ。
繁忙期の漁業の手伝いだった訳だが。
とは言え俺がダメ傭兵ということではない。
何故かって?
さっきも言ったが俺は魔法が使えるのだ。
それも目に見えないヤツ。
いやまあだからこの事を知ってるヤツはほとんどいないし、大してスカウトされない理由でもあるのだけど。
平和になり力より金がモノを言うようになった現在でも、争いが無くなったりはしない。
ゴロツキに野盗に領土争い。
傭兵需要は多いのだ。食いっぱぐれないうちは大丈夫さ。
滅多に見なくなった魔獣だって狩ったこともある。
祖父、父と傭兵一家だった俺は優秀な父祖の教えを受け、腕前もかなりのものだ。
自己採点だけどな。
俺が傭兵団に所属もせず今スローライフを送っているのも、根底には己への自信があるからなのだ。
これは嘘じゃない。
「井戸の桶は汲み終わったら戻しなって言ってるだろ!」
嵐の後に雷まで落ちるとは。
俺は瞬時に思考を高速回転させる。
素っ裸で飛び出して素早く桶を差し出すのと、哀れな声で謝罪するのと。
どちらが正解か、危険を前にグズグズ迷う傭兵はダメ傭兵と相場が決まっているのだ。