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最強最悪の魔術師が提示した褒美

 暗闇に広がる砂浜の道。


 一切の人工的明りを灯さない、闇夜にひっそりと佇む小島。周囲一キロの夏場は観光客で賑わいを見せる観光名所――今夜だけは裏社会に生きる自分たちの貸し切りの舞台。


「この先、いる。稲神聖羅、待ってる」

「言われなくても分かっているわ。あの女は、私たちと死合うことを楽しみにしている。この隠しきれていない不愉快な気配が卑しく臭いますね」

「透理、キミはあまり無理することは無い――と言いたいが、聖羅アイツに決定的な一手を打てるのはキミだ、透理」

「うん」


 ルア本人が見たわけではないが、聖羅の召喚した悪魔の腕をすり抜けたと聞いていた。最初は何かの間違いではと思ったが、透理の魔術――それはルアの想像もつかない神秘。自身の使う無限書架の魔術を初め、ウォルの五感と肉体の強化。十三世界の悪魔の同時召喚。これは、普通ではありえない。魔術師は飢えた狼の能力は使えず、その逆も然り。


「ルア、ボクはね。勝つよ、絶対に」

「ああ、そうだな。キミに任せっきりにするつもりはないし、負けるつもりもない。そのために各々で全力を出し切るための装備を整えて来たのだからな」


 その装備で一番目を引くのはライナ――普段着のラフな格好でも修道服でもない。純白のドレス。胸元と背を大きく露出させ、装飾品や銀十字の腰ベルトを巻き付けた――敬虔な信徒に一見して相応しくなく見えるも、ライナの纏う品性とその容姿からは、これから神の下に旅立つ花嫁のよう。


「ふふ、まさかこの衣装を纏う日が来るとは思いもしませんでした」

「とっても綺麗だよ、ライナさん。その衣装っていつもと違うけど、動きづらくないの?」

「そうね、少し動きは抑制されますけど、それ以上の加護と神力が与えられるの。これで以前のような醜態は晒さないわ」


 ウォルはいつも通りの白ブラウスにスカート姿――いつもと違う点は右肘辺りから右手首に装着された銀の腕輪。とてもシンプルな作りに見えるが、ウォルは無表情ながらも気分が高揚しているようにも見える。


「トゥリ、今日の私、とても強い。お酒にも、ルゥにも負けない」

「あはは、それは頼もしいね! うん、期待してるよウォル」

「ん、任せて」


 背後で喚く聖女ライナをルアが宥めている。宿敵に宥められて余計に癇癪を起すライナ――透理も混じって、どうどう、と落ち着かせる。


「ルアは、いつも通りなんだね」

「そうでもない」


 そう言って、紺色のロングコートの内側を見せた――薄く発光している不可解な文字の羅列で埋め尽くされていた。透理には読めない――まじまじと顔を近づけて観察するライナもウォルも小首を傾げた。


「見たことがない魔術文字ね?」

「ん、私も知らない。今まで殺した魔術師、違う文字」

「これはお前たちのような輩に命を狙われた時に役立つものだ。まぁ、今回の相手は魔術師だから、あまり効果は期待できないが、それでも無いよりかはマシといったところだろう」


 やはり一番防御力が低いのはルアだった。事前にパフデリックとフェーランには、ルアの魔術行使時の護衛を任せてある。ライナとウォルは良くわからないが加護があるので、あまり問題視はしていないが、最悪の場合も一応念頭に置いておく。


 稲神聖羅は最高の舞台を用意したと言っていた。つまり、彼女はこの島に何かしらの魔術的仕掛けを張り巡らせていると考えられる。透理は――その全てを踏みにじってやろうと意気込んで、一歩大きく踏み出した。


 キャストール、フェーラン、パフデリックの三匹の悪魔を呼び出し、周囲警戒をより強固のものとして、反時計回りに沖ノ島公園を歩く。


 ちょうど零時を示す砂浜と岩場が混ざり合う休憩所――稲神聖羅は静かに一人、星を眺めていた。


「よぅ、来たか……おいおい、五分遅れだぞ! デートに遅刻とは、よろしくはないんじゃないかぁ?」


 聖羅がクックと喉を震わせる――表情が歪んでいた。顔全体の筋肉が引きつっているようにも見える。透理の眼には稲神聖羅の顔が酷くブレて見えた。だが、そう見えていたのは透理だけだったようで、もしかすると聖羅自身も気づいていないのかもしれない。


「聖羅、お前、酷い顔してるぞ、気付いてないだろ!」

「クク、そうか? これでも性格は糞だが、顔だけは良い方だとおもっているんだがな。まぁ、いいさ。お前たちを殺せば、邪魔者は減るんだ。せいぜい楽しんで逝ってくれ……さて、月明かりだけでは、視界不良だろう?」


 聖羅はジャケットの内側からナイフを引き抜いた。月明かりを反射して卑しく妖艶に栄えるナイフ。その月光を海辺に反射させる。


 海が白く発光した――海面からスポットを照射したように眩く、まるでアイドルの踊る舞台演出のようだ。


「津ケ原透理、お前がもし私に勝てたら、褒美として、二分だけだが、両親に合わせてやる」

「……は?」

「これは死者蘇生とかじゃあない。死者の世界と現生の境界に少しだけ亀裂を入れ、そこから香織と幹久の魂を引っ張り上げてやる。クク、まっ、私に勝てたらの話だがな」


 焦がれた両親との再会。勝者への褒美としては、これ以上にないくらいに最高の景品だ。透理はがぜんやる気に満ちた瞳で、人差し指を高らかに掲げ宣言する。


「勝つのはボクたちだっ!!」

こんばんは、上月です(*'▽')


とうとう稲上聖羅との決戦が始まります。


次回の投稿は明日の夜を予定しております!


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