対歪みの未来型最新兵器
歪みに向けられる殺意の銃口。
並行世界の歴史が天上の法則を打ち消すに至る可能性の一つを作り上げた。透理の眼にはその可能性の形がひどく出鱈目な遺物に見え、その物々しく近未来的な形態。
その近代兵器を一言で表すのであれば、戦艦大和の主砲。
主砲を固定する砲台は平べったい臼状で全方位を狙えるようになっている。主砲の根元には幾つものコンピューター画面が――何かの数値やグラフが常に変動していた。
「す、凄い……なんか、カッコいい!!」
その巨大で電子機器にまみれる兵器を前に、SF世界にでも迷い込んだ錯覚を覚えた。まるで主人の搭乗を待つかのように砲身に直接取り付けられた個室の扉が開く。透理は砲塔の根元まで走り、鉄はしごに足を掛け、二十メートルの高さもある司令塔の席に座った。
個室には巨大な世界地図が宙に映し出され、現在地を示す赤い点が点滅していた。
「ようこそ、マスター。殲滅対象を設定してください」
この時を待っていたと機械的な女性の声。
「うぇっ⁉ び、びっくりした。殲滅対象? あぁ……アレ! 空の上に浮かび上がる魔法陣! って、僕にしか見えないんだっけ?」
「承認――目標、世界の歪み。高次元的熱量を含み肥大した人類の敵。あれほどの歪みを打ち消すには、こちらも相応の熱量を持って迎えねばなりません。推奨、世界中の電気で賄えば充電時間は二百六時間から、百八十四時間まで短縮されます」
「いやいや! 待って、世界の電気って……それに百八十四時間って長すぎるよ‼」
「困ったマスターです」
感情の読めない機械音声が溜息を吐いた。とても人間味のある対応に透理は唖然とするが、別の熱量で時間短縮が出来ないか聞いてみた。
「計算中です――提案、マスターの寿命を熱量に変換し、私に組み込めば五分の充電時間で済みます」
「寿命って、その、ちなみにどれくらい?」
「七十年分となります」
「ちょっ――そしたら、ボクは数年しか生きられないじゃん……でも」
「マスターの寿命は九十九歳と設定されており、七十年使っても十三年残る計算です」
「えっ、ボク九十九歳まで生き残れるの? っていうか凄いね、人間の寿命が分かるんだ」
「はい、最新の宇宙科学と機械化学を用いて私は造られました」
十三年も人生を謳歌できるならば悩む必要はなかった。
「よし! 僕の寿命七十年を使って、アレをぶっ飛ばしてよ。当然、それだけの対価を払うんだから、必ず消滅させてよね!」
「今回のマスターは思い切りがいいですね。問題ありません、その大命――この、対地球外侵略者殲滅戦艦デストロイヤー型一番砲、夜海。しかと承りました」
夜海と名乗った主砲は、透理の寿命を熱量に変えるべく、酸素マスクのようなモノを天井から垂らした。
「これを付けていただければ、寿命を吸引します。安心してください、痛みや不快感はこれまでの実験で確認されておりません」
「うん、お願い」
歪みもこのやりとりを黙って見過ごすわけもなく、先程から外は破壊の限りを尽くさんと爆発やなにやらが激しく起こっている。
「夜海は最新の技術でその身体を守られています。マスターの身も安全です。ただ、砲口だけは別です。損傷によっては発車時間に遅れが出る可能性もあります。防御を推奨します」
「分かった! ここまで来たら徹底的だよね」
マスクを装着して、悪魔召喚の書物を取り出した。
残った魔力の全てを使い、残り十二体の悪魔を呼び出した。
自殺行為だということは分かっていた。脳を掻き混ぜられたような激痛。身体の筋肉が恐縮をして骨諸共に内臓を押しつぶそうとする。マスク越しに吐き出されるドロッとした決して少なくはない血液。朦朧とする意識を現世に繋ぎ止めるのは――救いたいという意思。
マスクの内側にぶちまけた血液を、夜海は寿命と共に吸引した。
「お疲れ様です、すべてが終わるまで休息されることを推奨します」
椅子の背もたれが倒れ、透理が一番リラックスできる角度で止まる。マスクからは何やらミントのような香りのする空気が流れ込んでくる。
「鎮痛効果をもたらしてくれます」
「ありがとう夜海」
沈痛効果は即座に現れた。自我が崩壊しそうな頭の痛みも、骨がきしみ筋肉や繊維が引き千切れそうな痛みも、何も感じなくなった。筋肉の強縮も収まり、骨をなぞるが折れてはいないと安堵の息を吐き出す。
窓から外を覗くと十三世界を統べる悪魔達が、砲口を守るべく歪みの攻撃を防いでいた。自分もあの場に行って皆と戦いたかったが、あの場所ではかえって足手まといになる。彼らだけに防衛を任せて心苦しくもあった。正面のガラスに映し出されたカウントダウンも残り三分を切った。
「夜海のいた時代? 世界? ってさ、どんなところだったの。魔術師とか悪魔とかはいるの?」
「魔術師は滅びました。私の生み出された世界は、ちょうどこの世界の四百九十三年後の世界です。とても酷い時代でした。宇宙からの侵略者と地球が争い、自然は枯れ果て、人口も数千万と数を減らしています。いいえ、人口を大きく減らしたのは第三次と第四次の世界大戦でしたが、宇宙戦争でさらに人間は絶滅の危機に陥っていました」
「え……」
言葉が出ない。
夜海の告げた未来の世界は、とても透理の想像していたものと違っていたからだ。
「申し訳ありませんが、これ以上の未来を教えることはできません。ただ、最後まで人類の為に尽力した魔術師は三名いました」
「最後まで諦めずに戦った魔術師がいたんだ」
「はい、その三名の魔術師は――」
こんにちは、上月です(*'▽')
今回でようやく90話です。
次回の投稿は明日の夜を予定しております!




