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生肉を頬張るウォル

 店内は煙と肉の匂いが充満している。換気扇と店員はせっせと休む間もなく働き、夕飯時ともなれば仕事帰りのサラリーマンや学生といった幅広い年齢層で和気あいあいと肉を頬張っている。そんな中に来店した透理とウォル。


 新たな来客に奥からツルツル頭の男が顔を覗かせ、来客が透理だと分かるや作業をバイトの若い子に任せ、人懐っこい笑顔で出迎えてくれた。


「おう! 透理ちゃん。今日は背の高い外国の兄ちゃんじゃなくて、可愛らしい外国のお嬢ちゃんと一緒かい」

「こんばんは、店長。相変わらず繁盛してるじゃん! この子がお肉食べたいっていうからさ、連れてきちゃった」

「嬉しいねぇ。お嬢ちゃんみたいな可愛い娘が来てくれたならサービスするしかねぇな」


 店長は自己主張の激しい腹部を撫でまわしながら、ホール担当の女の子に二人を案内するよう指示を出すや厨房へと引っ込み、太い腕で巨大な肉の塊を豪快に切り分けていく。


「あの人、熊、みたい」

「でしょでしょ! でも、凄く優しいんだよ。サービスしてくれるって言ってたし、楽しみだなぁ」

「美味しそう」


 ウォルの瞳は厨房でバイトに指示を出す店長に向けられていたが、そんな視線に気づかない透理と店長。


「はい、メニューだよ。この中から好きなモノを選んでいいからね」

「む、ローシュ? ロースゥ……?」


 メニューに書かれている読みに苦戦しているウォル。読み方を教えると一語一語を反芻し、しっかり覚えようという姿勢は、透理に後ろめたさに似た感情を呼び起こさせた。それを払拭しようと頬を指で掻く。


「何度も言うようだけど、遠慮なんてしなくていいからね!」

「遠慮、いらない?」

「もちろんだよ。連れてきたのはボクだし、年下のウォルに払わせるわけにはいかないからね」

「ありがとう。トゥリ優しい。私、トゥリは食べない」

「あはは! 日本語にまだ慣れ切ってないみたいだね。ボクは人間だから食べられないよ。ボクじゃなくて、ここの牛肉や豚肉をお腹いっぱい食べようよ!」

「……ん?」


 まるで、自分は間違ったことを言っていないという様子だ。


「日本語は難しいもんね。ボクもたまに間違った言葉を使うことがあるから、気にしなくても大丈夫だって」

「そう。でも……何か来た」


 ウォルの視線の先を追うように透理も視線を向けると、大皿に盛られた赤身の肉に我が目を疑う。


「はいよ! 可愛いお嬢ちゃん二人に、店長から愛を込めたサービス品お待ちィ!」

「店長……これ、量多すぎない?」

「食いきれなかったら、ここに居る大食漢共に振る舞ってやればいいだろう。さぁさぁ、遠慮せずに暴食の限りを尽くしてくれよ」

「いただきます」

「……へ?」

「おいおい……まじか」


 目の前の異国少女がなにをしているのか、理解ができなかった。


 外看板にも書いてあるようにここは焼肉屋――読んで字の如く肉に火を通してから食べるもの。だが、この少女は皿に盛られた肉をそのまま口いっぱいに頬張り出したのだ。そんな常軌を逸脱した食べ方に店長と透理は言葉を失う。


「……美味しい。トゥリ、この暖房どうして、テーブルついてる?」

「だん……ぼう? いやいやいやいや、違うよ! 違うから。焼肉っていうのはね、その熱々の網で肉を焼いて食べるものだからね。焼かないとお腹壊しちゃうから!」


 言うより、見せるが早い。


 生の肉に箸をつけようとしているウォルから皿を奪い、トングで肉を網の上に勢いよく並べていくと、そのジュウジュウという音に心惹かれたのか、その灰色の瞳は、網の上で色を少しずつ変えていく肉に釘付けになっていた。


「ほぅほぅ、お嬢ちゃんは焼肉が初めてと見たな」

「そう、初めて。もう、食べて、いい?」

「肉に赤い部分が無くなったら大丈夫だ。んじゃ、俺は仕事に戻るから、透理ちゃんあとはよろしくな」


 狭い厨房とバイトの隙間を割って入る大きな腹をした店長に「店長、厨房狭いんですから痩せてくださいよ!」などと苦言の嵐。


「あっ!」

「そんなに、勢いよく食べたら熱いに決まってるじゃん。ほらほら、お水飲みなよ」


 手渡された水をゴクゴクと飲みほすと今度は息を吹きかけ、ゆっくりと肉を口に運び咀嚼する。


「肉、ご飯、おいしい」

「へへ、気に入ってもらえて嬉しいな。帰りにその言葉を店長に言ってあげたら、きっと喜んでくれるよ」


 コクリと頷く。


「そういえばウォルはこの町に観光しに来たんだよね。どう、この町は?」

「町は好き。うるさく、ない。でも、嫌な臭いがする」

「嫌な臭い?」

「歪み。貪欲な魔術師。思考放棄の聖職者。私は、嫌い」

「歪み、魔術師、聖職者?」


 どうしたことだろうか。


 この三つの単語全てを透理は知っていた。知っていた、というより接点を持っていて、魔術師に至っては自分の師匠だ。


「へ……へぇ。まるで、ゲームに出てきそうな単語だね。あはは」


 完全に棒読みだった。


「トゥリ……なにか、隠してる」

「隠してるってなんのことかな? ぼ、ボクは知らないなぁ」

「私は、歪みも、魔術師も、聖職者も、みんな殺す。トゥリは、関わらない」


 ウォルの瞳孔は縦長に細くなる。まるで、捕食者が獲物を厳選するかのよう。


「ウォルのお母さんとお父さんは?」


 唐突に話題を変える透理。だが、先程までの優しく面倒を見てくれた少女ではない雰囲気に、ウォルは僅かに言葉が詰まる。


「……いない。死んだ。殺された」

「そっか。ごめんね……」

「別にいい。私、気にして、ない」


 二人の間に微妙な空気が流れ、それに耐えかねた透理は、お店を出て散歩しようか、と誘う。


「ごちそう、さま。店長の、肉、美味しかった」

「俺のこの余分な腹の肉も食ってってくれよ。なんてな! こればっかりは自分で痩せなきゃいけねぇのに、この年になると乗った脂肪は落ちやしねぇ」

「店長はそれくらいがちょうどいいって! さっ、ウォル、行こうか」

「うん」


 既にウォルの瞳孔は元の人のモノへと戻っていた。

歪み、魔術師、聖職者という単語を口にしたウォル。

彼女の言葉からするにルアの敵と理解した透理。


さて、次回の投稿は明日の21時を予定しております!


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