十三世界との契約
一歩踏み出すごとに死へと近づく実感があった。
透理の声帯も払拭しきれぬ恐怖で硬直し、裏返った情けない犬の遠吠えのようになってしまった。
「拳を叩き込む――ッ!」
全霊を賭したその一撃を見舞う。その為にあの六本の腕を掻い潜らねばならない。透理は思い描く――飢えた狼と呼ばれる、これまで知り合った中で最速の少女の姿。
「うぉお!?」
足がふわっと軽くなる。
時間が――視界に映る動き全てが、一秒の映像を百や千に区切ったかのように体感速度が失速した。それに反して自分の動きは通常以上の速度で動いている事を、拭き付ける風が証明していた。
ウォル・アンクリオット・ディーラデイル。彼女の速度と獣じみた感知能力を得た透理は、繰り出される拳と、数秒先の相手の動きを完全に読み取る。
「ぬぅ! 何故、当たらぬか。何故、速い!」
右へ左へ最小限の足先の動きだけで、大地を穿ち割る拳の一打全てを躱していく。透理の動きを鈍らせた恐怖心はすでに霧散していた。狩人のように狙った場所に最高の瞬間を見極め――。
「うらぁ!」
十三の世界を統べる悪魔王の頬を常人の腕力を逸脱した拳が打ち抜いた。宙に浮く両の足と回転するその身は吹き飛び、地面への着弾は核兵器が撃ち落されたような地響きを轟かせた。
「お、おぉ! こ、これってボクの勝ちだよね? ね、そうだよね、フェーランさん!」
「透理さ……ごい、勝った……でとう」
髪を振り乱して激しく頷くフェーランに苦笑を返し、唖然とした様子で吹き飛んだ悪魔王と透理を交互に見やる悪魔達。
「見事だ、津ケ原透理。その拳が語った覚悟、しかと俺が認めよう!! 他の者も異存はないな? あるならば申せ、俺が全力で叩き潰してくれる」
異存があっても圧倒的な力を振るいあげる悪魔王の有無を言わせない圧力が、悪魔達を黙らせた。
「だが、津ケ原透理。全く感じていないのか? その腕」
「……腕?」
ノクトスから殴りつけた腕へ視線を持って行く。
「あわわわわ、どっ、どどどどうしよう!? 折れてるっ、圧倒的に変な方向とかじゃなくて砕けてるよぉ!」
潰れた拳と、骨片が至る箇所から覗く腕。言われて気付き激痛が脳へと駆けあがる。暴れ出し泣き喚く透理を押さえつけるパフデリックとフェーラン。キャストールは可笑しそうにカカカと笑っている。
「落ち着け、津ケ原透理。今治してやる……どうやって治せばいいんだ?」
「ちょ、ちょっとぉ! それでも悪魔王なの? 壊す事ばっかり考えてないで治す方面の知識も付けてよッ! ねぇ、パフ。ボクの腕はどうなっちゃうんだよ! 凄く痛いんだっ! 誰でもいいから早く治してよぉぉぉぉぉぉ」
透理が冷静さを取り戻し、腕が完全に修復するまでに三時間を要した。
現世に戻ってきた透理は十三の悪魔を従え、エントランスホールに連れてきた。かつての主人の惨たらしい姿を見て、彼と親しくしていた悪魔以外は顔色一つ変えず、透理は内心で苛立っていた。
「これから皆には、ボクの指示に従ってもらうから。ボクはこれからルアや皆を生き返らせるために戦う。だから、ボクに力を貸して欲しい」
透理の言葉に最初に頷いたのはフェーラン、パフデリック、キャストールだった。
「まぁ、嬢ちゃんが主人ならあの堅物よりかは待遇はいいじゃろう。ワシは異存はない」
「武士とは主君に仕えるもの。透理殿の真っ直ぐな性格なれば、拙者も異存はない、でござるよ」
「私、透理さ……好き、主人も……くらい好き」
頷く透理。
「お前達もボクに力を貸してくれるんだよねっ?」
「当然だ。悪魔王は約束を違えぬ。契約に従い、我等十三の世界は津ケ原透理を主人と認め、その意志に従おう。だが、悪魔契約には代償が居る」
ノクトスの言葉に透理は首を傾げる。
「我等が尽くすには契約者から相応の対価を支払てもらわねばならない。ルアの場合であれば対価として最も重い、命と魔力を固形化させた魔力結晶。貴殿は我等に何を支払う?」
「ボクがキミ達に支払えるものかぁ……じゃあ魔力と、そうだ――」
透理の発言に悪魔達の開いた口がふさがらなかった。
こんばんは、上月です(*'▽')
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