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唐突なる解雇

 悪夢の遊戯から帰還するや、師であるルアは安堵の色をその瞳に滲ませ、意識が安定していない透理の頭を撫でる。


「うぅ……ルア?」

「すまなかった。私がもっと注意していれば、キミをこんな目にあわさずに済んだ」


 己の不甲斐なさに苦々しい顔をするルアに、透理は大丈夫だよ、と笑顔で答える。


「何故、怖い目に合わされて笑っていられる?」

「う~ん、なんでだろうね。確かに怖かったけど、終わっちゃえば過去の出来事だし、貴重な体験と教訓だったかなって」

「意外と精神的にタフなんだな。フェーランが間に合って良かった」

「フェーランさん?」

「ああ、心配そうにしていたからな。私の力で透理の意識下に送り届けた」

「そっか、ありがと。ルア」


 ルアの表情が一瞬だけ緩むが、その表情は険しいモノとなる。透理は小首を傾げていると、「すまない、透理。バイトは今日限りで終わりだ。これまでの礼と、今回の謝罪……というわけではないが、報酬はそれなりに弾ませてある。だから、キミは本来の日常に帰りなさい」思いもしなかった言葉の意味がまだぼんやりとしない頭が理解するまで少しの時間を要する。


「えっ……それって、どういうコト? だって、ボクは案内役で弟子なんだよね。ボクの何が悪かったの? 教えてよルア!」


 唐突な解雇宣言。


「キミが悪いわけではない。むしろ、キミはよくやってくれた。まぁ、弟子としてはアレではあったが、状況が変わったんだ。これ以上キミを巻き込むことは出来ない」

「なんだよ……それ」


 納得のいかない透理は、このままでは引き下がらないことは百も承知であったが、彼女の為にもここはなんとか承諾してもらわなければならない。


「確かにルアの授業についていけないよ。でもさ、それでもボクは楽しかったんだ! ルアとお話したり、化け猫(キャストール)とじゃれたり……確かに、ボクはお荷物かもしれない。でも……でも、いきなりクビ、だなんて――」

「私も楽しかった。あそこの店は美味いだの、ここはボクのお気に入りの場所だのと、私が求めた答え以外のコトも楽しそうに話してくれたな……。だが、いま言ったように、状況が変わったんだ」

「状況が変わったって何さ!」

「飢えた狼だ。教会にいたあのシスターは私を殺しても、あくまで一般人であるキミには危害を加えない。だが、飢えた狼は別だ。戦場に駆けつけ、血と死を求め、誰彼見境なく殺戮の限りを尽くす。奴らからしてみれば、自己防衛の術を持たないキミは恰好の獲物だ」


 納得なんていくはずがない。


「でもっ!」

「魔導書であれば私がキミに合ったものを見繕って、キャストールにでも届けさせる。不満だろうが、飢えた狼を無力化させるまでだ。また、その時になったら街案内を頼みたいし、キミが望むのならば弟子として本格的な実戦もしていこう」

「本当? 信じてもいいんだよね」

「もちろんだ。クビというよりは休職だな」

「分かった。じゃあ、早めに復職させてよね! ボク、待ってるから。あっ、一応、何冊か簡単な魔導書持って行っていい? 次会うまでに少しでも優秀な弟子になっておきたいし」


 透理の変わり身の早さにはいつも驚かされていた。怒ったかと思えば、泣いて、直ぐには笑っている。その激しい感情の変化に、当初この子は精神的に大丈夫なのだろうか、とさえ思ったものだ。


 ルアは自室と書斎に一度戻り、分厚い茶封筒と一冊の書物を手にエントランスホールへ戻るとそれらを透理に渡し、森の出入り口まで見送るべく、共に橙色の夕日が差す木々のトンネルを二人並んで歩く。


「ねぇ、ルア。一つだけ聞きたい事があるんだけど、いい?」

「構わない。なんだ?」

「ルアって歳いくつなの?」

「二十九だが」

「わお! 意外かも。てっきり、もっと若いかと思ってた」

「その茶封筒の中身をもっと厚くしてほしいのか?」

「いやいや、十分すぎるっていうか……貰いすぎな気がするんだけど」


 貰った茶封筒の中身を少しだけ確認しただけでも、百ぐらいはありそうな札束ゆきちがぎっしりと詰められていて、あまりの額に卒倒しそうになった。


「キャストールが迷惑をかけた分だ。気にすることはない。これで、バイト三昧の学生生活ではなく、友人と旅行に行くなりして、キミはもっと青春を謳歌するべきだ」


 隣を歩く彼が向ける、少々無理をして作った笑顔。


 これまで彼が笑顔を向けることなんて一度たりともなかった。きっと、今までも日常的に笑った事がないのだろう。


 自分を安心させるために慣れない笑顔を作ってくれたことが嬉しく、透理も満面の笑みをお返しに向けてやった。


「ありがと、ルア。大切に使うね!」

「ああ、そうしてくれ」


 そうこう話しているうちに森を抜け、夕日が山間の間に沈みかけていた。


「えっと、じゃ……またね」

「ああ、また。あまり寄り道せず早く帰るんだぞ」

「分かってるって。時々、電話とかメールしてよね」

「約束しよう。手が空いている時でよければな」


 ジョギングするかのように軽い足取りで、舗装された道を夕日に照らされながら走り去って行く。ルアは少女の背が見えなくなるまでその後ろ姿を見送った。


 これから起こるであろう血生臭い闘争と当初の彼の仕事である歪みの消失。一筋縄ではいかない二つの案件にどう対処すべきか来た道を戻りつつ幾つかのパターンを考えついたが、最悪の事態にも対応できるよう準備に取り掛からねばならない。


 無限書架の魔術師――ルアの魔術師としての異名。無限という数限りない書架に納められた魔導書を媒介にした魔術を行使し、数多くの敵を屠り世界中枢の魔術組織から五人しか存在しない、AAダブルエーランクと無限の異名を拝命された男は書棚から幾つもの本を抜き出していく。

キャストールからの遊戯から無事戻った透理にルアは解雇を宣告。

次回は解雇された透理の話です


次の投稿日は明日の21時となりますので、ぜひとも一読くださいませ!


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