受け入れがたき現実と、襲い来る歪んだ現実
ソレを見てはならぬと頭が警笛を発する。
心臓の鼓動が胸が裂くような錯覚と、意識が急激に引き伸ばされたかのような浮遊感が透理を襲う。
「これ……これは、誰?」
エントランスホールにぶちまけられた真っ赤な液体。嗅覚を遮断してしまいたくなる生々しい脂肪と血の臭い。血溜まりの中心で伏せる動かぬ人――ぬかるむ床に足を取られそうになりながら近づき誰かを確認する。
「ル……ルア、どう、して? こ、こんなッ!」
美しく長い髪は血で固まり皮膚に貼り付いている。動かぬルアの身体を抱き起し何度も名を呼び続け揺さぶるが、生気を感じない脱力した四肢を――眉のわずかさえ動かさない。
「離れてください! まだ何とかなるかもしれませんッ!」
腰を抜かしていたライナは真剣な眼差しで透理に訴え、ルアの傍にその衣服が汚れる事も構わないと片膝を突く。小さく呟かれる祈りはライナの右手に淡い光を灯らせた。
「血管がズタズタに斬り裂かれている? 内臓も酷い……筋肉繊維も……心臓は――」
そこでライナはルアの身体に触れていた手を放す。
「ラ、ライナさん……どう、なの? ルアは治る?」
「…………」
「ライナさん?」
「ライナ、答える! ルゥ、無事?」
ウォルが項垂れるライナに掴みかかる。持ち上げさせた顔は視線を逸らし、ボソリと呟いた。
「こんな状態で生きていると、思いますか? 全身の血管が切り裂かれて、砕けた骨が複数の臓器を貫き、こんな……こんな大量出血で!」
「――そんなっ!!」
透理の頭が真っ白になった。
失ってしまった――大切な人を。自分の事をなにより気に掛けてくれた師を。こんな現実を受け入れられるほどに透理は大人ではない。
「ライナ、嘘良くない。お前、治せるって言った」
「生きていれば、神の加護で無茶をすればどうとでもなります。ですが――」
死んでしまった人間は魔法でも蘇らせられない。
「ば、馬鹿だなボク……ルアが死ぬわけないじゃんか。だって、ルアは強いんだ。魔法使いにだって負けなかった最強の魔術師なんだよ? ボクの大好きな人が簡単に死ぬわけないだろ!」
嗚咽を交えた怒声は慟哭と成ってルアをライナから奪う。
「ねぇ、ルア。約束は果たしてよ。ボクにちゃんと魔術を教えてくれるんでしょ? 世界の真理を探求させてくれるって言ったじゃんか! 早くボクを一人前の魔術師に育ててよ……ね?」
見ていて辛い光景だ。ライナは何もしてやれない自分を悔やみ、ウォルはどうしていいのか分からずオロオロと視線を透理とルアに向ける。
何も出来ない――裏世界で生きる力ある者達が揃っても、突き付けられた死別という現実を打ち破ってやることが出来なかった。
そんな時、玄関の扉が開かれた。
「おいおい、こんな簡単にくたばったのか?」
このタイミングで一番聞きたくなかった声の主が、嘲笑った表情で透理を見ていた。
「稲神聖羅! お前ェ、何しに来たんだッ!」
「いやなに、馬鹿が余計な事をしてくれたおかげで私の計画がご破算になったんでね。せっかくだから、その関係者と顔合わせして鉄拳の一発でもくれてやろうと思ったわけだよ」
弟子の死を目の当たりにしても飄々としている聖羅の態度は、透理に――この場に居る者達にとって命知らずな反応だった。
「可哀そうだなぁ、津ケ原透理。両親を失い、仲の良かった担任を失い、大好きな師を失ったんだ。なんだ? お前は死神か何かなのか? ククク」
「稲神聖羅、黙る! これ以上、喋るな。お前、殺す!」
大鎌を肩に担ぎ、脱兎のように地を蹴り間合いを詰め――激情の一撃を狂人へ振り下ろす。
「単調だな、負け犬。お前は真っ直ぐ過ぎて刃の軌道を読まれやすい。冷静さを欠いていれば尚更だぞ――これはお返しだ」
以前に見せた虚空より生えた巨腕に斬撃を阻まれ、聖羅の回し蹴りがウォルの横っ面に叩き込まれた。常人の身体であれば確実に首が捻じ切れていた威力。ウォルの小柄は壁を粉砕して浴室に身体を沈めた。
「可哀そうだなぁ、津ヶ原透理。ならば善意だ、私がお前の愛する者達の下に送り届けてやろうか?」
引き抜かれたナイフには歪な模様が発光して浮かんでいた。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は本日の夜を予定しております!




