災厄九頭竜の書
「万物宇宙縮小ノ法、彼方ニ至レ、不倶戴天権化セシ禍根九頭竜――禍九小宙災天書」
放り投げた紐綴りの和紙製の書物。
宇宙信仰と九頭竜の呪いに深い憎しみを込めて書かれた呪書。常人が開けば九つの災いがその身に浸透し、死後その魂をありとあらゆる苦痛を縮小した終わりなき牢獄へ繫ぎ留めるというもの。
ルアは普段何があってもこの書を使用しなかった。相手に最低限の尊厳さえ奪い、来世の理すら拒否させる呪縛法故に禁書として封印した。
「不倶戴天とは中国の諺ですね。確か、共にこの世に生きていたくない程の深い憎しみや恨みを抱いている、でしたか? 九頭竜は読んで字の如く九つの頭を持つ竜。互いに恨み合いつつ離れることの出来ぬ竜、とは怖いですねぇ。それは確かに日々、恨みや憎しみが深まり最悪の呪いと成す。僕は呪いとかホラーとか苦手なんですよ」
「詳しいな、それくらい知っていなければ教員にはなれないか?」
「さて、どうでしょうね。僕って結構要領が良かったりするんですよねー。意外とその呪というのも、何とかなってしまうかもって思ってたり」
開かれ全てのページが破れ舞う。
小瓶から垂らした少量の砂を拳に握る荻はソレを宙に散布した。キラキラと煌く小粒子は地に落ちることなく、主人を守護するように停滞している。あの砂にどういった効果があるのかは知らないが、呪いは物理的な攻撃ではない。相手の内面――精神に干渉する故に防ぐ手段を講じるのも容易ではない。
「災厄の呪書は解かれた――」
全てのページが螺旋を描き天昇り、満天の星さえ邪魔だと覆いつくす雷鳴轟く凶兆の暗雲が立ち込める。雲間から覗かせる汚濁に塗れ、ドロドロと溶け合う腐臭吐き出す九頭の腐敗竜。空洞の眼窩は地表で緊張感を纏わぬニコニコとした教師を捉えた。
「おぉ! 凄く禍々しい姿ですね。ちょっとだけワクワクしてきましたよ。僕の魔法か狂人の生んだ呪いか、打ち勝つのはどちらかとね」
九つの首は我先に獲物を呪殺せんと互いに喰らい合いながら、更なる憎しみと呪力を高めてゆく。なんとおぞましい、なんと忌々しく醜悪か。ライナは身体を錫杖で支えながら後ずさる。アレは現世に存在してはいけない生物――書物だ。人は憎しみという負の感情だけでアレを生み出せるのかと恐れ慄いていた。
「ふふん――」
鼻を鳴らした荻が指を鳴らす。
これにより魔法が成る――魔術や神秘のように詠唱も魔力供給も必要としない即発型の業。死者蘇生以外の奇跡を速やかに展開する世界の加護。
粒子は七色に輝きだす。
「これが、魔法の講義です」
砂粒子が躍る――楽しそうに、自由な生を得た喜びに打ち震える様に上下左右へと。舞踏曲さえ聞こえてきそうな程に軽快な演目。
粒子から幾万本の同色の閃光が九頭竜を貫き、瞬時にその暗雲諸共に消失させた。その光の筋は天上さえも刺し貫き、天が割れた。裂け目は左右に開き、夜空より暗い暗黒の宇宙が地上を睥睨している。
「馬鹿な! 大宇宙を呼び寄せたとでも言うのか!!」
「ウィレイカシス君、僕の使う力は魔法なんですよ。魔術のように媒体や理論から成す人為的奇跡と比べられても困ってしまうんですよねぇ。魔法に常識は通用しない、死ぬ前にこれだけは覚えて逝くように」
先生面をする黒ぶち眼鏡の奥に細められた瞳に人情は無い。神秘に魅了され、絶対的妄信に憑りつかれた子供のように残酷で冷淡な眼をしていた。
「世界の歪みは完成するんですよ、大いなる魔法によって世界は宇宙と統合し、新世界創生の苗床となるんです! さあ、僕等魔法使い以外の存在消去といきましょう」
宇宙が墜ちて来る。そんな世界終末間際に聞こえる気の抜けた、不釣り合いなほどに場違いで緊張を払う声。
「うぅ……お腹痛い。ルア、お腹痛いんだけどぉ」
気絶から復帰した透理はお腹を擦りながら体を起こした。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回、地上に墜落する宇宙を止める事は出来るのか!?
気になる投稿日は17日の夜を予定しております!




