立ち塞がる荻先生
教会の孤児たちが寝静まった夜遅く。仕事を終えた透理達はルアの屋敷に向かって歩いていた。
透理は見上げる――あの空一面に描かれた模様を。
「ルアとライナさんはアレ、見える?」
「アレとは?」
「空に何かあるのですか?」
どうやらあの空に描かれた模様が見えるのは自分だけだと理解した。が、どうして自分にだけ見えるのだろうか。普通力ある彼等が見えて、力の無い自分が見えないというのであれば納得もいく。
「透理、キミには何が見えている?」
普段のスーツとコート姿に戻ったルアが透理をまじまじと見つめ問う。その声も視線も茶化そうというものではない。
ライナとウォルも黙って透理の言葉に耳を傾ける。
「模様、かな。複雑なんだけど、う~ん、なんて説明すればいいんだろう」
「では、簡単に模写できるか?」
スーツの胸ポケットから小型手帳と高級感漂うボールペンを透理に手渡す。まじまじと模様を観察しゆっくりと手を動かし始める。学校の成績で美術も絶望的な透理のカクカクとした動きを真剣な面持ちで見つめるルアに妙な意識をしてしまい、手元の動きが乱雑居なる。
「だ、だいたいこんな感じだよ。もうちょっと複雑だけど」
「魔術師!」
「ああ、これは――」
手帳を覗き込んだライナとルアの目付きが変わる。
「世界の歪みだ。それも、こんなに肥え太ったものを私は見たことがない」
「ええ!? あれがルアの探してる世界の歪みなの! どうして、ルアには見えないのさ」
「分からない。もしかしたら誰かが何かの意志を持って隠した……ということもあるが、そうした場合は、なぜ透理にだけ見えるかだ」
「トゥリ、隠した?」
「してない、してない! ボクはそんな事しないし、出来ないよぉ!」
ぶんぶんと首を振って余計な疑いを向けられたくない透理だが、端から疑っていないとルアが諭し、安堵の息をもらす。
「貴方の師――稲神聖羅の仕業、というのは考えられません?」
「可能性は大いにある。だが、何のために」
真面目な話にウォルは飽き飽きした様子で透理のお隣に並びなおす。意味ありげに頷かれたので反射的に頷き返すと、ウォルは嬉しそうに頬を綻ばせた。一体、今の行いにどんな意味があるのか聞いてみようかと思った矢先――。
「津ケ原君は今ボランティアが終わった所ですか?」
「あっ、荻先生じゃん。また会ったね」
住宅地の街灯の下に照らされたくたびれたスーツ姿の荻。手にはコンビニ袋と競馬雑誌。
「荻先生、コンビニばっかりじゃ体に良くないよ。ちゃんと自分で作らなきゃ。っていうより、早く結婚して奥さんに作ってもらいなよ」
「いやはや、先生の事を気に掛けてくれる津ケ原君は優しいですね。でも、残念ながらこんな低所得のおじさんと一緒になってくれる人なんていませんよ、あはは……」
がっくりと肩を落とす荻を見て、ルアが透理に耳打ちする。
「学校の先生か?」
「うん、そうだよ。荻先生っていうんだけど、抜けてるっていうか、面倒くさがりで自己保身に全力を注ぐけど面白くて良い人だよ」
「面倒くさがりで自己保身に全力を注ぐ、とは聖職者としてどうなんだ?」
「さぁね、でも人気は高いんだ。他の先生や友人に言えないような相談とか受けたりするんだよ」
「そうか」
ルアは荻という人物に興味でもあるのだろうか。
「おやおや、津ケ原君には外国人のお知り合いが多いんですね。そちらのカッコいい男性はどういった知り合いなんですか?」
「ルアは……」
どう答えていいものかと困惑していると、小さな溜息を吐いたルアが会話を受け継ぐ。
「私はこの国の地層に興味がありまして、日本に渡って来た学者です。不慣れな日本の案内を此方の津ケ原さんにアルバイトとして手助けしてもらっているんです」
「ああ、そうでしたか! 津ケ原君は困っている人を見捨てておけない正義のヒーローみたいな女性ですよね」
「ええ、彼女がいなければ私はもう帰国していたかもしれません」
和やかな雰囲気で会話を繰り広げるも、先に打ち切ったのは荻の方だった。
「では、帰ったらどうでしょうか。AAランクの魔術師――ルア・ウィレイカシスさん」
こんばんは、上月ですか(*'▽')
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