荻と神秘の砂
教会での仕事を終えたライナは私服に着替え、必要最低限の荷物だけを持ち透理達と合流した。
「今日はお疲れさまでした。透理さんと、狼も……感謝します。さて、不本意ではありますが魔術師の邸宅に参りますか」
「ルアは結界とか迎撃の術式を張るのが忙しいみたいだから、夕飯は僕が作るね」
透理の申し出にライナは首をゆっくりと振った。
「透理さん、子供達との相手でお疲れでしょう? 夕飯は私が致しますから、ゆっくり休でいてください。ちゃんと冷蔵庫には材料が入っていますよね?」
「うん、この間買い足したばっか」
「酒、私も料理する」
「ビアドール! はぁ、貴女には何度言えば理解してもらえるのでしょうね。まあ、別に覚えてもらう必要は無いのですけど」
「……む?」
ウォルが会話を区切り振り返る。ライナと透理も倣う。
「おや、津ケ原君。冬休みをエンジョイしているみたいですね。はあ、羨ましいです。先生は冬休みもお仕事しているんですよ?」
「あっ、荻先生じゃん。今から帰宅?」
「いえいえ、少々旅行に行っていて今帰ってきた所です。透理さん、こちらの眉目麗しい女性たちは知り合いですか?」
さて、なんと答えたものか、と頭を悩ませている透理に代わり、ライナが恭しく挨拶交じりに答えた。
「透理さんには冬休み中に教会の子供達と遊んでもらっているんです。子供達も最近では体力が有り余っているので、透理さんのような方がボランティアに来ていただけて助かっております」
「ああ、そうでしたか! 津ケ原君がボランティアに励む子だとは思いもしませんでしたよ。ですが、そうですね。ボランティア活動はとても素晴らしいですが、成績の方ももう少し上げてくれると、先生が校長に怒られなくて済むんですよね」
「あはは、それはどうしようもないって。ボク、勉強嫌いだもん」
「あはは……面と向かって成績はどうしようもないって言われると、先生も立場が無いんだけどなぁ」
困ったように頭を掻く荻は、視線を透理からウォルに向ける。
「こちらの子もボランティアの方ですか? 海外の方の様ですが、それとも教会関係者?」
「此方は、私の親戚の子です。冬休みの間は私の手伝いをしてくれる事になっております。さあウォル、透理さんの先生にご挨拶を」
「ウォル・アンクリオット・ディーラデイル」
「ウォル・アンクリオット・ディーラデイルさんですね。僕は荻春樹、よろしくね」
「ん、荻。覚え――」
「先生、そういえば神秘の砂とかって見つけたの?」
「うふふふふ、先生とうとう見付けちゃいましたよ。売れば大金、持っていれば願いが叶う。先生の人生は、勝ち組路線に乗っかっちゃいましたよ」
「え~、見せてよ。神秘の砂。あれ、魔法の砂だっけ?」
「今は持ってないんですよ。自宅の金庫に大切に保管してるので、始業式の日に皆さんに自慢するために持って行きますね」
無邪気に嬉しそうに語る荻はまるで子供の様だった。
だが、これが生徒達から好かれる彼の特性と言っても良かった。子供っぽい大人、と聞けば悪い意味で捉えられるが、荻の場合は少々その定義からズレている気がした。給料や職場環境の愚痴を隠さずに生徒達に吐きだすが、いつも冗談っぽく言うあたり、生徒からすれば重荷に感じず、逆に茶化したり、弄りがいのある大人という印象を持ち、接しやすいと評判だった。お陰で進路や対人関係だけでなく、プライベートな悩みの相談を受ける事もよくある。本人は雑談しているだけと言ってはいるが、彼の話術と人間性は不登校児を学校に復帰させるほどの効力があった。
この間の終業式後の校長からの呼び出しも、最初は身を縮こませながら説教を受けていたが、気付けば荻は校長とゴルフの話で盛り上がっていた。
「おっと、先生これからスーパーにいって夕飯のお惣菜を買わなくてはいけないので、これで失礼しますね」
「うん、じゃあね荻先生」
挨拶もそこそこに荻は腕時計を確認して、焦った素振りを見せ駅の方角に走って行った。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は29日を予定しております!




