結界準備
ランタンの明かりがぼんやりと灯る薄暗く肌寒い空間。
古ぼけた書棚が何列にもわたってドミノのように並んでいる。ルアは目的の書物を次々と棚から引き抜き、背後を歩くキャストールの背に取り付けた板の上に乗せていく。
「おい、ワシはどうして便利に使われておる? これは、動物愛護団体に訴えてもいいのだぞ」
不満の色を一切隠さないキャストールが苛立ち交じりの声音で主人に問い掛けた。
「便利? 普段、私から魔力を吸うだけ吸うくせして、普段寝てばっかりの貴様に仕事を与えているだけだ。それと、貴様は動物ではなく悪魔だろう? 召喚者に使役されることの何処がおかしい」
ぐうの音も出ないキャストールはやり場のない苛立ちを解消すべく、前方を歩くルアの尻に頭突くも「満足したか?」と短く返され、惨めな気分を味わっていた。
「キャストール、お前は肉が食いたいと、常々言っていたな」
「それがなんじゃ、お前さんを食い殺してもいいかのぅ」
「私を食いたいのか?」
「冗談じゃ。じゃが、肉は食いたい。この仕事が終わったら人間の肉を食わせてくれるのか?」
「ああ、人間の肉を食べてもいいぞ。極上の――稲神聖羅の肉をな」
振り返り、注視しなければ気付かない程の口角を持ち上げたルア。彼なりの冗談で笑っているのか、それとも本気で食ってくれと訴えているのか判断に困るキャストールは鼻であしらった。
「ふん、あんな人間であることを放棄した女の肉なぞ、便所から生えたキノコ以上に食えんぞ!」
「そうか、残念だ」
「主はもう少し笑顔の練習をしたほうがいいぞ……」
次々と背に積まれて形成されていく本の塔。軽く見積もっても三十冊から四十冊はある。この書庫は屋敷の地下に造ったルア専用の娯楽施設。この棚に収まっている書物はどれも現品限りの代物だ。闇市で売れば一部の収集家から数億の値で売りつけることが出来る価値を持っていた。
「そんなに読みたいのであれば、主の魂に収めておけばよいじゃろう。こんな一々書庫に行って探す必要もなくなるのではないのか?」
「私が内包できる書物は力ある魔導書のみだ。これらは全て、人間が娯楽として書いたものだ。そういったものは私の中には入れない」
「娯楽、とはのぅ」
納められた本のタイトルの幾つかキャストールは確認し嘆息した。
植物の育成、中世史、宇宙創成期、等々の娯楽としてどうなのだろうか、と疑問を抱かずにはいられないキャストールだった。
「のぅ、ルア。結界を張るのではなかったのか? 読書なんぞしていて、稲神が来たらどうする。何か策はあるんじゃろうな?」
「当然だ。別に娯楽用として本を引っこ抜いていたわけでは無い。これから張る結界に必要だっただけだ」
書庫の扉を潜り、狭い螺旋階段を上り、屋敷の裏に出た。
青々と茂る木々を眺めてルアは満足そうに頷く。
「これだけ自然に恵まれていれば、あの女も容易に侵入することは出来ないだろう」
キャストールの背に積まれた本の一冊を手に取り、ルアは魔力を全身に行き渡らせた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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