魔術師になるきっかけ
どこか埃臭い場所で目が覚めた。
薄暗く広大な空間には棚がびっしりと並んでいて、隙間なく本が陳列していた。そこは書店と言うよりは大図書館と呼ぶに相応しく、幼いルアに目が覚める以前の記憶がない事に気付いたのは数時間後のことだった。
「おや、坊や。こんな廃図書館でなにをしている?」
自分でも読めそうな書物を大量に床に広げ、物語に没頭していたらどこから湧いて出てきたのか、女性がルアを――面白そうなものを見つけたという感情を声音に乗せて見下ろしていた。
「本を読んでる。ここは図書館だから。でも、出口が分からなくて」
「閉じ込められちゃったのかな? であれば私と一緒に出ないか? きっと、楽しい人生が待っていると思うぞ」
「え、でも……」
ルアの視線は一冊の本に注がれていた。
「ならば、本も一緒に持って行こう。どうせ、此処に置いてあっても誰にも読まれることは無いのだからね。人知れずに忘れられるより、坊やに読まれていた方が幸せだろう? 違うか?」
「どう、だろう……ううん、そうかも。お姉さんも本を読みに来たの?」
「私は単なる好奇心で来ただけだ。来てみたら、キミがいた。こんな人気の無いゴーストタウンに、ね。おっと、自己紹介が未だだった。私は稲神聖羅だ、魔術師という生業をしている。キミは?」
「僕はルア。ルア・ウィレイカシス。起きたらここに居て……起きる前は、わからない」
「記憶がない、のか。ふぅん、そいつは大変じゃないか。だったら、やはり私がキミの面倒を見よう」
「お姉さん、マジュツシって悪い人?」
問いの真偽を探ろうとして、止めた。ルアの手に持った書物では、魔術師が悪者として書かれているからだ。子供故に何が真実で何が偽りかの判断が付かない。聖羅はふっと笑い、ルアに問いを問いで返した。
「魔術師は世界の真理を探る探求者。そうだなぁ、学者さんといえば分かりやすいか。世界の不思議を追い求める魔術師をキミは悪者だと思うか?」
難しいナゾナゾを思案するように眉間に小さな皺を作って考え始めた。刻々と時間が過ぎていくが、少年の小さな想像を妨害する事無く、黙って、適当な場所に胡坐をかいて待った。
「わ、悪くないと思う」
「どうして?」
「えっ、だって、世界について考えてるんだよね? どうやったら、世界が豊かになるとか」
「私は別に世界を豊かにするために真理を探っているわけでは無いよ」
「……むぅ、お姉さんの言っていることは難しいよ」
「まだ、子供じゃあな。見た所、キミの魔力は純度が高いね。魔術師としての才能がある。どうだ? キミは魔術師として世界の真理を探ってみないか?」
聖羅は連れていくなら、気紛れに先生の真似事でもしてみようかと無垢な少年の神秘を強調させて勧誘した。その反応は面白い程に純粋で、瞳をキラキラさせて二つ返事で承諾した。
「じゃあ、ルア。お前は生きていくうえで必要……いや、もっとも大切なモノはなんだ? なんだっていい。脳みそでも命でも、飯でも、これだけは手放したくないってものだ。なにかあるだろう?」
急にそのような事を言われて即答できるはずもなく、助けを求めるように、何かヒントとなるものがないか周囲を見渡す。
「本、僕の大切なモノは本だよ。今ここで独りぼっちだった僕と語り合ってくれた本たち」
「そうか。良いんじゃないか。じゃあ、お前の魔術媒体は本にすると良い」
「マジュツバイタイ?」
「それは、そのうち教えていくさ」
聖羅は衣服に着いた埃を手でさっと払い、ルアの小さく温かな手を引いて立たせた。まっすぐと自分を見上げる少年の瞳はなんとも真っ白で好奇心に満ちているのか。その視線は自分の奥深い場所さえも暴いてしまいそうな程に眩しく見えた。
ルアの日常は聖羅との出会いによって非日常の魔道へと足を踏み入れさせられた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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