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壁を隔てた不吉な音

「あれぇ?」


 細い通路を曲がると大きな壁が立ち塞がり、透理は首を傾げる。


「う~ん、また、別の道を探さないといけないのかぁ」


 これまでも行く先行く先に壁が進路を阻み、そのたびに少し戻って別の道を選び、何とか前に進めたと思った矢先に再び壁と鉢合わせしてしまい、少々心が挫けかけていた。


「あ~もう、足が痛いよぅ。お腹空いたよぅ」


 ふくらはぎ辺りの鈍い痛みも次第に主張を強くし、買ったばかりの腕時計は時を刻むことを拒んでいるのか、一秒間を前後に揺れていて、どれくらいの時間が経過しているのか分からない。


「もう、ご褒美とかいらないから帰してよぉ」


 泣き言を散らしても誰からの返答はなく、ただ、自分の情けない声だけが反響する。透理はルアの言った意味をこの時ようやく理解し、全く警戒することなく悪魔の遊戯に参加してしまったことに深く後悔していた。しかし、今更後悔しても遅いのだ。このまま待っていても助けは来ないだろう。ならば、自力で最後まで抗ってやるしかない。挫折しかけた心と体力も理不尽な状況と自分の甘さへの怒りが補強した。


「この迷宮から出たらあの化け猫覚えてろよー!」


 透理は拳を突き上げ、取り敢えずは己の支えとなる目標を定めるなかで、その姿を嘲笑うかのような視線には気づかない。


 曲がっては行き止まり、戻って進んでは行き止まりが繰り返される。


 出口のない迷宮を延々と歩かされる透理の忍耐と体力も現実的に限界だった。苛立ちで立ち直った心と体もとうとう拗ねてしまい、その場でしゃがみ込む。


「ふんだ! どうせ、出口なんてのは最初から無いんだ。そもそも、かくれんぼって言ってたのに、どうして頭を使う迷路なんだよぉ!」


 所詮は悪魔の遊戯。最初から自分が勝つように仕組まれていたのだ。へそを曲げてぶう垂れていると微かな音を耳が敏感に拾った。


「今の音なんだろう。気のせい……じゃないよね?」


 それは、質量のありそうな物を引きずるかのような音だった。


 耳をすますとその音は、背後の壁一枚挟んだ向こう側から聞こえてきていた。


「なんか、分からないけど。ヤバそうな気がする……」


 ズルズルと得体の知れないモノが引きずられる音は、透理の心を掻き乱して不安を煽る。


 自分の精神衛生を考えればこれ以上この音を聞いているのは良くないと判断するや、可及的速やかに壁一枚を隔てた先の存在とは正反対の方角に駆けだしていた。


 走る――ひたすらに、無我夢中で、自分が進んでいるのか、戻っているのかも分からずに。ただ、心臓と脳に響く警笛に従って、限界を迎えている足を前へ前へと運ぶ。


「はぁ、はぁ……うわっ!」


 自分の足に蹴躓き、培った運動量も相まって盛大に転倒し、衝撃と痛みでようやく我に返る。


「……あれ、ここ、何処だろ?」


 上体を起こし、左右を確認するが何の目印もない壁が続いているだけで、ここが既に通った道なのか新しい道なのかなんて分からない。


「でも、あの音はもう聞こえないし……うん、大丈夫そうだ」


 心に余裕を持たせようと自分に言い聞かせ、疲弊しきった身体を少しでも休ませようと、てきとうな場所に座り込む。


「帰れるかなぁ……ううん、駄目だ! 絶対に脱出してやるんだ。その後で師匠に言いつけて、叱ってもら……すぅ」


 蓄積した疲労と安心感からドッと睡魔が押し寄せ、透理は両ひざに顔を埋め、抗う事無く意識は途絶えてしまった。


 二人の男女が笑っていた。女の腕に抱かれ、気持ち良さげに寝息を立てる赤子の顔を覗き見て、まるで天使のようだ、と赤子の頬を優しく撫でている。


これは、誰の記憶してんなのか。


 二人の両親に何かを語り掛ける女性は、きっと作り笑いをしていた。この赤子が産まれたコトに誠意を込めた祝辞のろいを紡いでいく。


「へぇ~、その子が……うんうん、可愛らしい子じゃないか。母親似かな?」


 視点の主の言葉に、母親は嬉しそうに目を細めて笑っていたが、父親はなにやら何処か寂しそうな表情を一瞬だけ浮かべたのを、女性は見逃さなかった。


「ふふ、そう悲しい顔をしてやるな。きっと、彼女は立派に育つよ。私が保証してやってもいい。だから、誕生の喜びと共に別れの挨拶を――」


 視点の主は懐から取り出した銀色のナイフ。躊躇いなくソレを父親へ向ける。短い苦悶と共に彼のシャツ全体が真っ赤に染まり、何が起こったのか理解できない様子の表情で地面に倒れ伏す。


 赤子を抱く母は、いったい何が起こったのか理解が追い付かず、呆然と自身に向けられる綺麗な銀色のナイフに視線が釘付けとなり、同じように銀の刃は彼女の身体を撫でることなく全身を切り裂いてしまった。


「さて、この子の成長が楽しみだね」


 血に濡れる二つの死体には興味も抱かず、残された赤子を母の亡骸から奪い取る。


「お前が大きくなったら、私が殺しに行くからさ。それまで、死ぬんじゃないぞ」


 まるで、子供を寝かしつけるように優しく囁くと、腕の中の赤子はすやすやと、何かの力に強制されたかのように意識を閉ざした。

キャストールとの遊戯。かくれんぼだと言われて気付けば迷宮の中。はたして、透理は無事に抜け出すことが出来るのだろうか……。


投稿は明日の夜21時を予定しております!

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