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超越の称号を持つSランクの魔術師

 リビング内の空気が一変した。


 不敵に笑う聖羅を中心に、この場の空気が歪み汚染されていく。禍々しく膨大で吐き気を催す魔力。


「な、なんだよ、この身体が怠くなる空気は」

「クク、見せてやるよ。ルアの使うお伽噺ではなく、本当の魔術という奴をね」


 時間逆行の理は『無法原点の書』の理すらも巻き込み遡ろうとしている。


「無法原点が無かったことになるのが先か、私の魔術が完成するのが先か、実に面白いゲームとなったな」

「私は、ゲーム感覚で貴様に挑んではいない」

「だろうな。もし、ゲーム感覚で挑んでいたら……遊んでいないで、殺していたよ」


 自分は負けないという自負から発せられた言葉。


 ルアは歯噛みするだけで言い返そうとしない。その間にも聖羅の魔力濃度がより濃く、リビングを充満していく。


「さぁ――始めようか」


 謳うように、呪うように、全てのものを馬鹿にしたように、聖羅は口ずさむ。


 ポケットから取り出したナイフを掲げて――。


「歪んでいる。全てが歪んでいる。私以外のモノ全てが歪んで見えて仕方がない。全ての繋がりを断つ銀の残影を持ち、私は全てを切り裂き搔き乱そう――超越歪曲アム・テルリオンダ・の執刀理論(カルフェツェード)


 魔法陣は発生しない。


 蠱惑的に煌めくナイフの腹に解読不能な文字が浮き上がっていた。あの文字が意味する事は透理には分からない。ルアと違って地味な魔術だ。パフデリックに向き直るも彼は口を開こうとしない。そもそも、口がどこにあるのか分からないが、何も喋ろうとはせず、ただ、黙して事の成り行きを見守ることに徹していた。


「お前のお伽噺も歪んで見えるぞ? ルア」

「超越世界の執刀魔術師――稲神聖羅」

「クク、自分の称号名というのは少々恥ずかしいモノだ。別に私は『超越』の称号になんの有難みも感じてはいないよ。お前はどうなんだ? 無限書架の魔術師――ルア・ウィレイカシス?」

「私は『無限』の称号に誇りを持っている。魔術師たるもの、与えられた魔術称号を大切にするのは当然だろう。貴様のような魔道を踏み外した奴には分からんようだがな」

「ふふ、魔道を踏み外した? お前の友人にも似たような奴がいるだろ? 無限視姦の魔術師がよ」


 聖羅はミラのことを言っている。その事に何も反応を示そうとしないルアは『無法原点の書』の発動前まで時間が逆行するまで、攻勢に転じることができない。


「その本を使用中は他の魔道書は扱えないのか?」

「生憎とこの本が持つ力は強大すぎてな。今の私ではこの一冊を展開しているのが限界だ。かといって、貴様に隙をみせているわけではないが」

「ほぅ、つまり私のこの魔術に対抗しうる秘策があるというのか? 面白いな。じゃあ、その秘策という奴をみせてもらおうかねぇ!」


 聖羅はナイフを一閃させ、地を蹴り銀影を宙に引き――まるで輪舞のように距離を詰める。間一髪でそのナイフの軌跡を回避する、が。


「うぐっ!」


 後方に跳ねたルアは低く呻いた。


 着地と同時に腹を抑えて片膝を突く――口から吐き出される多量の血液。この現状を全く理解できないことより、ルアの怪我の方を心配し駆けだしていた。


「どうしたんだよ、ルア! いったい、何が――」

「馬鹿、下がっていろ。キミが私に駆け寄って何が出来る? あの女は、私とキミを殺そうとしているのだぞ。標的が固まって――チッ」


 透理の腹に伝う衝撃。


 ルアに突き飛ばされたと脳が理解したのは、尻もちをついた時。ルアの脇腹に深々と刺さる聖羅のナイフ。冷や汗を流し、苦悶の色を表情に宿すルアの頬に、そっと口づけをする聖羅。


「――ルアッ!?」


 捻じりながら引き抜かれるナイフは、確実にルアの内臓を惨たらしく傷つけていく。


「やめろッ! やめろぉぉぉぉぉぉ!!」


 透理の怒声が屋敷中に響き渡り、それに呼応するように聖羅の狂ったような高笑いが重なった。

こんばんは、上月です(*'▽')


次回の投稿は4月2日の夜に投稿します。


『夕日色に染まる世界に抱かれて』の最新話は明日に投稿します!

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