武士のようなスライム
日が沈むと一層に冷え込む。
二人の少女が冷え切った身体を温めるべく暖炉の前を占拠していた。己の意志で占拠しているのはボーイッシュな少女の方で、車いすの少女は半ば強引に申し訳なさそうに身体を温めている。
「透理君、僕の方は準備が出来てるから十分に温まったら始めるよ。いいね?」
「本当に大丈夫なんだよね? 変な事するわけじゃないんだよね? 信じていいんだよね?」
執拗に確認をする透理にミラは笑って答えた。
「うふふ、どうだろうね。信じてみなければ分からないよ。うん、やってみなきゃ分からない」
「うわぁ、心配だよその笑顔。でもまぁ、クロノが信じてるならボクも信じるよ」
「透理ちゃん、大丈夫。ミラちゃんは普段ふざけた感じだけど、仕事はちゃんとやってくれるから」
「あら、僕は別に普段ふざけているわけじゃないんだけどね」
いったいあの態度のどこがふざけていないのか、と透理とルアは疑問を抱く。
「ねぇ、ルア。さっきから気になってたんだけどさぁ」
透理の視線はルアの背後に向けられている。クロノも気になっていたらしく、透理同様にチラチラとソレを見ていた。
「ああ、コイツも私の使役する悪魔の一体だ。もしもの時の為に呼び出しておいた」
「は、はぁ……悪魔、ね」
人でも、猫でも、鳥でもない。ましてや意思の疎通が出来るのかさえ怪しい――ブヨブヨとした緑色の半固形状生物。小学生の工作で不動の人気を誇り、ファンタジー作品では定番のソレ。
「それ、スライムじゃん! 本当に悪魔なの? ルアとミラさんで工作したんじゃないの!?」
透理の発言に異議申し立てするように、ブヨブヨとした身体から一本の腕を形作り否定の意を表した。
「拙者、不本意ながらこの魔術師に使役される、十三の世界を管理する悪魔に候。パフデリック・ピエール・ド・フォン・ジョンソンでござる」
驚愕の事実。
透理とクロノは目を大きく見開き固まる――喋ったのだ、渋い声で。武士口調には不釣り合いな、長ったらしく覚えにくい異国の名前。ウォルのフルネームでさえまだ曖昧なのに、さらに高難易度なふざけた名前。透理の頭は「パフ」以降の名前を頭に記録出来なかった。
「あの、名前……もう一回良いですか?」
透理は眼を白黒させつつ挙手。
「拙者の名前は、パフデリック・ピエール・ド・フォン・ジョンソン」
「パ……パフ! パフ?」
「この娘、けしからんが、いとおかし! でござる」
透理はこのスライムを武士かぶれと認定した。
「めんどくさいから、パフでいいよね?」
「よきにはからえ~でござる」
「ねぇ、ござるとか、いとおかし! とか言ってれば良いと思ってない?」
「…………しばし待たれよ」
スライムは黙する。ブヨブヨとした緑色の両腕を組みながら。
「片腹痛いわァッ! 異なことをホザク小娘ぇ!」
「お前、絶対にそれっぽい言葉を並べただけだろ!! この武士かぶれ!」
透理はスライムに特攻を仕掛ける。
「敵前逃亡は極刑。小娘の心意気やよし! その特攻精神、まこと日本の美徳でござる」
「うらあああああああああああ!!」
ボヨンとスライムが凹むが反動で透理を吹き飛ばす。
「武士とは、殺すことにあらず」
「くそ、スライムの癖に!」
「む? 拙者のどこがスライムだ。何処からどう見ても、坂本龍馬のような明日を視るこの姿勢。沖田総司のような美しい顔付き。竹中半兵衛のようなキレッキレの頭脳。岡田以蔵のような剣腕。そして、せ、せせ拙者の初恋は巴御前殿でご、ござるよぉ」
「岡田以蔵って誰だよ!? 大切なイメージ崩して悪いけどさ、沖田は平たい魚顔だからね!! しかも、初恋の相手とか聞いてないし! 巴御前だけ時代が離れすぎだよっ!」
早口で捲し立てる透理にパフデリックは憤慨し、身を大きく引き伸ばして透理に襲い掛かる。誰も止めようとはしない辺り、問題はないと判断しての事だろう。
「貴様、岡田以蔵を知らぬと申すか! 恥を知れ、恥を! それと巴御前タソの悪口はゆるさないでござるぞ!」
「うっわ、キモいから。タソとか言われると口調も相まって単なる典型的なオタクにしかみえなくなってきたんだけど!」
「憤怒憤怒憤怒でござる! 我、誠意ノ謝罪ト賠償金ヲ要求ス」
「口調変えるな! 時代を変えるな! 戦時中の電報みたいになってるからね!」
そうとう賑やかになって来たところでルアが仲裁に入る。
「パフデリック、透理、そこまでだ」
「むぅ」
「むぅ」
同じ反応。
「ふふ、あはははははは。ははは、面白いね。実に面白いよ、ルア。キミのお弟子さんも、悪魔も、ふふふ」
ツボに入ったらしく腹を抱えて笑い出すミラ。どうしていいのか分からずオロオロとするクロノ。これから、大事な要件があると言うのにこの緊張感の無さはルアに頭痛を引き起こさせた。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は18日の夜を予定しております




