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ルアの協力者

 ルアとキャストールが部屋を出てしばらく、歪な形をしたオニギリが三個とたくあんを盆に乗せ、ルアが戻ってきた。


「どうだ、透理。まだ具合は悪いか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう、ルア……それと、それってオニギリ?」

「ああ、これか。キミのように綺麗には出来なかったが、味はたぶん大丈夫だろう。中身はこの間の残りものだがな」


 ベッドの脇の小さな机に盆を乗せると、どこか疲労の色を滲ませた表情で椅子に腰かける。毎夜の歪み探索できっとルアも疲れているのだろう。透理は布団の中から手を出し、ルアに伸ばす。


「ん、どうした?」

「う~ん、握ってほしいなって」


 ルアは何も言わず差し出された手をそっと握る。この後はどうすればいいのだ、と言いたげな表情が可笑しく、つい小さく噴き出してしまう。


「あはは、そんな深く考えなくていいって。ルアも疲れてるならさ、たまには休みなよ。弟子の前で倒れるなんてカッコ悪いでしょ?」

「確かに疲れてはいるな。だが、私の任務は世界の歪みを手遅れになる前に見つけ出し、消失させねばならない。捜索も芳しくない状況で休息などとっていられない」

「そういえばさ、世界の歪みってなに?」


 ルアの口から出る『世界の歪み』という言葉。それがどういうモノなのか透理は分からない。ただ、世界の至る場所に発生しているくらいにしか知識がなかった。


「以前も話したが、歪みについての情報はまだ多くはない。ただ、世界にとって悪影響を及ぼすものとしか説明のしようがないな。過去に一度、歪みが完成してしまった時、その付近は異形の巣窟となり、数百人規模の行方不明者が出たらしい」

「えっ、そんなのニュースで報道されたっけ?」

「国家より強大な圧力で揉み消したらしい。その際に魔術師、信仰者が駆り出され、共同で歪みを消失させたと聞く」

「そ、そうなんだ。怖いね」

「その歪み……それも規格外のモノが、この街に存在しているんだ。透理も他人事ではない」


 百人規模の行方不明者。


 ようやくそこで、『世界の歪み』の恐ろしさを理解した気がした。規格外のモノともなれば数百人なんて目じゃない程の犠牲者が出てくるのは必然。ルアはそんな危険なモノに一人で対処しようとしていたのだ。


「ルア、そんなことさせたくないよ! この街も人もみんな優しいんだ。絶対に止めよう」

「ああ、その為に私が派遣されたのだからな。組織はなにやら企みがあるようだが、私は私の仕事をこなすまでだ」

「ねぇ、ルア」


 透理は意を決する。


「ボクにもう一度、魔術を教えて。守りたいんだ、この街と人を」

「だが……」


 ルアが渋る理由も分かる。


 以前に魔術基礎の実技をしたときに、暴走を起こしてしまったのだ。その原因さえ明確には分かっていない。それからは慎重に慎重を重ね、様子を見ながらということになった。


「お願いだよ、ルア! ボク自身の手で守り抜きたいんだ」

「……分かった。だが、あとどれ程の時間が残されているのかもわからない状況だ。講義は私が面倒を見るが、実技は他の者に任せる。いいな?」

「うん、いいけど……実技は誰が見てくれるの? キャストール? フェーランさん?」

「知人といったところか。正直、あまり関わり合いたい奴ではないが致し方ない。奴もまだこちらに滞在しているはずだ」


 そう言うとルアは、リビングを後にして、廊下でなにやら誰かと通話をしている。話を聞かれたくはないのだろうか、時折、扉ガラス越しに透理の様子を窺っている。


「待たせた。明日の昼には此方に到着するようだ」

「ねぇねぇ、その人ってどんな人なの?」


 ルアの知人であれば魔術師だろう。そもそも、透理に魔術を講義するのだから魔術師以外ありえない。先ほどまでの真剣な面持ちは何処へ、好奇心に任せてはしゃぐ犬のような弟子とうりに、ルアはあからさまに嫌そうな顔をして一言。


「連続猟奇殺人鬼だ」

「……えっ」


 表情が固まる。沸き立っていた感情が急激に冷やされていく。時間だけがコクコクと刻まれること数十秒。ようやく思考が働きだした透理は、ルアの服に勢いよく掴みかかる。


「え、どういうコト!? どうして、殺人鬼なのさっ!! 意味わからないよ。魔術だよ魔術! 普通だったら、魔術師呼ぶよね!? ねぇ!」

「落ち着け透理、言い方が悪かった。呼んだのは魔術師で間違いはない。そして人殺しという点においては私も同じだ。多くの信仰者を殺してきた。だが、奴は気に入った人間の眼球を収集する趣味があってな……」

「結局ヤバイ奴じゃん! ボク、大丈夫なの? 襲われたら何とかしてくれるんだよね!?」

「大丈夫だ。私と奴は互いに協力関係にある。私の機嫌を損ねる真似はしないはずだ……多分」

「多分ッ!? いま、多分って言ったよね!!」

「冗談だ、大丈夫。彼には先ほど釘を刺しておいた」

「むぅ、ボクの眼が抉られたらどうしてくれるんだよぉ……はぁ、まあいいや。信じてるからね、ルア。じゃあ、もう寝るから」

「ああ、おやすみ」


 リビングを出ると冬の冷気が全身に突き刺さる。一気に階段を駆け上り、足早く自室に駆け込むと、フェーランがちょうど暖炉に薪をくべていた。


「フェーランさん、ありがとう。もう大丈夫だよ」

「透理さ……無理し……で」

「うん、ありがとう。そうだ、キャストールって今どこにいるか知ってる?」

「お風呂……もう。どうし……」

「ちょっと、聞きたいことがあったんだけど、お風呂なら仕方ないね」

「出て……呼ぶ」

「う~ん、別にいいよ。急用でもないし」


 フェーランはコクリと頷き、小さな歩幅で部屋を出ていく。


 残された透理は、ベッドに大の字で寝ころび天井を見上げる。変哲もない白い天井を眺めていると、何かを思い出せそうな気がするのだ。誰かに何かを伝えたかったようなモヤモヤとした思い。

「…………」


 疲労はすぐに夢の世界へ誘ってゆく。

こんばんは、上月です(*'▽')


『世界真理と魔術式』も新年を歩き出します。

次回の投稿8日の夕方くらいを予定しております


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