水面下で動く逸脱の者
吐く息白く、スカートの中を真冬の風が遠慮なしに吹き抜けていく。
焼き肉屋で智美と別れた透理は、館里駅に向かってトボトボと一人歩いていた。行き交う同じ学校の生徒は明日から始まる冬休みに浮かれている。
「ん~、何か大切なコトを忘れているような気がするんだよなぁ……なんだっけなぁ」
先程から記憶にモヤが覆っている。それも二十分程前の出来事に対して。まさかこの年で記憶障害が引き起こされるとは思っていなかったので、軽いショックを受けていた。
「ボクの脳年齢って意外と高齢だったり……? ははは、まさかね」
ルアの魔術講義の内容がまったく頭に入らなかった事を思い出し、苦笑いを浮かべる。そう、あれはたまたま難しい話だからだ。聞きなれない単語ばかりで、脳が上手く吸収できなかったのだと言い聞かせる。
では、学校の授業はどうだろうか。
「…………」
もはや、語る必要はない。
「別に世の中は勉強が全てじゃないし。うん、大丈夫」
そうこうしていると駅に着いた。
西洋の屋敷を思わせるオレンジ色の屋根をした造り。東口と西口に分かれており、海と面する西口は夕方になるととても綺麗な夕日が差す通り道となる。
一時間に一本、多くても二本しか電車が来ない田舎町特有の交通不便。どこか遊びに遠出するときは朝早くから出発しないといけない。
「え~と、次の電車まで……あっ、ちょうど五分後か」
電光掲示板と腕時計を見合わせて頷く。
カップラーメンを待つ時もそうだが、意識した瞬間から時の流れは急に緩慢になる。これは、何かしらの力が働いているのだろうか。
透理は思考してみるも分からない。
「今度、ルアにでも聞いてみればいいか。それにしても、じっとしてると寒いなぁ」
ホームに設置されている自動販売機で温かいお茶を購入し、熱々の苦い茶が喉を流れる。お腹の中が温まりこれでしばらくは寒さも和らぐだろう。
ホームから流れるアナウンス。
到着した電車の扉が開かれれば、暖房の温かさが出迎えてくれる。車内は閑散としており、何処に座ろうかより取り見取り状態だ。ドアの周囲は駅に到着するごとに真冬の冷気が流れ込んでくるので、中央部に腰を落ち着かせる。
「都心だとやっぱ混んでるんだよね。年中おしくらまんじゅうは勘弁かなぁ」
普段この町から出ない透理からすれば、空想でしかその息苦しさを味わうことは出来ない。これといって都心部に行く必要性もないのでもしかすると一生縁のないものかもしれない。
館里から二つ隣の駅――万倉駅。
駅の屋根は右上がりに緩い傾斜をしている独特な造りをしている。数年前まではこじんまりとした何処にでもありそうな田舎の地味な駅舎だった。
「電車から降りると一段と寒く感じるぅ~。よし……やるか」
腕を激しく擦る透理は決心をしたように駅前でおもむろに手を上げた。
「ヘイ、タクシー!」
目の前をタクシーが止まるが、運転手は変な子に捕まったなという微妙な顔つきをしていた。透理は気にした様子なく目的の場所を手短に伝えると、タクシーはゆっくりと動き出す。
「お客さん、さっきのアレは一体……」
「さっきのアレ……? あぁ、昔見た映画で綺麗な外人の女性がタクシーを呼ぶときにやってたんだよね。一度でいいからやってみたくてさ」
「は……はぁ、そうでしたか」
やっぱり変な子を乗せてしまった。運転手は内心で溜息を吐く。バックミラーには何処か満足げで楽しそうにしている少年のような少女。
伝えられた先は霊園だが、親族か友人の墓参りだろうか。彼女の事情を詮索するべきではないことは重々承知してはいるも、どうしてか気になってしまう。
原因不明な唐突的好奇心は運転手の口に強制力を働かせた。
「お客様は霊園に……その、誰かのお墓参りですか?」
「うん? あぁ、お父さんとお母さんの墓参りだよ。どうして?」
逆に問われてしまい口をつぐんでしまう運転手。
言葉が出ない。代わりに身体の穴という穴から溢れ出す汗はシャツを徐々に濡らしていく。
「ちょ、ちょっと! 運転手さん大丈夫!? 凄い汗だけど、具合悪いの?」
「い、いえ、大丈夫です」
早く降ろしたい。
無意識下により芽生えた一心の願い。
「あっ、ここでいいよ。はい、お金」
「あ、ありがとうございました。えっと、御釣りが三百円ですね」
短いやり取りを終えて少女がタクシーを降りていく。
「ああ、すまない。今の子について聞いてもいいかな?」
「……ッ!?」
いつ乗車したのか。
後部座席には黒ジーンズと群青色のワイシャツ姿の女性がミラー越しに運転手を見つめていた。
「お、お客さ……ア、アァ? アレェ、お客……オキャオキャ、オキャクサマサマサマサマサマァァァァァァ!!」
男は壊れた機械じみた音のような奇声を発し、頭部が破裂する。
タクシーを内側から赤黒く染めた車内で、女は窓ガラスにへばりついた肉片を握り潰す。
「脳の海馬だけがあれば十分だね……なんだ、大したこと話してないのか。それにしても面白いね、あの子は」
女は握りつぶした肉片を無造作に捨てる。
「コイツとこの車を処分しておいてくれ」
女の命令に車内の空気は揺れた。
こんばんは、上月です(*'▽')
前回同様に少々投稿が遅くなってしまいました。
次回は来週中に投稿いたしますので、よろしくお願いします!




