突如として現れた来訪者
昼時の焼き肉屋の店員は忙しそうに厨房と客席を行ったり来たり。時折、厨房から店長の丸々と肥えた体形に対する発言が聞こえてきたりもする。
喧騒を聞きながら肉を網の上に乗せていく透理。
そして、違和感。
「ねぇ、ウォルは店員なんだよね?」
「ん、そう。私、店員」
「だよね。なら、どうして仕事しないで一緒の席に座ってご飯食べてるの?」
「透理。お腹空いたら、ご飯食べる。これ常識」
小首を傾げて何を言っているのかという表情を透理に向けつつ、焼けた肉と白米を口に運び呑み込む。
「ウォルちゃんっていうんだぁ。可愛いねぇ、いくつ?」
「ん、店長がハタチって答えると、問題ない。言ってた」
「……ちょっと待って! いま、店長がハタチって言えば問題ないって言った!?」
「そう、言った。店長優しい、問題ない」
「はぁ、まあいいけどね。智美も食べてばっかりじゃなくてさぁ、少しはお肉焼いてよ。ボクが全然食べれてないじゃん」
「えぇ~、だって私、透理が怒られてる間、ず~っと寒いなか待ってたんだけどなぁ」
どうやら、自分で肉を焼く気はないらしい。
透理が焼いても焼いても、智美とウォルが遠慮なく焼き上がった傍から肉をかっさらってしまう。流石の透理も少しばかりイラついた。
そんな慈悲の欠片もない友人と自称ハタチの超人に不敵な笑みを浮かべる。
「トゥリ。よくない事、考えてる」
常人の域を超越した獣の嗅覚と危機察知能力。ウォルは箸を止めて透理の動きを注視する。だが、既に透理は動いていた。
「悪魔みたいなお前達には鬼の所業をみせてやる!」
肉の山が盛られた皿を熱々の網の上でひっくり返した。
「ちょちょ、透理!? なにしてんのよぉ、こんなの美しくな~い」
焼肉の美しさとはなんだ。
是非ともご教授願いたいところだが、今は口より手を動かさねばならない。次回だ、そう次回に小一時間以上三時間未満で語ってもらう事にする。
ルアがこの光景を見たら、きっと静かに怒るだろう。
ルアは食べ物を粗末にする事を嫌う。以前に透理がオニギリを作り過ぎてしまった時、キャストールとフェーランも交えてオニギリの山に悪戦苦闘し、腹痛不可避の夕食を強制させられた。あの時は手作り料理を食べてもらえると張り切ったお陰で地獄を見た。まさか完食するまでトイレ以外で席を立つことを禁止されるとは思ってもいなかった。
この網の肉を粗末にする気はない。だが、ふざけてはいる――否、これは無慈悲な二人に対する透理の反逆なのだ。
「さっ、自分で食べる分は好きに焼いて食べていいよ。ハイ、ここからはセルフサービスね~」
「えぇ~、肉奉行が焼いてよぉ」
「トゥリ、焼くの上手。私、食べるの好き」
「誰が肉奉行だ! ボクだってお肉食べたいんだよ。焼き上がったのをボクの皿に乗せてくれるならまだしも、一枚残らず暴食の限りを尽くす人たちの為に、もうお肉は焼けないから!」
透理の頬が膨れ、そっぽを向く。
「トゥリ、待ってて。すぐ戻る」
急にウォルが席を立ち厨房の奥に消えていった。
「ウォルちゃん逃げたぁ。仕方ない……ねぇねぇ透理、機嫌直してよぉ。ホラァ、お肉上げるから」
「ど~しよ~かな~」
手のひらを返したように肉を勧めてくる智美。透理は自分がおだてられたり、担ぎ上げられると気分がよくなってしまう。そんな欠点は自分でも十分に理解しているが、どうも抗う事が出来ない。
「透理様ぁ、こちらのお肉も焼けておりますよ」
「うむうむ、どんどん盛るといいぞ、がっはっはぁ!」
透理の豪快な名演技も周囲の喧騒に掻き消される。それほどまでに店は賑わい繁盛していた。昼間から飲み大声で語らう者。長期休暇でテンションが上がる者。ただ単に煩い地元のヤンキー。女子高生二人が騒いだところで目立つことはない。
「トゥリ、これ食べる。美味しい、私作った」
小さな容器に茶色のアイスを持ってきたウォルが、透理の目の前に容器を置く。そして、下がることなくその場でアイスと透理を交互に視線を動かす。
どうやら、感想が聞きたいらしい。そう察した透理は見た目普通なチョコレートアイスを一口。
「――ブフゥッ!?」
「トゥリ、美味しい?」
「……え? え、えぇ?」
何事も淡々としていたウォルの様子が少しソワソワとしている。
「トゥリ、どう、美味しい? 店長、美味しい言ってた。だからトゥリも、美味しい?」
「あ……あぁ、うん。美味しいよ? それより、このアイスって何味なの?」
「焼肉のタレ、辛口味。私、力作」
「……うん、そうなんだ」
このアイスを美味しいと評した店長の味覚を疑ってしまう。よく、そんな舌で飲食店を始められたものかと思ったが、直ぐにその考えを否定した。先程のウォルに対するあのデレデレっぷりを見れば、店長の味覚がおかしくなってしまったのも頷ける。
「そ、そっかぁ。斬新……だよね。うん、良いと思う。そうだ! ルアにも食べさせてみない?」
ルアの名を口にした瞬間、僅かばかりウォルの瞳がぎらついた。だが、透理は気付かない。
「駄目、あの男殺す。食べさせる、無意味」
「あ……ん?」
透理が何かを言おうと口を開いたと同時に入店してきた人物が、透理の前で立ち止まる。
「ごきげんよう、お嬢さん。つかぬことを伺うけど、キミはこっち側の人間かな?」
「……はい?」
赤茶色の瞳と髪、東洋人特有の黄色色の肌。されど身長は高く、その身に栄えるの黒ジーンズに落ちついた群青色のワイシャツ姿をした女性。
透理と目が合う。
にこやかに微笑む女性は、さも当然と自然な流れで網の上の肉を一つ口に運んで、幸せそうに咀嚼した。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回も透理視点での話となります!
来週中には投稿しますので、よろしくお願いします^^




