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魔術師ルア・ウィレイカシス

 肌寒い季節の布団というのは魔性の魅力を宿す。人類の安息の中で微睡の夢に抱かれていると、枕元に置いてある携帯電話がけたたましく鳴り響く。窓の外はまだ暗く、ほんのりと白み始めてきたかなという時刻。つまりはまだ朝早く人が起きる時間では無い。アラームなんていう睡眠の妨げとなる無粋な機能は切ってある。であれば、こんな時間に電話を掛けてくる存在を内心で恨みつつ、通話ボタンを押し耳に当てる。


「あ゛い……津ケ原です」

『透理、こんな時間に済まない。後一時間ほどしたら私の家まで来てくれるか?』

「………すぅ」

『寝落ちか?』

「ふぁ~、了解……一時間後だね」


 通話を切る。


 液晶画面――ルア・ウィレイカシスという外人の名前が浮かび上がっていた。


 朝日は水平線から顔を覗かせては町を照らす。


 早朝の真冬の寒さが身に染みるなかで、透理は薄暗い森の中を歩きながら、三日前の出来事を思い返していた。


 それは、気紛れに夜景を見た帰りに遭遇した異形の化け物と一人の男性。その出会いは偶然なのか、それとも世界の意志によるものなのか。


 その男性は魔術師であった。


 世界の真理を己の魔術理論たんきゅうによって接触かんしょうし、世界という絶対的法則に至り自分や世界を知って識る。それが、魔術師という存在だと男はあの晩に語った。


 それがどのような行いなのかは透理には分からない。だが、その出会いが非日常へと足を踏み入れてしまったのは事実。現にその魔術師に才能を見出され、弟子アルバイトとして高時給で雇われている。


 主に透理の役目はまだ館里市に来て日が浅く地理に詳しくない彼に町の案内が主で、あとは広大な住居の掃除だった。暇な時間には魔術師としての教養や魔術に関する知識を指導してくれるのだが、小難しく、全く頭に内容が入らない。


 早朝の寒さに身体を震わせながら獣道然とした険しい道を進むと、蔦がその外観を張り巡らせている生活感を感じさせない屋敷が透理を迎える。


「森の中にこんな屋敷があるなんて今まで知らなかったなぁ。きっと、こんな場所に家を建てた人は、筋金入り人間嫌いだったんだろうね」


 白い息を吐きながら呼び鈴を鳴らすと漆が剥がれ落ちた木製の扉が、蝶番部分で軋轢あつれき音を立てながら独りでに左右に開いた。


「お邪魔しま~す。ルア、こんな朝早くに人を呼びつけておいて、下らない用件だったら怒るからね!」


 透理の声は広い玄関フロントに反響するだけで何の返事も返ってこない。


「うぅ、寒いよぅ。せめて暖房くらいつけといてよ……」


 室内はひんやりとした空気が充満していて、外気より肌寒く感じるくらいだった。


 お化け屋敷なのではないかと思えるその薄暗さと静けさ。正面奥にある階段を使い吹き抜け造りの二階へ上がると、左右正面の三方向に通路が伸びている。


 右側の通路奥の角部屋の扉を軽くノックしてノブを回す。


「ししょー、おはよー!」

「ああ、おはよう。来てもらって早速で悪いが、この町に教会はあるか?」

「……はい?」

「神の家とでも言えば分かるか? 十字架が掲げられた建物だ」

「言葉の意味は流石に分かるよ」


 魔術師である彼がどうして教会について聞いてくるのか不思議だった。そんな事を聞いて何になるのだろうか、と透理は疑問に思う。


「それで、あるのか? ないのか?」

「一応はあるよ。でも、外国にあるような大きなやつじゃなくて、こじんまりとした小っちゃいのが」


 その答えに、ルアは難しい顔をしていた。


「教会があると何か不味いの?」

「そうだな。私の想像している通りなら仕事が少々やりづらくなる。魔術師には敵が多くてな。特に教会の一部連中とは仲が悪い。この町にある教会が一般の表社会に生きる信者が管理しているのなら問題はないが……こちら側の者であった場合、歪みとは別に警戒をしなければならなくなる」


 ルアは語った。


 魔道とは神の道徳に反し、己の探求欲を満たす業深き行いであり、神域に足を踏み入れようとする反逆者として認識されている。教会の部門には執行会と呼ばれる暗部が存在し、神威の断罪を下す信徒が世界各地に派遣され、魔術師ならびにその枠組みに含まれる者達を狩っているという。


「狩るって、殺してる……ってこと?」

「そうだ。奴らは神に背く者がどうも許せないらしいからな。神の創ったこの世界に背信者は不要だと信じ込んでいるイカれた連中だ」

「じゃあ、どうするの?」

「確認しに行く。キミに来てもらったのは、その教会までの道案内を頼みたかったからだ。用意が済んだら声を掛ける。それまでは自由に過ごしていて構わない」


 それだけ言い残し、ルアは部屋を出て行ってしまった。その場に残された透理は机に置いてある一冊の本に興味を掻き立てられ、さてはて一体どのような本なのかと開いてみる。


「えっ、なに……これ」


 見開かれたページに記されていた異国の文字が次々と剥がれていく。それらは揚々と宙を踊り出しながらページから飛び出していく。


「うわぁ、凄い! これが魔術なのかな?」


 呑気な感想を述べている内にその文字達が規則性を持つ動きを始める。まるで、パズルを組み立てていくような感覚で文章を構成していき始めたが、外国語がまったく分からない透理にはソレの内容を読み解くことが出来ない。


「えっと、これはルアを呼んだ方がいい……よね?」


 最初は文字が宙を踊るという光景に感動さえ覚えたが、それが文章を形成し、あげくには幾つかの単語が赤く光り出すという事態に、心の奥底から危険だと直感が告げ、「ルア! なんか、ヤバい事になっちゃったんだけど!!」透理は大きな声で助けを呼ぶ。


 その声が届いたのだろう。階下から大きな足音を立てて近付いてくる。扉を勢いよく開け放って駆けつけてきたルアの表情は何事かという形相で透理に視線を向ける。


「本を開いたら文字が勝手に……出てきて、文章が!」


 指さす先には宙に並ぶ膨大な文字数で構成された文章。その中には赤く発光するモノもあり、呼吸を整える間もなく透理を背に庇うように立ち、その黒い瞳は冷静に文章を追っていく。


「透理、すまないが先に玄関で待っていてくれるか?」

「これって――」

「さぁ、早く行くんだ。大丈夫だから」


 透理の言葉を遮り、有無を言わせないルアに透理は渋々従い部屋を出る。


「あれって、何かヤバいモノなのかな」


 言われた通り玄関で待っていると何事も無かったかのようにルアは階段を降りてきて、玄関脇に置かれているコート掛けから紺色のロングーコートを流れるような動作で袖を通した。


「では、案内してくれるか?」

「うん、任せて! それよりルア、ボクお腹空いたんだけど」

「道中で朝食にしよう」

今日は二話で投稿を終わりにしようかと思ったのですが、中途半端な感じになってしまうので、22時に三話を投稿して今日は終わりにしようかと思います。

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