魔術師との邂逅
こんばんは、上月です(*'▽')
世界真理シリーズ一作目『世界真理と魔術式』。
自分とは何者か、世界とは何かという世界真理を求める存在が魔術師であり、世界に突如として発生し始めた「歪み」という超常現象。その異常性を調査する為、海外より派遣された最高位の魔術師と、日常を生きる少女の探求的物語です。
冬の海はとても冷たい。
そんな当たり前な事は子供でも知っている。
では世界が何によって、どのようにして構成されているかを大人に質問した際に、何人が正確な答えを提示してくれるのだろうか。
きっと、誰一人として答えられる者はいないだろう。
世界とは神秘そのものなのだから。
「寒いなぁ、海風が冷たいや」
肩に触れるくらいの黒髪。クリッとした猫のような黒い瞳が、明滅する外灯に照らされる。
この国でありふれた色を有するが、その容姿という特徴は少年とも少女とも取れる整った顔立ちをしていた。
「ボクの住む世界は不条理で溢れている……なんてね。さて、お腹もすいたし、そろそろ帰ろうかな」
クスリと可笑しそうに笑う。
眼前に広がる市街地。
都心のように大きな建物は無く、町全体を一望できる小高い山の上から、夜の海と町を見渡していた。
明かりの乏しい田舎町。
深い闇色に塗りつぶされた海。振り返れば小さな城がポツンと在り、この館里市を見守るかのように山頂に建てられている建造物は、観光名所の一つに数えられている。
「晩御飯は何にしよう」
山を下るべく、緩くない斜面を慎重に、晩御飯のおかずをどうしようかと、考えながら歩いていく。
坂を下りきった所にある公園――城下公園。
昼間は子供たちが駆け回り、主婦たちが立ち話に花を咲かせる憩いの場。だが、静寂と闇夜に包まれた公園に立つ心許ない外灯の下、あからさまな不審人物が立ち尽くしていた。
生まれ持った好奇心に駆られ、そっと近くの茂みに身を潜ませ様子を窺う。その人物は身長が高く、紺色のコートを纏い、少々大きな本を片手に何かを呟いていた。
「いや……、反応が……。歪みなのか」
遠くて言葉を完全に聞き取る事が出来ないが、その言葉の節々からは怪しさが滲み出ている。何も見なかったことにして立ち去るべきかと考えはしたが、このままだと近隣住民に通報されてしまうのではないかと思い、流石にそれは可哀そうだと判断する前に声をかけていた。
「そこで何してるの?」
「…………」
聞こえていないのか、それとも聞こえてはいるがあえて無視をしているのか。反応は無く、視線は手に持った本に注がれていた。
「あの! そこで、何してるんですか!」
今度は少々大きな声で呼びかけると、ハッとしたように顔を上げる。
「何故……」
その男は驚きに満ちた表情を浮かべ、足早に距離を詰めてくる。
このまま自分は何をされてしまうのだろうか。自身の好奇心の旺盛さを今更に呪うが、その時には男は目の前に立ち、自分を見下ろしていた。
間近で見て男が日本人ではない事が分かった。長い黒髪の隙間から覗く黒い瞳は、日本人と酷似する特徴ではあるが、外国人特有の凹凸がハッキリした端整な顔立ちをしていたからだ。
「キミは、この町の住人か?」
「えっ、ああ、うん。産まれも育ちもずっとこの町だよ」
「そうか、ならば忠告しよう。早々にこの町から去るべきだ」
「え?」
意味が分からない。
どうしてこの町を出て行かなければならないのか。不満で表情が険しくなるのを自覚しつつ、力強く一歩踏み出す。
「どうして、ボクがこの町を出て行かなきゃいけないんだよ!」
少々怒気を孕ませた声に男は静かに溜息を吐く。
「キミに理由を話してもとうてい理解を得られるとは思えない」
「ボクを馬鹿にしてるでしょ?」
「キミに限ったことではない。世界真理を知らぬ一般の――」
「やっぱり、馬鹿にしてるじゃん! じゃあさ、その世界真理ってやつを教えてよ」
「こちら側の知識も教養もない子供に話して……いや、いいだろう。下がっていろ、アレが真理の一端だ」
男は暗闇を指さす。
そこには、ただ闇が広がっているだけ。
「なにもないじゃ――ッ!?」
蠢いた。
闇が――ゾワゾワと何かが動く。深い暗闇から此方を監視しているかのようなネットリしたような視線が肌を刺す。
「何……あれ」
「ほぅ、一般人でも感じる程度は出来るが……視えるのかアレが」
視える。
幽霊やそういった存在は今までに一度たりとも見えた事がない。そもそも、霊感がないのだ。では今、あの闇に紛れている者達はなんなのか。
黒板を爪で引掻いた時の音と獣の唸るような不快な鳴き声が聞こえた。
「ふむ、直ぐに元居た歪へと送呈してやろう」
男は手に持った本を開く。
「異本に記されし十三の悪魔、十三の眷属、十三の世界法則。災厄に対する災害であれ」
地面に真っ赤な――新鮮な血で描いたかのように、おどろおどろしい複雑な模様が、幾重にも重なり強く発光していた。
「魔法……陣?」
目の前で起きている現象事象に唖然としてしまう。
闇が照らされると、蠢いていたモノの全容があらわになった。
異形――人の姿をしてはいるが、地面に指が付くほどの長い腕。肉を引き千切る用途に特化した鋭い牙と爪を有し、顔中に隙間なく埋め込まれている数多の眼を、ギョロギョロと泳がせている化け物が五体。
異形が音も無く一歩踏み出し、速やかに二人を包囲するように広がる。
「か、囲まれたっ!?」
「問題はない。この程度の手合いは私の使い魔で十分だ」
準備が整ったと言わんばかりに本を閉じる。
「我が魂の契約により成った約定を果たせ」
魔法陣から白い煙と共に一匹の黒猫が姿を現す。だが、世間一般的に広く知られている愛玩動物などという可愛らしい姿ではない。
「これって……こんなのが、存在しているなんて!」
その猫は異常な大きさをしていた。獅子のように筋肉質で、凛と背を伸ばす様はまさに王の威厳を象徴するかのよう。
理解不能な言語で人型の異形達は互いに会話をしていた。それがどのような内容なのかは分からないが、その共通的意志は殺意と捕食という渇望に溢れていることは生物の生存本能が悟った。
短い耳に響く号令――一斉に逃げ場のない四方から、その牙と爪で獲物を食らいつくすべく、咆哮を上げ、唾液を撒き散らしながら襲いかかる。
「捕食の許可を出す」
つまらなげに男が告げる。
突如として現れた猫は、眼を爛々と輝かせて跳躍し、前方の敵の首を食い千切り、不可視の壁や道でもあるかのように宙を駆けてはそれを数回繰り返す。異形の速度より早く、主人にその牙が届くより前にそれらは全滅していた。まるで始めから何も存在していなかったように夜の静けさと夜風が緊張した肌と雑草を撫で抜けて行った。
「す……凄い」
「これが、世界が抱える真理の一端だ。この先、この街にこういった存在が溢れかえり、一般人を捕食していくだろう」
男はその功績を讃えるように、猫の頭を撫でている。それを気持ち良さげに目を細め、甘えるような声で鳴いた。
「その猫は?」
「コイツは私が使役する使い魔のうちの一匹だ」
また、聞きなれない単語に眉根をひそめる。
「キミは今見た事を全て忘れて、しばらくこの町から出て行くべきだ」
「嫌だ」
「……なに?」
今度は男が眉をひそめた。
「こんな意味も分からないモノを見せられて、忘れろって無理だよ! だって、そうだろ? ゲームや漫画みたいに魔法陣から猫が出てきて、化け物を殺したんだよ!?」
「ならばどうする。私は二度、キミに忠告をした。後はキミ自身が決めるべきだ」
「そもそも、お前は何者なんだよ!」
「私か? 私はこの現象を引き起こしている歪みを調査し、最小限の被害で消失させる為に派遣された魔術師だ」
「……魔術師?」
魔術師だと言う男が何やら眼を細め、「キミの名前は?」訝しむように聞く。
「津ヶ原透理」
「津ヶ原……?」
これが、二人の最初の出会いであり、運命という歯車が世界の意志に逸れ始めた必然だった。
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