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2話 爆弾の作り方

 放課後。わたしは鉛のような足を引きずって、将棋部の活動場所の前まで来た。

 ……来たはいいものの。

 プロというわけでもない、初めて顔を見せた同級生、あるいは後輩に指導されるだなんて、部員の人たちにとって気分が良いわけがないだろう。

 わざわざそんな嫌がらせのようなことをしたくはない。

 いや、まぁそれは言い訳なんだけれど。もっと単純に、気まずいから嫌だ。

 ていうかそもそもなんで将棋部に在籍しなかったんだっけ。ああそうだ。切磋琢磨する環境なら道場だけで十分だったからだ。部活という環境では、切磋琢磨するというより、仲良しこよしになってしまいそうで、嫌だったんだ。まぁそれも、たぶん人によるのだろうけれど。部活が悪いという話ではなく、わたしには合わないだけなのだ。中学生の時の経験上。

「……………………………………………………はぁ。やっぱり、やめよ」

 うん。そうだ。わざわざお互い嫌な気持ちになることもない。奨励会にすら拒まれる程度のレベルのわたしが言えることなど、「才能がない人は強くなることを諦めたほうが良いですよ」くらいしかない。

 ということで回れ右をすると、

「ぷすっ」

 振り返った私の頬に、何者かの指が刺さった。

 姉ちゃんのだった。

 ほんと小学生みたいな事するな。ていうかいつの間にいたんだ。全く気配を感じなかったぞ。

「アンタ今帰ろうとした?」

「滅相もございませんでもちょっと腹痛がアレだから先にトイレ行くね」

「胃の痛みはうんこじゃ流せないからな」

 バレテーラ。

「ほら、いつまでもぐずぐずしてたって、どんどん辛くなるだけだから。さっさと入れ。こういうのは勢いで行くのだ大事なんだよ」

 腕をつかまれる。いやーひとさらいー。

 と、抵抗の意思を見せるわたしに対し、

「勇気ってのはな、人気物件なんだ。時間をかければかけるほど価格が吊り上がっていく」

 姉ちゃんは、諭すように、言いきかせるようにして、部室の扉を開けた。

 瞬間。

 ざわり。

 感情が、大きくうねる。

 十人ほどだろうか。さほど多くはない部員たちが、将棋を指したり、検討したりしていた。

 その、見覚えのある懐かしい光景に、思わず喉の奥からこみ上げた。吐き気。

 昼に食べた弁当が戻りかけた。

 五角形の、駒。

 81マスの、将棋盤。

 楽し気に、真剣な表情でそれらを触る人々。

 まともに目にしたのは、奨励会入会試験以来だろうか。

 あれから道場にも足を運んでいないし、部屋の隅に置いた将棋盤と駒には目を向けないように意識している。

 蘇る感情は、怒りか、苦しみか。

 言葉に変換できない複雑な感情が漏れ出さないよう、反射的に目をそらす。

「うっ……」

 そらした先。

 教室の隅の方に、発見した。

「海鵺、一恵(みぬえ・いちえ)

 心臓が、ドクンと大きく鼓動を打つ。

 体温が、三度くらい急激に上昇した気がする。

 海鵺一恵。

 同じクラスで、わたしと同じくボッチを貫いている女子生徒だ。

 そして彼女は、私と同時期に受けた奨励会試験で、見事入会を果たした。

 奨励会試験など、たくさんの人間が受ける。だから通常は覚えていないのだが、彼女のことはよく覚えている。

 まず、そもそも女性で奨励会員になろうという人が少ない。

 そして、実際に彼女と対局をして、そのあまりに才能あふれる指し手の数々に感動してしまった。

 ギリッ、と、その時の感情がよみがえり、歯ぎしりをする。

 自分と同じ立場にありながら、自分より圧倒的に強く、才能に恵まれた人間。

 憧れと、嫉妬と、そんな感情を抱く自分に対する嫌悪と。様々な感情を抱いた。

 もっとも、立場は、すぐに違うものとなったのだが。

 その事実に、心の内が暗くなる。

 それにしても彼女は、将棋部員だったのか。わたしはあえて将棋部に入らないという選択をしたが、彼女が奨励会に合格し、私が不合格だったという結果を鑑みるに、彼女の方が正しかったのだろうか。

 ……つーか、わたしはなんでこんな場所にいるんだ。わたしより強い彼女がいるならばわたしはいらないはずだ。あと、海鵺は奨励会員なのに、こんなところで油売っていて大丈夫なのだろうか。あるいは気分転換なのか。

 まぁ、天才のすることは、凡人たるわたしにはわからない。

 なんにしても、もう、将棋に対して感情を抱くのは健康的ではない。

 何も考えず、現状を受け入れよう。菩薩の心だ。

 と、適当な感じで受け流そうと決めたところで、ようやく気付いた。

 将棋部の他の部員たちと、海鵺の立ち位置が決定的に違うことに。

 海鵺は隅の方で、もう一人の女子生徒(リボンの色的に、おそらく一年生だろう)とスマホを突き合わせ、対局姿勢を取っているのだ。良く見れば、将棋盤の上にスマホを置いてある。

 あれはいったい何をしているのだろう。

 対局、なのだろうか。

 と、首をかしげていると、

「おーい。今日は臨時講師を用意したぞ。アタシの妹だ。ほら、挨拶しろ」

蒔稲美(まき・いなみ)です。よろしくお願いします」

「それだけかっ! もっとこう、実力とか、得意技とか、ないのかよ」

「居飛車党。アマ五段。でも、奨励会試験に落ちる程度の実力です」

 ざわ、ざわ、と、部員の間からにわかに驚きの声が上がる。まぁ、自分で言うのもなんだが、アマ五段というのは実際かなり強い。目安としては、全国準優勝で五段、優勝で六段が付与される。大会の成績だけでいうと遠く五段に及ばないが、わたしの性格上、大会等のかしこまった場になると、実力を出し切れないのだ。

 まぁ、なにはともあれ講師だ。っつっても、何をしたら良いのかよくわからん。何しろ部員の人らの実力がわからないのだ。基本的に研究会みたいな感じで、みんなに指してもらって検討をするのが良いのかな。

 というわけで、わたしは見ている立場で、とりあえずみんなに指してもらう。

 ふむ。そこそこ強い。しかも割と、手癖ではなく時間いっぱい使って考えて考える人が多い。

「ねーちゃん。この人たち、普通に強いし、わたしいらなくない?」

「ほかの生徒がいるとこでは先生と呼べ。前回の大会では団体戦、県大会ベスト8まで行ったぞ。全国目指して真面目に実力向上に努めてる連中だから、アタシも、できることはしてやりたいわけよ」

 するのはわたしだけどな。

 というツッコミを飲み込んだところで、気付いた。

 隅の二人、海鵺と一年女子は未だスマホに向けて対局姿勢を取っている。

 え、この二人は部員じゃないの? と疑問に思う。

 と、そこでふと目に入った。

 よく見ると、『ついたて将棋部員募集中』と書かれたプレートが、控えめに提示されていた。

 ついたて将棋……? 聞いたことがあるような気もするが、特に気に留めたこともない。挟み将棋のようなものだろうか。

 と思いながら何となくそちらを見ていると、二人はおもむろに将棋盤に駒を広げた。並べ、感想戦を始める。やはり将棋をしていたのか。でもならなんで初めから盤駒を使わないんだろう。と思っていると、

「………………………………なにそれ」

 わけのわからない棋譜を再生し始めた。ただやんと思ったらただやんをしない。自ら死にに行き、殺さずに手を変える。そんなことが山ほどあった。なんだこれは。棋理に反するというレベルではない。初心者同士でもこんな意味の分からない棋譜は生まれない。それを至極まじめな顔でやっている彼女たちは、一体なんなんだろう。

 と、

「すいません、検討入ってもらっていいですか」

 近くの将棋部員に声をかけられた。

 仕方ないから検討に参加しつつ、意識はすでに隅の二人組に固定される。

 結局最後まで、彼女らは二人だけでスマホを突き合せ、その後感想戦という流れをしていた。

 将棋部の中には何人か海鵺に声をかける人もいたが、海鵺はほとんど無視するような感じで、相手にしていない。

 当然、海鵺側から声をかけることもなかった。

 それは部活の時間が終わり部員たちが帰る段階になっても変わらず、なんだか不思議な気分になった。

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