エピローグ エンディングテーマ
将棋において、最も美しい所作。それは、敗者にのみ許される権利であり、義務だ。
「…………負けました」
わたしは、かすれる声で敗北を宣言し、頭を下げた。
「ありがとうございました」
対するふくは、心の底から湧き上がる喜びをこらえるように、しかしこらえきれないという風に、声音ににじませて礼をする。
あー……。やっぱり、死ぬほど悔しい。ふくが着実に成長しているのは嬉しい。でも、敗けるのは悔しい。つい最近まで初心者だったとか、そういう事は関係なく、敗ける事、自分から敗北を認める行為そのものが、叫びたくなるほどに悔しいし、屈辱だし、みじめだ。たとえ仲間同士の練習将棋でも、敗北を認め、自分が弱かったと宣言することは、自分自身を否定することに等しい。これを悔しいと思う感情なくして強くなることはできないが、それが慰めになるわけではない。
「稲美。この局面、なんでこんな消極的な手を指したの」
審判をしていた海鵺が、さっさと中盤まで手を戻し、尋ねてくる。それは、わたしが踏み込むか否かで思慮に沈み、耐える手を指した局面だった。
「いやだって、踏み込んでうまく行くかわからないし……耐えれば、次のチャンスが来るかもしれないじゃん」
「…………あなた、先日のヒトカゲ戦での踏み込みは、なんだったのよ」
「火事場の馬鹿力ってやつ?」
あれで、踏み込めない悪癖を克服できたかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。このままでは全国で通用しないだろう。ううむ困った。
「ま、それより、ふくちゃん。もっかいやろ。次は絶対負けない」
「ダメよ。次は私とあなたで対局よ」
「えー……」
「まあまあ稲美先輩。これから、またいくらでも指せますから。リベンジマッチ、楽しみにしてます。次もあたしが勝ちますけどね」
「言ったな。次は泣いて敗北宣言させてやる」
将棋において、最も美しい所作。
それは、「もう一回指しましょう」という意味だ。
終わりです。お待たせしてごめんなさい。ありがとうございました。




