14話 歩み
ということで大会当日。
現地集合ということで待ち合わせ場所に行くと、眠そうな海鵺の隣、
「ふくさん、面白いくらい緊張してるのな」
既にカチンコチンにこわばっているふくがいた。
軽く笑いながら言うと、
「き、きき緊張なんてしてないです!!」
顔を赤くして否定してきた。そのどもり方に、また笑ってしまう。
むぅ、と不機嫌そうにむくれるふくの背中を、わたしは軽く叩いて言う。
「まぁ、大会への参加を重ねれば嫌でも緊張できなくなってくるから、今のうちにめいっぱい緊張しといてね。どうせわたしと海鵺で勝つから、ふくちゃんが負けても次に進めるんだし」
「冷たい! 冷たいですイナミ先輩!」
「さすがに酷い言い草ね」
ふくと海鵺に揃って抗議される。あるえー。励ましたつもりだったのに。
「ま、まあ何はともあれ、リラックスね。練習は本番のつもりで、本番は練習のつもりでって、それ一番言われてるから」
二対一では分が悪いので、早々に話を打ち切って受付のために歩き出す。
と、
「いつも応援してます!」
「ありがとうございます」
興奮した声に呼応する、聴きなれた声。予想外のソレに、反射的に目を向ける。
女流棋士、堀田小路が、笑顔でファンに囲まれていた。
聞くところによると、実力的には女流棋界でもまだまだ発展途上だが、そのルックスの良さで、かなりの人気を誇っているという。
問題は、何故ここにいるのかという点。彼女がついたて将棋をしているなど、聞いたことがない。
「あ、いや、そうか。将棋か」
今日のついたて将棋の大会は、通常の将棋の大会の隣で行われる。だから、たぶん彼女は、将棋の大会のゲストか何かに呼ばれたのだろう。
納得。わたしはつとめて視線を外し、足早にその場を離れた。
と、
「どうも。二日ぶりです」
今度は、ヒトカゲに出くわした。
先日と異なり、初だけでなく、たくさんの部員を連れて歩いている。まるで運動部の強豪校みたいな、ある種のオーラを感じる集団だ。
わたしのコミュ障なあいさつに対し、ヒトカゲは涼しい顔で答えた。
「トーナメント出ましたよ。当たるとしたら決勝戦ですね、私たちは。特に待ってはいませんけれど、まぁ、当たったらよろしくお願いします」
よし、こいつ殺す。
と思ったけど、実際大将に捨て駒当てる作戦を考えている身としては、まともに文句を言う資格はない。ただできれば当たる前にどっかで負けてくれると嬉しいな、とだけ考えた。
とまぁ、そんなこともありつつ、受付を済ませた。
荷物を会場の隅の方へ置き、一回戦に備える。
一回戦は、トーナメントを二つにわけて、対局のない人たちが審判をやることになる。二回戦以降は、その前に負けた人たちが審判をやることになっている。
わたしたちは先に対局を行い、その後審判をすることになった。
まぁ、今更細かいことを考えても仕方がない。今までの積み重ねを信じ、練習の感覚で指すだけだ。
「さあて。初陣だ。アンタたち気張り過ぎんなよ」
「ってねーちゃん! どこから現れたし」
心底驚いた。わたしが家を出るときまだ寝てたし、てっきり来ないものかと思っていた。
「そりゃついたて将棋部の顧問だからね。見えない場所からいきなり現れてガブっと行くのは、得意技さ」
「誰にガブっといくんだよ」
「そんなことよりアンタたち。絶対に『普段通りやろう』なんて考えるんじゃねーぞ。普段そんなこと考えてないだろ?」
ギクッとする。
改めて言われると当然のことだった。が、やっぱりわたしにも気負う部分があったらしい。こういうのが、本番に弱い原因だったのかもしれない。
そんなわたしたちに向けて、姉ちゃんは、フッと笑んだ。
「大丈夫。安心しろ。勝負は、もうついている」
そして、わたしたちの頭をポンと叩き、
「アンタたちの今まで積み上げてきたものは、この会場の誰よりもでっかい。重い。アタシが保障する。だから、アンタたちは勝つ。全部勝って、全国に行く。もうそこまで決まってる。あとは、楽しんできな」
仁王立ちして言い放った。
無茶苦茶もいいところ。論理もクソもない、ただの妄言に近い言葉。
けれど、勇気というのは、きっと、そういう場所から生まれるんだろう。
足に、力が入る。
「よし。それじゃあ、楽しんでこようか」
「はい!」
「そうね」
ふくは明るく拳を握りしめ、海鵺は涼しい顔で同意する。
そうだ。重要な、人生がかかったような対局こそ、楽しむという気持ちで臨むんだ。
人生は、楽しまなきゃいけないから。
わたしは肩の力を抜いて、対局場へ向かった。
大会では、先鋒、中堅、大将が全員同時に対局をする。
だから、わたしからは海鵺の対局もふくの対局も、彼女ら側しか見えない。時間短縮だけでなく、カンニング防止の意味もあるのだろう。
「よろしくお願いします」
全員、声を重ねて頭を下げる。
将棋において、二番目に美しい所作だ。
一番美しい所作は、今日は、する予定はない。




