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11話 We are the fuck'n world

このサブタイトルつけるためにサブタイ曲縛りにしました。あと更新遅くなってごめんなさい。この一週間ずっと転職サイトめぐってました。

 翌日。日曜日。

 わたしは、なぜか海鵺とマクドナルドデートをしていた。

 マクドナルド食べても、サイゼ・ミスド・ガストも、スタバだって二人なら最高のフルコース。と唄った歌があるが、海鵺と二人きりの食事はたとえ本物のフルコースだとしても味がしなさそうだなと思った。

「……………………」

 沈黙。ずぞぞぞぞ、と、海鵺は何もしゃべらず、ただひたすら新作シェイクを飲む。いやなんだよ喋れよ君から誘ってきたんだろ。そんなにそのシェイクおいしくなかったのか。

「……一局。指しましょうか」

 シェイクをすべて飲み切ったのだろう。海鵺はわきに置いて、冷めた目で切り出した。

「えっと、嫌かな」

「賭けましょうか。私が勝ったら、」

「いや、人の話を」

「――もう二度とふくに近づかないで」

 瞬間。背筋が凍った。

 冷たい、あまりに冷たい目に射抜かれた。

 本気だ。本気で、彼女はこのバカげた賭けを成立させようとしている。

「あなたに拒否権はないわ。昨日、約束を破ったのは、あなたなのだから」

 見られていたのか。いつ、どこから。普段ならストーカーかよと適当にツッコミを入れるところだけれど、こうも冷酷な雰囲気を放たれては、冗談めかした声など出ない。

「…………それで、君が賭けるものは?」

「なんでもいいわ。どうせ、私が勝つもの。たとえ普通の将棋でも、ついたて将棋でも、挟み将棋も回り将棋も崩し将棋でも、将棋と名の付くゲームにおいて、私があなたに負けることはないわ」

 冷たい目のまま浮かべたその表情は、嘲笑。

 ピキッ。たぶん、そんな音がした。

「おーけー。受ける。なんでもかかってこい。たとえ通常の将棋でも……奨励会員の君にも、今日だけは負けない」

 我ながら言葉遣いが乱暴になってしまったと思うが、仕方ない。才能を諦めたわたしにも、凡人なりのプライドは存在するのだ。

 そんなわたしの言い回しに、海鵺は腕を組んで、ふぅん、と見下す。

「言うわね。奨励会に三回挑戦し、三回ともダメだったくせに。プロの卵になる資格すら与えられなかったくせに。現役奨励会員に勝てるつもりなの。それじゃあ、お言葉に応えて、たまには通常の将棋で戦いましょうか。十分切れ負けで良いわね」

 十分切れ負け。自分のターンで合計十分考えたら負け、というルールだ。わたしは長考派だから、あまり得意なルールではないが、まぁマックでやるという事を踏まえれば、妥当な時間設定だろう。

 椅子の上に正座する。

 さあ。

「「よろしくお願いします」」

 互いに頭を下げ、対局開始。


 海鵺の嬉野流。覚えているぞ。あの時も、そうだった。君の、守りを放棄した攻め百パーセントの将棋に、抵抗すら許されず、手ひどい敗北を食らった。

 だが、今日は。今日は、そうはいかない。

 攻めに特化した将棋への対応は、二種類ある。こちらも攻めに特化し、スピード勝負の大乱戦にするのが一つ。もう一つは、まず相手の攻めを受けとめ、王様を固めて、守って守って守って、相手の攻めを切らしてカウンターを食らわせる。

 中盤の入口、受けるか攻め合うかの局面。

 まだまだ先の長い将棋だが、ここが最大の分岐点と言えるだろう。

 攻め合う展開はどうだろうか。考える。2分間の時間をかけて読みを入れる。

 ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。難しい。きわどいけれど、ややこちらの分が良い? とはいえ、これくらいの微差だと、何か一つの読み抜けでこちらの負けになっていそうだ。正直、あと一時間くらい考えたいところだ。が、持ち時間が10分しかない以上、今2分以上使うのはマズイ。というか2分も明らかに使いすぎだ。

 仕方ない。

 いったん守り、次の機会をうかがうことにする。

 が、

「ふぅん。そんな手で受けきれると、次のチャンスが来ると思っているの?」

 海鵺は、そんな私の決断を、嘲笑。

 ガトリング砲のような攻めが、わたしの王様をハチの巣にしようと、一挙に押し寄せてくる。

 だが、こういった展開はわたしの得意分野でもある。

 受けきる! 心の中で叫ぶ。

 歯を食いしばって、海鵺の厳しい攻めを根元から断ちにいく。

 苦しい。でも、受けきれる。

 攻めの糸を幾度もひっかき、こそぎ落とし、細く、細く、千切れるまで削り続ける。

「…………………………嘘でしょ」

 削り切った先。わたしは、全身から力が抜けるのを感じた。

 その、見ようによってはすでに切れている攻めが、奇跡的なバランスの上で、ギリギリ繋がっているのだ。

 半ば放心しながら、思う。

 あの時攻め合っていれば、まだわからなかったのに。

 まただ。いつも、こうだ。

 全国大会に出たときも、奨励会入会試験の時も、そうだった。毎度攻め合いの筋を見つけながら、無理だと諦めて守り、じり貧の戦いを強いられてきた。終わってから、その攻め合いが成立していた事を知ることも多かった。

 また同じパターンだ。

 また今日も、ベッドの中で土下座しながら、この対局を悔いるのか。

「違う!」

 髪の毛を思い切り引っこ抜いて、叫ぶ。

 頭皮が剥がれたんじゃないかと思うくらい痛い。

 たぶん、十円ハゲくらいはできている。

 でも、おかげで目が覚めた。

 対局中に後悔するなど、愚の骨頂! まずは、この対局で勝つ手段を考えろ。

 考えろ。乱せ。

 そうだ。乱せ!

 明快な形にした時点でこちらの負けなんだ。

 とにかく複雑な形にしろ。盤上に混沌を生み出して、相手を迷わせろ。海鵺を、底なし沼に引きずり込め!

「んん!」

 海鵺が、この対局で初めて苦しそうな声を上げた。

 だが、今のわたしに海鵺の表情を確認する余裕などない。

 盤上没我。

 盤外のことなど知らない。とにかくこの81マスの隅々まで意識の根を張る。すべての手を片っ端から読む。

「ん!」

 海鵺が指したタイミングで、天から何かが下りてきた。

 ……ここだ。この手だ。直感が言っている。この手の先に、光がある。

 才能はなくとも、気が遠くなるほどの努力の末に手に入れた、半人前の直感。

 それを、信じる。

 読む。読む。読む。読む。読む。先へ。あらゆる局面の進行を考える。

 暑い。熱い。頭をガリガリと掻きむしる。髪の毛を抜く。膝を叩く。爪が食い込むほどに拳を握りしめる。痛みで思考を加速する。

「見つけた!」

 暗闇の中探り続けた末に見つけた、勝負手。

「んおっ!」

 海鵺の激しい声。

 それから、苦し気なうめき声を響かせる。

 その真意を考える余裕などない。ただひたすら、あらゆる手を全速力で考慮する。

 海鵺は、残り三十秒になるまで微動だにせず、覆いかぶさるようにして盤面を凝視。

 そして、

「……負けたわ」

 海鵺が、ふっと息を吐いた。

 わたしも、深く、呼吸をする。

 火照る身体。全身の汗が冷房に当てられ、初めて自分が汗だくになっていたことに気づいた。

「投げるの早くない?」

 ありがとうございました、のかわりに、尋ねた。決定的に形勢を決める渾身の攻防手は、ここから10手も先だ。わたしが本当にその手を指すかもわからないし、その前に変化する選択肢も残されていた。

 が、わたしのそんな疑問に対し、

「これ以上やっても面白くないもの」

 つまらなさそうに、嘆息した。

 お互いに安くないものを賭けている時点で、面白い面白くないの話ではない。が、まぁ確かにずっと優勢に進めていたと思ったのに、たった一手で敗勢が見えては、戦意喪失するのも無理ない話ではある。

 それに、そもそも記憶にある限り、海鵺は早投げ党だ。クソ粘りを信条とするわたしとは、対極の存在と言えるかもしれない。

「…………ふぅ」

 白状する。

 無茶苦茶楽しかった。

 限界まで思考をフル回転させて、ギリギリの勝負を制することは、やっぱり面白い。これに勝る快感などこの世にはないと、本気で信じられるほどの快楽だ。

 まさか、将棋をまた『面白い』と思える日が来るとは思わなかった。

 ……でも。

 稲美の無邪気な表情を思い出す。

 今はついたて将棋の方が楽しいし、やりたい、かな。

 きっと、どちらが良いというわけではない。ただ単純に、わたしの『好き』が変化しただけなんだ。

「私の賭ける物を決めていなかったわね」

 海鵺は、すました顔で切り出した。

「何が良い? 人道に反しないレベルでなら、なんでも良いわ」

 負けてから条件を付けてくるのはどうなんだ、と思わないでもないが、そもそも人道に反した要求などする気はないので、まぁいい。最初から、要求内容は決まっていた。

「君とふくちゃんとついたて将棋の関係……ていうか、君の、ふくちゃんに対する執着の正体を、知りたい」

「えー、それ人道に反してない?」

「反してねえよ」

 いいから話せ。

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