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9話 ピアノ泥棒

 放課後。

「稲美。部活だぞ」

 わざわざ教室までやってきてわたしを呼ぶ姉ちゃん。

「わたし、入るって一言も言ってないんだけど」

「まぁ気にすんなって。お前も、悪くないと思ってんだろ」

 ぐっ、と、わたしは言葉に詰まる。

 その隙に腕を取られ、引っ張られた。

 姉に引きずられながらたどり着いたのは、空き教室。

 そこには、すでに対局を開始している海鵺とふくがいた。

 まぁスマホを突き合わしているだけなので、ぶっちゃけあんまり真面目なことしている風には見えないのだけれど。

 わたしたちを前に、姉ちゃんは、昨日わたしにした話をした。

「というわけで、全国に出場すれば良いらしい。団体戦で、っていう意味だから、お前ら三人で協力し合って、頑張れ」

「おー!!」

 一人テンションの上がっているふくと、複雑な表情の海鵺。あと複雑な感情のわたし。

 わたしはともかく、なんで海鵺はあまり乗り気でないのか。

 ……あ、これ原因わたしだわ。よく知らんけど。めっちゃ邪魔者見るような目向けられてる。心当たり全くないけど。

 まぁいいや。そっちがそのつもりならこっちだって関わらないぞ。わたしは大変素直な良い子だから、好いてくれれば好くし、嫌ってくるならこっちも嫌うんだ。

「ちゅーわけで稲美。とりあえずお前が指導者としてやってくれ。アタシにゃ駒の動かし方しかわからん」

「無理やり連れてきたくせに肝心なとこ全部ブン投げかよ」

 じとっとした目を向けるが、姉ちゃんはぴゅーぴゅーと口笛を吹いてそっぽを向く。ごまかし方が露骨すぎる。

「はぁ」

 まぁ、仕方ない。

 わたしは教師役としてふくの前に立った。

「復習も兼ねて、一から解説するね。ついたて将棋における重要な要素は、『玉の位置の可視不可視』『駒得駒損』『反則』の三つ。このうち一番重要な要素が何か、わかる?」

「えー。反則、ですか?」

「惜しい。反則は、テクニック的な部分で物凄く重要だけど、根本的に勝負を分けるのは『玉の位置の可視不可視』だよ」

「菓子麩菓子?」

「うん、まぁそんな感じ」

「あー! 諦めないでくださいー!」

「ええいしがみつくな!」

 涙目で腕にしがみついてくるふくをぶんぶんと振りほどく。

 仕方ないので、真面目に解説することにした。

「ついたて将棋は、通常の将棋と同様、相手の王様の逃げ場所を全てふさいだら勝ち。でも、通常の将棋と違って、相手の王様の場所が分からない。勝つためには、まず81マスの広大な盤面から、見えない王様を探り当てなければならない」

 椅子の上に正座してコクコクと頷くふく。素直で大変よろしい。

 隣で脚組んでそっぽ向いてる人にもその真面目さを分けてあげて、と思ったけれど、よく考えたら海鵺はわたしより強いので、わたしの思いつきレクチャーなんて受ける必要がなかった。

「だから、ついたて将棋においては、いかに相手より先に相手の王様を見つけ、そのまま殺し切るかが大切。逆に、相手の王様の場所を見つける前に自分の王様の場所を見つけられたら、なんとしてでも、死ぬ気で姿をくらませないといけない。でないと、死ぬ」

 私の物騒な言葉選びに、ふくが神妙な面持ちでメモ帳にペンを走らせる。

「で、相手の王様の居場所を見つけたり、姿をくらませるために利用するのが、『反則』。反則は、10回したら負け。逆に言えば、9回まではしても問題ない。だから、あえて反則をすることで、相手の陣形を読む。相手の反則を誘う事で、相手の陣形を想像する」

「はえー! なんか、スゴイですね! 肉を切らせて骨を断つってやつですね!」

 言い得て妙なのかもしれない。反則は、肉。ある程度斬らせながら、相手の骨を狙う。が、肉を斬られすぎれば、動けなくなり、死ぬ。

 その、生と死を分かつギリギリのライン。そこを見極める眼力と頭脳、そして胆力。全てを備えなければ、上へはいけない。

 わたしは今まで、相手の駒がすべて見える将棋をやってきた。が、駒は見えても、相手の手は見えなかった。

 同じだ。

 わたしは。わたしたちは。暗闇の中、両手を前に突き出し、恐る恐る、でも必死に探り歩くんだ。

「あと、駒得駒損だけど、これはまぁわかりやすいよね。取った駒を使えるというゲームの性質上、相手の強い駒を取った方が有利になる」

「なるほど!」

 簡単な話でもやたらと感動してくれるので、なんだか段々気分が良くなってくる。勢いのままぺらぺらと解説をしてゆく。

 ……海鵺の目が段々鋭くなっていく。うん、どうせこいつのわたしに対する目が柔らかくなることないし、もういいや。それより、知識は実践しなければ身に付かない。実戦を積み重ねてゆくのが上達の近道だ。

「というわけで、あとは対局していきましょう」

「はい!」

「…………」

 元気に返事をするふくと、黙って見つめてくる海鵺。

 やる気ないなら帰るぞハゲ、と思いながら準備をすると、なんやかんや動き出す。

「じゃあとりあえずわたしとふくでやろうか」

「はい!」

 互いに駒を並べ、ついたてを間に挟む。

「「よろしくお願いします」」

 頭を下げ、対局を開始。

 勝負は、あっさりと決着した。余裕で勝った。

「うう~~~~~、海鵺先輩かたき取ってください!」

 海鵺に座らせる。

 対局スタート。

「………………いや、ありえんでしょ」

 わずかな勝機もなく、完敗した。対局中も全く歯が立たないという感覚だったが、対局を終えて互いの指し手を確認する段階になって、彼女の化け物っぷりをまざまざと知った。まるでこちらの盤面が見えているのでは、と思えるほどに、ピッタリな手を幾度も指してくるのだ。これほどまで手を読まれては、こちらとしてもどうしようもない。

「運がよかったわ」

 海鵺が淡々と、なんでもないように言う。その、あまりに平常通りのトーンに、本当にそうだったのかなと少し思うが、いやいや運が良いにしても、限界というものがあるだろう。

「海鵺先輩すごい! あたしともやりましょ!」

 今度はわたしが審判になる。

 二人の対局を上から眺める。普通に考えて、ふくに圧勝したわたしに圧勝した海鵺なのだ。ふくに対して負けることなど万に一つもない。だが、先日の対局では海鵺の指し手が全く理解できず、理解できないままなぜか海鵺が負けていた。果たして今日は、どうなのか。

 と思っていたら、さっきのわたしとの対局とは打って変わって、まず序盤でリードを奪いに行かない。中盤、それでも有利になると、そこから沢山悪手、緩手を指し、泥仕合に。最終的に、ふくが辛うじて勝った。

「あら、深読みしすぎたわね。それに運も悪かったわ」

 感想戦の最中、そんなことを言う。わたしは喉元に出かけた言葉をぐっとこらえ、感想戦を終えた。

 それからしばらく先の順番で対局を進めた。

 すると、同じ結果が続いた。

「不思議ねぇ。相性の問題かしら」

 海鵺はしれっと言う。

 ……別に、ふくに思い入れがあるわけでもない。大会に出るかどうかだって、まだ決めかねている。ふくの力になりたいのか、なりたくないのか、それすらもわからない。

 普段なら、絶対に言わない。

 でも、なんだか、やたらとむかっ腹が立った。

 だからだろう。

 帰り道、ふくと別れたところで、海鵺に、直接言ってやった。

「あのさ。どういうつもりかわからないけど、君、あの手の抜き方じゃふく強くならないよ」

 と、脈絡なく切り出したわたしだったが、海鵺はきょとんとするでもなく、すぐさま、不機嫌そうに返してきた。

「どういうつもり、は、こっちのセリフよ」

 は? と、わたしの方が戸惑っていると、海鵺は愚痴るように吐いた。

「ぽっと現れて、おいしいポジションかっさらって。ずるいわ」

「??? 何の話?」

 さっぱり言いたいことが見えてこない。抽象的な言葉だけで構成された言葉は、何も伝えられないという事を教えてあげたい。

 と、しかし、海鵺はただただ溜め込んでいたものを吐き出すように、喋り続けた。

「いい? あなたが指導者として尊敬の目を向けられているのは、あなたがスゴイのではなく、たまたま偶然運よく私の上に着地できただけなのよ。あの子が強くなっても、それはあなたの手柄ではないのよ」

「え、いや、ほんと、なんの話」

「……なんでもないわ。ただの独り言」

 言って、すたすたと歩き去ってしまう。

 いやもうほんとなんなんだ。結局こっちの言葉に対する返答ないし。

 聞いたところによると、同じ日本語を使っていても、知能指数が極端に違うと通じないらしい。

 そうか、だから天才の考えは、わたしにはわからないのか。

 困ったもんだ。

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