プロローグ あんたへ
作品タイトルは「なんかオシャレな感じのにしたいなー」っていろいろ考えた末、あんまり意味のこもっていない雰囲気だけのアレになりました。雰囲気ある?
サブタイトルは今後、好きな曲名から拝借していこうかなって思ってます。あんまり意味はないです。
将棋において、最も美しい所作。それは、敗者にのみ許される権利であり、義務だ。
「…………………………負けました」
17歳のわたしが、かすれた声と共に、頭を下げる。目の前に座す、齢11の少年に向けて。
屈辱を。怒りを。言い訳を。すべて飲み込んで、自ら首を差し出した。
奨励会。
全国の天才たちが集い、プロ棋士を目指し、しのぎを削る場所。
その、入会試験。プロの卵になる資格を得る場。
わたしにとって、三度目の挑戦だった。
今回は、今までで一番良いところまでいけた。
なにしろ、今の対局に勝てば、晴れて入会できるところだった。
当然、入会できたところで、そこから先、気が遠くなるほどに険しく長い道が待っている。
それでも、入口に立ち入ることさえ許されれば、それは一つの自信となる。才能の証明となる。
生きる、力となる。
しかし。
わたしは、その、命より大事な勝負に敗けた。
すでに入会を決め、消化試合として指していた少年に、わたしは、完敗した。
「ありがとうございました」
満身創痍のわたしと違い、涼し気な様子で少年も頭を下げた。
もう少し嬉しそうにしろよ、と、毒づく余裕すら、わたしの心には存在しない。
少年は、当然の結果だ、とでも言いたげな目をすぐにそらすと、さっさと立ち去って行った。
透明な壁だ。
去りゆく少年の背を見つめながら、わたしは思う。
わたしと彼の間には、目に見えない、透明な壁が隔たっている。
絶対に超えることのできない、よじ登ることすら許されない、壁。
私は、ふと思い出した。
『何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている』
数百年におよぶ将棋の歴史上、最も偉大な棋士の言葉。
わたしには、才能があった。
わたしには、決定的に、才能がなかった。
「これで、おしまい、かー…………」
どっしりと背もたれに身体をあずけ、呟く。
身体から熱が失われてゆく。びっしょりとかいた汗がひんやりと冷えて、少し寒い。
わたしの四年間が。一万時間が。情熱の炎と共に、消えた。