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「最近、こういう異世界モノ多いよなあ」

「最近、こういう異世界モノ多いよなあ」

 俺はそうつぶやいた。俺がいわゆるライトノベルに手を出したのはそう、確か五年前のはずだ。

 五年前。当時俺は中学二年生で、なーんの変哲もないただのガキだった。うん、なんだか今の、すごくラノベ主人公っぽいな。そもそも、ラノベ主人公たちはどうして揃いも揃って何の変哲もないんだろう。何の変哲もない人間なんてこの世に存在し得ないのに。何の変哲もない男たち(少数派に女たち)に次いで多いのがニートだ。たった今読み終えたこの異世界モノのラノベの栄えある主人公も、現実世界では二ートだったらしい。

 そんなことを考えながら俺は手元に置いてあったペットボトルのコーラを飲もうと手を伸ばすも、あろうことか床に落としてしまった。

「なんてこった……炭酸抜けたらマズくなるのに」

 どうしてか今日はさっきから独り言が多い。そして今、俺はラノベ主人公になっている気がする。そんな突拍子もない妙な違和感を覚えた。確かに大学に進学した今も厨二病をこじらせている節はあるが、こんな感覚を抱いたのは今日が初めてだ。

「姉ちゃん、俺、もしかしたらラノベ主人公かも」

 そうリビングに向けて叫ぶも、返答はない。当り前だ。俺に姉はおろか妹だって居やしないのだから。どうやらラノベによくありがちな美人の姉やかわいい妹は具現化していないようだ。

 でも、確かに居た気がしたんだ。そこに。ずっと前に、そう、確かあれは、姉ちゃん。俺は姉ちゃんと一緒に暮らしていた。だけどいつの間にか忘れていたっていうのか……?

 俺はこのムズムズした気持ちを抑えるべく、両親の部屋をあさりだした。アルバムか何かがあれば、忘れてしまっていた姉ちゃんの記憶を取り戻せるかもしれない。 

 それから何時間経っただろうか。アルバムというアルバムを片っ端から乱雑に開いてゆき、俺が幼いころの写真たちから記憶の断片だんぺんき集め、ようやく思い出した。

「俺には……姉ちゃんが、居た…………」

 それを正確に理解するには時間が必要だった。たった一枚。たった一枚だけ、何冊もある家族アルバムの、それも俺と両親だけで撮られた家族写真の裏に、隠すように挟んであったのだ。

 俺と姉ちゃんが仲良さそうに腕を組んでいる写真。

 家族のことを忘れていた?どうして。どうやって。忘れ方だってどこか変だ。姉の存在ごと完璧に俺に頭から消去されていたのだから。

 まさか。

「姉ちゃんは、異世界に飛ばされた?」

 ついさっきまで異世界モノのラノベを読んでいたせいか、真っ先にそんな疑惑が頭を駆け巡った。そしてそれは間違いではないと、俺の中に潜むもう一人の俺が強く訴えるのだ。頭が割れるように痛い。俺は今、思い出してはいけないことを思い出そうとしているのかもしれない。だけど、どうやって異世界に行ったんだろう。それが分かれば俺だって、今すぐ―――


 扉の開く音。それも本当に微かな、ほんの小さな音がした。

 俺は後ろを振り返り、両親の部屋の扉を開けっぱなしにしていたことに気づく。そう。音がなったのは両親の部屋の真正面に位置するトイレの扉からだった。

「ここから飛んだのか、姉ちゃん」

 僅かな隙間からは煙が流れ出てきていた。そして、まるで俺を手招きするかのように扉は今もひとりでに動いている。

 異世界モノのラノベを読んでいたと思えば、まさか本当に異世界に行ける日が来るなんてな。俺は今、おそらく何らかのラノベの主人公になっている。だけど、俺を主人公にするような作者のことだ。きっとそんな奴がえがき出すストーリーには、俺がチート能力を得たり、女の子たちにチヤホヤされたり、例え死んだとしても生き返ったりする展開なんてないんだろう。

 だけど俺は負けない。そしてどこかで囚われている(であろう)姉ちゃんを救って、一緒に現実世界へ帰ってくるんだ。

 格好悪くても、なんだっていい。

 さあ、開けるぞ。この扉を。この、異世界への扉を!


 目が覚めた。

 朝。俺の部屋。

「……夢落ちですか」

 こんなに疲れる夢を見たのは久しぶりだ。夢なのに、どこか現実味があって。そういえば、異世界モノのラノベ、そろそろ読み終わるんだったっけな。

 ラノベ歴五年にもなると、寝起きでも難なく読めるようになっていた。昨日は深夜まで読みふけっていたものの、ラスト数ページを残して寝落ちしてしまったから、さっさと読んでしまいたいのだ。俺は椅子に腰かけ、手元にペットボトルのコーラを据える。

 そしてそれを読み終わった後、俺は呟くのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのしてて面白かったです。異世界って憧れますよね。僕もこんな妄想をどれだけしたことか……(笑)
[良い点]  読みやすく、最後が意外でした。 [気になる点]  最後まで読むと……最後を中心に構造がおもしろいだけに、もうひと押し、欲しいと思いました。  もどる理由をファンタジー要素とも解釈できるよ…
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