第一章 着信アリ
ピッピピ♪ピッピピ♪〜
いつものように、いつもの時間、いつもの目覚ましで目が覚める。
そしていつものようにほどよく焼いたトーストと、濃いコーヒーで朝飯を済ませ、
いつもの時間に、社会人3年目にしちゃぁ上出来の1LDKの家を出る。
そして会社で、ベタベタすり寄ってくる女たちをこれでもかという愛想のいい笑顔であしらって、
バリバリ、でも見た目は鮮やかに仕事をこなして、
また帰りはいつもの行きつけのバー「JANA」に寄ってほろ酔いで家路に着くだろう。
ただいつもと違うこと、それは今日俺の勤めるMTサービスの運命を決めてしまう
超重要会議のプレゼンをするということだ。
俺、山田健太郎25歳は、今日男になる。
・・・今笑った奴、死にたいか?俺はいったて真面目だ。
まぁそもそも、俺はもっと冷めた人間だった。
親をクソばばぁと呼び、しなくてもできてしまう勉強には飽き飽きで、
適当な友達と適当な女を連れ、夜な夜なふらふらしていた。
口癖は「たるい」「ねむい」「めんどくさい」だった。
ましては、仕事に情熱を注でいるなんて学生時代の自分が今の俺を見たら、笑い死にしてるとこだろう。
そんな俺を変えたのが、MTサービスの社長、松岡さんだった。
松岡さんは40歳と世間一般の社長さんから見ればちょっと若めだが、かなりのやり手で、
強面の割りには人当たりもよく、芯が合って、今まで出会ったどんな人より仁義と人情に溢れた人だった。
そんな彼と俺は元々「JANA」の飲み友達だった。
といってもそこまでになるには
「あんたに俺の何がわかる!」
「お前のようなヘタレのことなんぞ分かりたくもないわ!」
と、まぁこんなんの繰り返し。それでも松岡さんは俺を根気強く更正させてくれた。
松岡さんも俺もよく懲りなかったなぁと今では笑いながら話せる仲だ。
だから、「彼が大学卒業したら俺の会社に来ないか」と言ってくれた時には、
こんな俺が、嬉しさのあまり目が潤んだほどだった。
そんなこんなで入ったこの会社は、大企業ではないが利益は右肩あがりの優良会社。
競争の厳しい中小企業の中で逞しく成長するネットワークトラベルサポート会社だ。
そして今進めている事業が、海外にある有名な高級ホテル数社と契約を結び、
MTサービスの会員が優先的に予約をできるシステムをつくることだった。
始めは相手にされなかったが、松岡さんの根強い説得と俺の根性でなんとかこぎつけたのが今日の会議だった。
準備は完璧だった。資料内容も非の付け所のない出来映え。昨日も穴があきそうなほど念入りにチェックした。
リハーサルも完璧で、何が起こっても、たとえ地震がきても津波が来ても成功する筈だった。
予定通り会議は順調、手ごたえもバッチリで残すところあと半分というところで、
地震でもなく、津波でもない敵がやってきた。
とういうかポケットにいた!!!!
〜〜チャチャラー♪〜♪♪♪〜〜
どうしよもなく気が抜ける音楽と共に震えだしたポケットの中のヤツ。
背中やら、顔やら、いたるところから変な汗がジワっとわいてくる。
「かけてきたやつ半殺し、いや、10分9コロス」
いつもの爽やかな仮面が剥がれる寸前、何とか頭ん中をフル回転、
やっとのことで、敵の息の根を止めた。とゆか、ボタンを押した。
ポケットから手を出し、何とか取り持ったそ知らぬ様子で、他の重役たちと混ざって「誰だ、全く」という顔をした。
心の中は、今まで感じたことのない緊張と当て所のない怒りで、ん〜青、いや群青色だ。
誰も俺だとは気づかなかったようだ。・・・たぶん。
隣の奴だけはチラチラみて、下を向いて震える肩を堪えいる。やつは同僚の迫田だ。あとでしばこう。
咳払いを一つして、スイッチを入れて、会議をなんとか再開。
そこからは何事もなく、バッチリ、契約に向けての話しもトントンと進んだ。
話し合いは終わり、ホテルのオーナー方と握手をし見送って、松岡社長に肩をたたかれ
「やったなぁ、大成功だぞ!今日は祝杯だな!おつかれさん。」
成功だったんだよな・・?
後片付けのため、誰もいなくなるとだだっ広いだけの会議室に戻り、
いつもは飲まないダク甘のミルクティーなんかを一口飲んで、やっと一息。深い深い溜息をついた。
そこへ、細い目をさらに三日月にして、ニヤニヤ笑う迫田がやって来た。
「おつかれさま!そんな甘いもん飲んじゃって、いやぁ、大変だったみたいだな。いろいろと。ぐふふっ。」
睨みを効かせたが、なにか言い返す気力もなく、無視という作戦をとることにした。
それでも迫田は、いつもはしないような俺のミスが興味深いようで、ここぞとばかりに弄ってくる。
「いやぁ、本当に珍しいよなぁ。お前があんなミスすんなんて♪泣く子も黙る山田ちゃんともあろうお前が、
そんなにテンパってたの?それとも、会議にでも嫉妬しちゃうハニーでもできたのか?」
まさに、ルンルンという言葉がピッタリだ。
今すぐシバき倒したいのを、会社でのクールで爽やか山田の理性でこらえ、
「あとで、覚えてろよ。迫田君。」
と笑顔でいってやった。
一瞬怯んだ迫田だったが、
「ねぇ、ねぇ、誰からだったのぉ〜?」
まるで浮気を疑う女のように聞いてくる。
はぁ〜。もう取り合うのもめんどうだ。
しかし、ここで俺の中に1つの大きな疑問が浮かぶ。
「俺さ、携帯電源落としたんだ。会議直前に。」
そうだ、そうなんだ。確かに切った。
普通に考えて完璧主義の俺がこんなミスするなんてありえない。うん。
「そぉ、そぉなんだよ。俺はお前が電源切ってるの見て、
やべぇと思って切ったんだよなぁ・・・。」
思い出したように迫田が言うので、いよいよあやしい。
「おかしい。ん〜偶然入ったのか?いや、携帯折りたたみだしなぁ。ありえんしなぁ〜。」
俺は腕を組みながら、アレコレと考えたが、思い当たることもない。
山田ちゃんは日頃の行いが・・と言おうする迫田の後頭部にさりげなく、渾身の肘打ちをいれて、
会議で電源を落としたままだった携帯を、ポケットからだした。
電源を入れて、着信履歴を開く。
______________________________
着信履歴
78/5/2 15:38 通信
08/5/1 11:48 松岡社長 通話
08/4/30 20:05 迫田博信 通話
08/4/30 18:16 03******* 通話
・
・
・
_________________
つっこみどころが満載ではあるが、気持ち悪過ぎて突っ込めない。
唖然とする俺からスッと携帯を奪い、ディスプレイを見た迫田も気まずい顔をした。
今日は確かに若葉生い茂りツバメも気持ち良さそうに飛び回る、5月2日。
そして会議があったのが、15時〜16時半ごろまで。時間も正しい。
ただし、78ってのはなんだ?!1978か?
通信はないだろ?!UFOか?
そんでお前、番号どうしたじゃ?!ななしのゴンべいさんか?
迫田と顔を見合わせるが、なかなか言葉がでてこない。
「・・・故障・・・そうだ!故障だ!なぁ、山田ちゃん。そうだろ?」
なんだか必死になった迫田に、頷かざるえなかった。
「・・・そうだな。」
といったものの腑に落ちなかった。
---二週間前に買った新品同然だし、ショップでガッツリ文句を言ってタダで変えてもらおう。明日は土曜日だし明日でいいか。
なんて考えながらその話しは終了。というか、
よっぽど、気持ち悪かったんだろう迫田に強制終了され、
「あ、そういえば、こないだのスッチーとの合コンがマジ大当たりで・・・」と迫田はくだらない話を始めた。
そこへ、会議がうまくいって超ご機嫌な松岡社長がスキップのごとく
軽い足取りでやってきた。
「今日はさっさときりあげて、みんなで焼肉じゃぁ〜〜〜!!!」
俺に店を予約するように頼むと、またフワフワと出て行った。
俺たちがのんびりサボッていたのも、どうでもよかったらしい。
全く能天気な人だが、そんな松岡社長をみて、
緊張疲れで忘れていた、会議を成功した実感が湧いてきた。
今日は最高にいい日だ。俺は男になったんだ。
「よっし!今日は飲むぞ!早く来ないと置いてくぞ!迫田!」
だらだらと、女の話をしていた迫田を置いて会議室を後にした。
「ま、待て、宴会部長の俺を置いていく気かぁ〜!!!」
バタッと閉まった会議室で一人虚しく叫ぶ迫田だった。
そのころ、というのか、なんというのか、
時は明治真っ只中、西暦1878年5月2日。
ある女はひたすら喜び感激に打ちひしがれ、ひたすら涙していた。
「やっと、やっとつながりましたわぁ〜!!!!」
山田がさっさと携帯を交換しに行かなかったことを後悔するのは
ほんのちょっとだけ先のこと。
山田、携帯切ってましたね。w
なんだかんだ長くなっちゃった第1話。
こんなんでいいのでしょうか?
とりあえずガンバリマス!