第三棟 美しき少女
ドアの前で膝から崩れ落ちている俺に、リトは慰めの声をかける。
「まぁ、自分らも初めはそんな感じやったわ。まぁ、今は悲しんどき」
リトはそういうと名前不詳の男と共に部屋の奥の方へと進む。
「―――リト。部屋の奥には何があるんだ?」
俺はリトに問う。俺のその姿を見てリトは二ィっと笑って、言った。
「たくみ、お前が早う回復してくれて嬉しいわ。ついてき。案内したるわ」
俺はリトの後をついていく。リトは俺に親切にしてくれているようだが、先ほどリトが笑った時の眼は俺の心の奥を見透かしている様な冷たい眼だった。あまり信用し過ぎない方がいいのかもしれない。
―――
リトに案内され、ドアを抜けた先の部屋にあったのは布団が三つとドアが二つ。
「まぁ、説明する言うても、自分らに与えられてる部屋はこの寝室と、さっきの部屋。あとは右のドアの中にあるトイレと風呂が一緒になった三点ユニットバス。それだけや」
「…?左のドアは?」
俺はスルーされた左側にあるドアについて問う。するとリトはニヤリと笑い、言った。
「広場や」
「広場?」
「なんだ、君、広場って言葉も知らないの?馬鹿なんだね」
名前不詳の男が俺を挑発する。が、もうめんどくさいので放置だ。
「楓、その他人を挑発する癖やめた方がいいで?―――あ、広場についてやったな。ここには自分らのいる北棟のほかにも東棟、西棟、南棟があんねん。その連中との交流の場がそこの広場や。まぁ、広場に行くためにはこのバングルを扉の横にある機械にかざして個人認証して、許可を申請しなあかんけどな。でも、よっぽどのことがない限り拒否されへんから」
あいつ楓っていうのか。―――っと、なるほど、此処に入っている人間を飽きさせないための工夫というわけか。
「了解した」
俺がリトに返事をすると同時に俺たち三人のバングルが同時に耳障りな音を発し始めた。
「たくみ、これは自分らに運動させるために一日一回ある運動の合図や。これが鳴ったら十分以内に広場に全員集まらなあかんねん」
そういうとリトは俺の腕を引っ張ってドアの前に立たせる。
「ほら、バングル出して」
俺は楓に言われるがままにバングルを機械にかざす。すると暗かった画面が明転し、俺の名前が表示される。
「よし、これでたくみの分は許可が出た。ほんなら」
そして、リトも自分のバングルを機械にかざす。それに続いて楓も。
「よし、ほんなら広場行こか。
そういうとリトは扉を開ける。開いた扉の先には人工芝の広場が広がっている。
「ここが広場や。と言っても、人工芝が広がるただの草原っていう感じやけどな。でも、この施設の中で唯一太陽光がある場所やから皆に人気やねん。だから人がぎょーさん居るけどな」
そういうとリトはまた俺の腕を引っ張って広場の中の方へと連れていく。
「ほら、こっちこっち」
俺はされるがままにリトについていく。その道すがら、すれ違う人たちはなんだか目の焦点が合っていないような気がする。
「なぁリト。あいつらは一体何なんだ?目の焦点が合っていないし、なんだか生きた人形みたいだ」
「ん?あぁ、あいつらは廃人や。___これはオフレコやけどな、此処の飯はちょっと薄いねん。それを補うように食堂には塩も置いてあんねんけど、その中にはクスリが混じっとんねん。まぁ、俗にいう覚せい剤みたいなやつや。賢い連中は気付いとるからそれを避けて食うけど、来たばっかりで何もわからん連中はそれに気づかんとバクバク食うて覚せい剤なしじゃいられんようになってまうねん。たくみもああなりたくなかったら塩は入れん方が賢明やで」
…恐ろしい。機関の連中の残虐さに背筋が冷やりと寒くなる。
そうこうしているうちに、リトの足が止まる。
「ここらへんでええかな。___うし、たくみ走ろか」
そういうとリトは再び俺の腕を引っ張り、今度は走り始める。二年間厨二病で引きこもっていた俺には少しのランニングでも体が悲鳴を上げかけたが、ぽかぽかと温かい陽気の中で走ることは楽しかったので、リトと一緒にランニングをする。
5分間ほどランニングをしていたら、後ろから誰かに追い抜かれた。その誰かの姿を見ようとそちらを向いたら、美しい少女がいた。美しく、長い黒髪を持つ少女だ。
「___綺麗だ」
無意識に、そんな言葉が口から洩れる。
「ん?___あぁ、あの子か。自分よりちょっと後に入ってきた子や。…なんや、たくみあの子に惚れたか?」
リトはニヤニヤと俺を見るが、俺はそんな声など聞こえていなかった。
さてと、お判りでしょうがこの少女はヒロイン枠です。