ごめんなさい
夕方の大通り。
帰宅ラッシュの中、泣いている女子中学生と戸惑う男子中学生という構図は、どう考えても人目を引いてしまう。
私たちは近くの公園へ移動することにした。
ふたり並んでベンチに腰掛ける。
さっきも同じように座って演奏を聞いてたけど、なんだか随分前の事のようだった。
「あの、大丈夫?」
鹿鳴くんはやっぱり小さな声で、それでも心配そうに聞いてくれた。
「う、うん。大丈夫。ごめんね、なんか」
落ち着いてくると今度は急に恥ずかしくなってきた。
さっきは鹿鳴くんにあんな泣き顔を見せてしまったのだ。
今だって目が腫れぼったくなっているに違いない。
でも、言わなきゃならない。
その為に、追いかけてきたんだから。
私はなるべく顔が隠れるようにうつむいて。
「ごめん」
「ごめん」
「え?」
「え?」
思わず顔を上げたら、鹿鳴くんもこっちを見ていた。
「あ、いや。お先にどうぞ」
「え?あ。鹿鳴くんから言って」
「ボクは、さっき逃げ出しちゃったから。迷惑かけちゃったなって。だから、ごめん」
「あ、その事はいいの。カンナが無理に連れてきたことだから」
彼の髪はまた目を隠してしまったけれど、またいつものうつむき加減になってしまったけれど。
それでも、私を見ているのがよく分かった。
「それにね、鹿鳴くんを誘うように言ったの、私なの」
「そう、なんだ。でもどうして?」
「だって鹿鳴くん、歌うまいから」
「でも瑞希さん、聞いたことないでしょ」
ん?この反応はもしかして?
「鹿鳴くん。歌い手さんやってるよね?」
「!!!!」
あ、やっぱり。
私は声が出せないくらいびっくりしてる鹿鳴くんを見てそう思った。
「どう、、して、知ってるの?誰にも言ってなかったのに」
「最初はたまたま見つけたんだけど、今はチャンネル登録だってしてるんだよ」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
ぺこり、と頭を下げる。
なんか、可愛い。
「前に1回だけ顔出ししてて、その時にもしかしてって思ったの」
「あ、あの時の」
やっぱり止めておけば良かった。
今度は頭を抱える。
なんだか内気で大人しいイメージだったけど、案外違う一面があるのかもしれない。
「あ、もうカンナたちには話しちゃったんだけど。もしかして嫌だった?」
「嫌っていうか、その」
「その?」
「恥しいから」
恥しい。
うん、それはよく分かる。
今はよく分かる。
だって、私がカンナの誘いを断り続けた理由が、それなんだから。
だから。
「だから、私は鹿鳴くんに謝らないといけないの
「鹿鳴くんが歌い手さんなんじゃないかって気付いて、だからカンナに教えたの」
「カンナはずっとメンバーを探してて、私も誘われてて、でも恥ずかしいからって断ってたの」
「自分は恥ずかしいのに、カンナに言えば無理矢理鹿鳴くんを連れてくるって分かってたのに」
「そうしたら、もっと近くで歌を聴けるかな、なんて自分だけの都合でみんなを巻き込んじゃって」
「サイテー、だよね」
目の周りが熱くなって、視界がボヤけて、また涙がこぼれそうになって。
少しだけ時間がたって、鹿鳴くんが立ち上がったのがわかった。
嫌われ、ちゃったかな?
なんて、ぼんやり思ってたら。
目の前に何か差し出されてた。
それは鹿鳴くんはハンカチだった。
それを受け取ろうとして、手になにか持っているのに気が付いた。
スタジオを出る時、カンナに渡された物だった。
それは、
「さっきの楽譜だね」
「そうみたい」
「見せてもらってもいい?」
「うん」
私は楽譜を渡して、代わりに鹿鳴くんのハンカチを受け取った。
「瑞希さんが謝ってくれた理由は、正直言うとよく分からないんだけど。
でも沢山いる歌い手の中からボクを見つけてくれたことは嬉しかった」
そして、鹿鳴くんは楽譜を持ったまま。
「ありがとう。また学校でね」
そう言って、公園から出て行った。