私はとてもずるい事をしたんだ
スタジオのあるビルを飛び出し、左右を見渡す。
右?
左?
右だ!!
鹿鳴くんは案外足が早いらしく、もう遠くの人混みに消えかけている。
見失っちゃ、ダメだ。
私は彼の消えそうな背中を追って駆け出した。
今日を逃したら、もうチャンスが来ない気がした。
チャンス?
なんのチャンスだろう?
一瞬そんな疑問がよぎった。
私は何がしたいんだろう?
何のために鹿鳴くんを誘ったんだろう?
誘った?
誘ったのはカンナだ。
私じゃない。
私は何もしてない。
私はただ、後ろで隠れていただけ。
「ああ、わたし・・・凄くずるい事したんだ」
走りながら。
私は、泣いていた。
泣きながら走っていた。
涙でボヤけた視界の中、彼の背中が、もう少しで届きそうなくらい近くなった。
「鹿鳴くん!!!!」
思わず私は、人目もはばからず叫んでいた。
周りの大人達がジロジロと私を見て、それでも足を止めることなく歩き去っていく。
その向こうで、鹿鳴くんは立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。
ちょっと強めの風が、彼の髪を持ち上げる。
初めてちゃんと見る彼の顔は。
涙でぐちゃぐちゃの私を見て、凄くびっくりした顔だった。
「瑞希さん」
あ、下の名前で呼んでくれるんだ。
こんな時だというのに、私はそんな事を考えて、なんだか嬉しかった。