第一章 邂逅(壱)
第一章 邂逅(壱)
「時間まで、あと十二分……」
宇宙用の気密性の高いパイロットスーツを来た男、リクトは狭いコックピット内で幾度と無く同じ手順を繰り返していた。
モニターパネルから手を離し、操作レバーを握る。
(旧式の操作系。サポートAIは最低機能。居住性も最悪)
すでに二十七時間も閉じ篭っている。妙に身体がなまっている感じがした。軍人故の訓練によるところも大きいが、まだ二十二歳という若さゆえに身体の活力が高いのだろう。
強化ガラス越しに見慣れた星空を見ながら、星座を星を計測して今の位置を確認した。
(コースは予定どおり。順調に落下中)
星を指差すように、強化ガラスをこつく。
(今時、非密閉型の戦闘用ライダーギアとはね。外の確認にバッテリー消費が無くていいけど。装甲も無いよな)
宇宙用の重機である搭乗型汎用装甲重機。略してライダーギア。軍用の新型ならほぼ人型を模したような姿をしているが、彼が乗っているのは、卵型のポッドに稼動アームと耐弾装甲、火器類を追加した代物だ。
(今時、反政府ゲリラですら密閉式の人型に乗っているのにな……特攻部隊には骨董品ぐらいしかまわせないか……火星もいよいよ追い詰められているよな)
リクトは自分の所属する火星軍の惨状を嘆いた。
あのマーズ2(ツー)破壊の惨劇からすでに三週間が経っていた。あの戦闘艦が地球所属であることは確認され、火星圏の人々の暮らすコロニーが地球軍から直接攻撃を受けることが実証されてしまった。
その結果、特攻作戦の効果に懐疑的だった一部の反対意見は、この結果により黙ってしまう。
そしてある目標を破壊するために特攻作戦が実行された。
(まあでも、持てるだけの火器を持たせてくれたのは、ありがたい)
骨董品だが汎用性では最新式のライダーギアに劣らない。むしろ上回っていると言ってもいい。単純故に単体の戦闘力は低くとも追加装備で補える設計だからこそ、骨董品でありながら現役でいられる名機なのだから。
(とはいえ、戦闘艦を沈めるのには、足りないかも……)
破壊目標は、マーズ2(ツー)を火の玉に変えた戦闘艦、おそらく砲撃艦である。拠点攻撃に特化したこの艦種は、装甲や迎撃力こそ他の艦種に劣るが戦艦なみの巨体を持つ。ライガーギアの攻撃程度では沈めるには至らないだろう。
(……時間だ……)
モニターパネルを操作して背面装備を展開する。真空の宇宙で機体を覆うように、半球状にエアバックが膨らんだ。
今現在、破壊目標は地上の基地へ降りている。諜報部が総力をあげて調べた情報だった。砲撃艦に重力下での航行能力が必要なのかは疑問だったが、戦闘艦としては大気圏下も宇宙空間も行き来できる艦は珍しくない。特に地球軍にはその存在率は高かった。
(メンテナンスか何か知らないが、止まっていれば、内部に侵入して主要箇所を爆薬で吹き飛ばすこともできる……)
だから大気圏へ降下する。オプション装備とはいえ、単体で大気圏突入ができるのは、汎用性が高いライダーギアならではだ。
(まあ、出発時に目標がどこにいるかわからなかったからな)
火星から地球まで、高速艇で二週間ほどかかる。地球圏到着後、目標の位置によって行動を変えなければならなかったため、汎用性も含めライダーギア部隊が選ばれたのだった。
(とはいえ、基地への強襲は厳しいはずだ)
リクトはレバーを握りなおした。
ほどなくして、無重力で浮かんでいたコックピット内のゴミが背面に向かって落ち始める。少しずつ、ほんの少しずつであるが、無重力が終わっていく。
「帰ってきた。地球に……」
「上空ぅ二万二千メートルにぃ、飛翔体を確認しましたぁ。数は十二」
艦橋に少々舌足らずな言葉遣いで報告があがる。
「大きさと種類判別をお願いします」
艦橋の中央奥の艦長が言葉を発する。彼女はその地位の証ともいえる軍帽を被りなおした。その下からのぞく白人系の顔は幼い。身体つきと顔つきからすると十代半ばだろう。艦長という役職に着くにはあまりにも不釣合いな若さだった。
「大きさは五メートル程度ぉ。移動ベクトルは落下方向ぉ、減速率から隕石では、ないです」
「ディアム、基地管制へ連絡。味方の現空域への大気圏突入の有無を確認」
「了解」
通信士が基地との回線を開く。
「エファ、現状確認」
「全システム、オールグリーン。タグボート、予定通り離れていきます」
刻々と変化する状況を要点のみ報告する。
「艦長。レイドック少将から通信です」
「……繋いでください」
応えるのに一瞬だけ間があった。その間が端的に彼女の通信相手への感情を表していた。
天井からぶら下がった大きく透明なボードディスプレイに一人の男が映る。見た目の歳は五十ぐらいで、頭部が少々さびしくなった感じがする。また軍人と言うにはどこか貧相な感じも受ける。贔屓目に見ても「少将」という階級は不釣合いに思えた。
艦長は無言で立ち上がると軍帽を脱いで敬礼する。うなじの所でまとめただけの茶色い長い髪が大きく揺れた。相手でどうであろうと、上官には無条件で敬意を払うのが軍というものだ。
『今、レーダーに火星軍と思しきライダーギアがこの空域に降下してくるのが確認された。そちらも把握していると思う』
「はい。こちらもたった今、確認したところです」
彼女の応えに、男は満足そうに頷いた。
『うむ結構。降下先は予想では我が基地である。そのため現状唯一出航している貴艦に、対空迎撃に参加してもらいたい』
レイドックは、さも名案でも浮かんだような顔で頷く。
「……お言葉ですが、我が艦はこれより大気圏離脱テストを行う予定です。迎撃に基地までもどっては予定が大幅に狂ってしまいます」
言いづらそうに彼女は口にした。
『そんなことは判っているし、貴様の意見を聞きたいわけでもない』
「……失礼いたしました」
男の憤慨に、彼女は形だけ素直に謝罪した。
『これはテストなのだ。貴様らの性能をみるためのな』
あからさまな侮蔑の視線。しかし艦橋にいる誰もが何も言わない。
「……承知いたしました。それでは大気圏離脱テストを中止し、これより迎撃へ向かいます」
『何を言っている?』
レイドックの言葉に、彼女は何度か目を瞬いてしまう。数秒ほど理解が追いつかなかった。
『大気圏離脱テストと迎撃を同時の行うのだ』
それだけ言うと、愚か者を見下すような表情を表に出したまま、一方的に通信を切った。
敵機はテスト用の航行経路上に居ない。命令遂行はなかなか困難である。
軍帽を被りなおし着席すると考え込んだ。
「アルフェ、気にしない気にしない」
艦長席の左右に良く似た作りの席がある。左の席に座っていた副長が気を使ってか、話しかけてきた。
アルフェと呼ばれた艦長は、自分と同じ顔の副長を見る。身体特徴も含め髪形まで同じだが、軍帽を被っていない。それだけではないだろうが、印象がかなり柔らかかった。
彼女だけではない。この艦橋に居る六人全員が同じ、もしくは似た姿形をしていた。理由は同じ遺伝子を持つからだ。彼女達は人為的に生み出されたクローンなのである。
「クリシア副長。どうすれば、敵機をテストコースへ誘導できると思いますか?」
しかしアルフェは彼女の気遣いを無視して話をする。クリシアは気分を害することも無く、そうですねと話し返した。
「そもそもあの敵機が何のために降下してきたか、が問題ですね」
『海上に信号弾を確認』
「なに?」
報告に隊長が疑問を発した。
高度三万メートル。まだ空が黒い高さ。大気圏突入装備を切り離した十二機のライダーギアが、自由落下で攻撃目標が居る基地を目指していた。突入時に捕捉されるのは予想していたので、すでに通信制限は解除されている。
『味方のコードです。目標発見、だそうですが』
『最大望遠で艦船の航跡を確認……信号の直下に……「インサニア」を確認!』
「な……」
一瞬考える。攻撃目標がわざわざ位置を知らせてきたということは高確率で罠だろう。しかし、このまま基地へ降下しても攻撃目標が居ないということになる。
「降下地点を攻撃目標へ変更。全機、補助翼を展開して軌道変更しろ!」
「敵機ぃ、こちらにむけて軌道を変更しましたぁ」
「エファ少尉、敵機の予想降下軌道を算出してください」
「了解」
エファと呼ばれた少女が端末を叩く。ほどなく中央のボードディスプレイに敵機の予想降下軌道が表示された。
「大気圏離脱テストの予定航路は?」
「こうなります」
敵機のはずいぶん離れていた。理由は簡単だ。敵機にはこちらの予定行動が判っていない為、あくまで海上で直上から攻撃する降下軌道をとっているからだ。
「……付いて来てもらいましょう」
アルフェは軍帽を直した。気合を入れたのか、それとも単なる癖か。
(来てよね。ほんとうに。上官の無茶な命令に、敵側があわせてくれるのを願うって、いろいろ終わってるよね……命令厳守だからしょうがないけど……ちょっと泣きたい)
脳裏に浮かんだ愚痴は、口にはもちろん表情にも出さない。もし彼女が素直な性格なら、愚痴を零し、頭を抱え、泣きそうになりながら懸命に命令を遂行する可愛らしい姿を見ることができたに違いない。しかし彼女は、代わりにポーカーフェイスのまま睨み付けるような目つきで命令を発した。
「大気圏離脱航行を準備!」
艦長の命令により、艦橋が一気に慌しくなる。
「メインジェネレーター出力上昇」
「超伝導推進、稼動開始」
「グラビティ・コントロール正常」
「アーク・ドライブ稼動開始」
「進路クリア。いつでも」
「対空迎撃戦用意」
「全対空レーザー砲、準備します」
「攻撃目標を敵ライダーギアに固定。全砲台をオートに設定しました」
アルフェを報告を一通り聞いて、準備が完了するのを待つ。そして命令を下した。
「……発進!」
『敵艦、急加速!』
(逃げるのか?)
リクトは一瞬そう思った。彼自身、敵艦と戦いたいわけではないので、一瞬楽な思考をしてしまったのだ。
『敵艦の上空を抑えるぞ! 全機着いて来い!』
隊長の号令に従って、全ライダーギアが飛行する。太腿から伸びたシート状の補助翼を手で掴み、それに大気を受けて降下軌道を修正している。その姿は歪なムササビのようだった。
(戦って……生き延びないと……)
彼の本当の目的は敵艦の破壊ではない。もちろん軍人である以上、作戦遂行になんの不満も持ってはいない。この特攻とも言える作戦にも自ら志願したのだ。
(地球に帰ってきて、早々に死にたく無いな)
しかし事態はさらに進展していく。
『敵艦、海面から浮上しました。猛スピードで上昇中。おそらく大気圏を離脱するつもりかと』
『……上空を抑えることはできんか』
状況の変化に、しかし隊長は冷静だった。
『大気圏離脱航行なら、視界確保のために艦橋の装甲シャッターは降ろせん。むしろチャンスだ。すれ違いざまにありったけの火力を叩き込め! 大気圏内ならアーク・シールドも張れん。艦橋に一撃当てれば落とせる!』
『「了解!」』
隊長の命令に、全員が返答する。隊列も返答も乱れはまったくない。火星の希薄な大気で行った訓練は確実に実を結んでいる。彼らは間違いなく精鋭だった。
『それとだ。できるだけ生き残れ。自らの命を弾と考えるな!』
その通信に、リクトは思わず頷いていた。
「アーク・ドライブ、正常稼動。上昇速度、上がります」
上昇を開始したインサニア。大気圏を離脱して衛星軌道まで上がるには、最終的に第一宇宙速度であるマッハ二十三という極超超音速まで加速しなければならない。当然大気圏内ではそのような速度は出せないので、最初は遅く、徐々に加速していく昔ながらのロケット方式と同じ加速理論が使われている。
この時代、大気圏外へ行くシャトルなどは一段目のロケット部分を省略するために、リニアレールを利用したマスドライバーによって初速を得るか、高高度まで大型航空機によって持ち上げてもらうのが一般的だ。
しかしこの艦は、四百メートル越えという巨体ゆえにそれらの方法を使用できない。代わりに、自身に装備された超伝導コイルから発生させた磁場により海上を加速した。
海上用の高速艇すら凌駕する速度で海を掻き分け、その勢いのまま上昇へ転じたのだった。
またロケットのように噴射するのではなく、慣性制御に近いアーク・ドライブという推進機関を使用してさらに速度を上げる。地球の重力はグラビティ・ドライブという重力制御機関により無効化しているため、六万トンもの重量が問題なく持ち上がる。
「敵機ぃ、こちらの進路上に侵入しましたぁ」
報告を聞いてクリシアがアルフェに問う。
「オプションユニットは使います?」
「……重しを捨てたらテストにならないでしょう。加速中のこちらについても来れませんし」
(軽くしたいし、敵機を確実に迎撃したいけど……データが変わったらテストやり直しかもしれないし……)
艦には余計な荷物が多数積まれていた。倉庫に入るだけの食料や水、機材や補修素材、さらに外部搭載できるオプションユニットなど。載せれるだけの重しが付いているのだ。
「では対空迎撃はレーザー砲のみですね。二機くらい撃ちもらすかもしれませんね」
クリシアの言葉に、アルフェは一瞬難しい顔をした。
「撃ちもらしたら……その時はその時です」
(……きっと怒られるけど……うう……)
ライダーギアと敵艦の間には、大気圏という濃密な空気が存在している。敵艦にとっては加速の邪魔になる壁だし、ライダーギアにとっては推進剤を使うことなく姿勢制御に利用できる。さらに対空攻撃は、重力方向的に実弾ではなくレーザーの可能性が高いが、そのレーザーもまた空気によって拡散、減衰する。大気圏内では有効射程はせいぜい千メートルだろう。
通常の対空砲火なら。
高度差からまだ十キロほども距離がある。故にライダーギア部隊は油断していた。
レーザーは発光の確認と着弾は同時になる。
敵艦が光ったと視認した瞬間、一機のライダーギアが蒸発、爆散していた。
「対艦レーザー砲、命中しました」
「敵機回避運動開始しましたぁ。第二波外れですぅ。これ以上の命中は難しいかもぉ」
対空レーザー砲の有効射程外への一撃。方法は簡単で、艦に搭載されている大型の対艦レーザー砲を使ったのだった。大気圏内での減衰は大きいが、それでもこの距離でライダーギア程度なら致命傷を与える出力を維持できる。
(うん。初撃必殺……パイロットの人には、ごめんなさいだけど……)
逆に命中すれば半壊程度の損害では済まない。搭乗者は自身への攻撃すら視認できなかっただろう。
そして一番の問題は大型ゆえに照準速度が低いことだった。ライダーギアのような小型機動兵器だと不意打ちの一発しか当たらない。しかしそれは想定内だった。
(こんなにきっちり罠にかからなくても……用意した私も悪いんだけど……)
機動性の優れた敵ライダーギア部隊を集めるための餌。大気圏離脱時の艦船は視界確保のため、装甲シャッターが下ろせないという常識。敵の狙いが本艦なら、間違いなくそこを狙ってくるという確信。全ては彼女の掌の上だった。
(……これは戦争、これは戦争、これは戦争、いやだけど、これは戦争……ごめんなさい)
「対艦レーザーは牽制で十分。対空レーザー砲用意。射程内に入ったら撃ちまくれ!」
火星軍のライダーギアは全長五メートルほど。対して地球軍の戦闘艦は四百メートルを超える。像と蟻ほどの差がある攻撃は、無謀の一言だった。
(避ける、のが精一杯だ……)
リクトはバーニアを吹かし、緩急をつけた高機動によって対空レーザーを掻い潜る。AIによる自動迎撃故の正確さが、逆に避ける隙を作っている。とはいえ、無数の砲台から撃ちだされる秒速三十万キロメートルの対空レーザーは、雨のように降り注ぎ機体に命中する。
(コーティングが辛うじて保っているけど、連続で受けたら終わる……)
機体全身に塗布されたアンチ・レーザー・コーティングは、光学反応によって鏡面化してレーザーを反射することで大きく威力を減衰する。発生する熱を取り除くことができれば、対レーザー防御としては高い性能を誇る。
しかしライダーギアでは冷却能力に限界がある。独自の冷却機構を持つ盾もあったが、すでに機能停止してスクラップ化してしまったので捨てている。このままでは放熱が追いつかなくなった箇所からコーティングが剥がれ、機体が蒸発してしまう。
最初の不意打ちの後、回避運動を行うことで一撃撃破は免れている。しかしそれでもすでに十機の味方がやられていた。リクトともう一機に集中しているレーザーは、しかし味方の爆煙によって大きく減衰しており、結果として辛うじて二機が生き残っている状態だった。
(くそ……)
成す術無く散っていった味方の機体。気を緩めると仲間の顔が次々と脳裏に浮かぶ。しかしそれを、死神を振り払わないと生き残れない。生きるためには悲しむ暇は無い。
しかも、まだ敵艦にたどり着いていない。相対速度は実に時速七百キロメートルを超えているのにだ。対空レーザーの射程距離が長く、あまりに短時間にやられすぎていた。
(これが砲撃艦か? まるで巡洋艦か戦艦なみの対空攻撃密度だ)
砲撃艦はその強力な砲によって拠点を攻撃する戦闘艦だ。砲自体に船体の大部分を割くため機動性、対空能力、対艦性能などは軒並み低いのが普通だった。対して対空性能に特化した巡洋艦やほぼ全ての面で高い性能を持つ戦艦は、当然非常に強力な対空能力を持つ。
事前の調査で、インサニアは砲撃艦だと分析されていた。艦体の半分に相当する規模の砲を持ち、その一撃はコロニー破壊するほどだった。砲撃艦以外考えられない。
しかし現実に攻撃を受けて、戦艦と認識を改めなければならなかった。もし戦艦だとわかっていたなら、隊長は作戦失敗になろうとも攻撃命令は下さなかったに違いない。
(いや……それでも、攻撃しなければならなかった……)
コロニーを一撃で破壊した艦が、メンテナンスを受けて再度宇宙へ上がろうとしている。なぜ、という疑問に対して明確な答えがでてしまう。
『リクト・フォルスタット中尉、無事か?』
隊長が新しい煙幕弾を撃ち、僅かな時間だがレーザーの死角を作った。
「は、はい。まだ致命的な、損傷は、ありません」
張り続けていた緊張は、しかしすぐには解けない。声が上ずってしまう。
もはやパイロットとしては引退してもおかしくない老齢の隊長は、この絶望的な状況下でも冷静差を保っているようだ。
『さすがエースだな。あの攻撃で致命傷を避けるとは』
「! 隊長?」
隊長機の左半身は半壊していた。幸いパイロット本人は露出していないようだが、火器類も大半を失っている。戦闘継続は不可能だろう。
『ぶっちゃけて聞くが、お前が地球に来たのは、別の目的があったからだろう?』
「え、その……」
言葉に詰まった。作戦行動中ということもあり、その手の話題転換についていけない。
『隠すな。俺もだ』
「隊長……」
『これからあいつに一撃を撃ちこむ。この大砲もそれで最後だ。お前は、離脱しろ』
「し、しかし……」
今、戦友が散った空で、敵前逃亡などできるわけもない。
『俺も死ぬ気は無い。だがその間に離脱すれば、生存率は上がる。それにお前は若すぎる』
情報と違い敵艦がドックから出ていた時点で、計画は破綻していたといえる。まだ相手が分析どおり砲撃艦なら一矢報いることも可能だっただろう。確かにこれ以上は無駄死にだ。
『……離脱しろ。これは命令だ』
レーザーが煙幕を抜けてきた。拡散したのか、敵艦が近づいて減衰されきらなくなったのか。
「隊長!」
レーザー雨が二機を強引に引き剥がす。見れば敵艦はすぐそこまで来ていた。
『お前は背負うには若すぎる』
隊長機が残っていたスモークディスチャージャーを撃ちまくり、煙幕の道を作る。
『生きろよ!』
そう言い残して隊長機が煙幕へ突っ込んだ。
「敵機、正面! 煙幕のせいで対空レーザーが届いていません!」
(……ですよね。艦橋の正面に突っ込んでくるしかないですもんね……)
アルフェは軍帽を深く被る。微妙な手の震えを、軍帽をいじることで誤魔化す。
視界確保のため、艦橋はガラス窓で囲まれている。強度確保のため、さらに対放射能用に間に水が流れていたりして幾重もの構造をしているが、やはり装甲よりは薄く弱い。その上艦にとってもっとも重要な機能が集中している。そのため一部の例外を除いて、全ての戦闘艦の弱点とも言えた。
「こちらも加速している分、接近が早いですね」
クリシアが困ったように首を傾げた。スペック上、宇宙空間での対空戦なら、この程度の敵機なら近づけることすらないはずなのだ。濃密な大気によるレーザーの減衰は、計算以上に攻撃力を削いでいる。
(いえ……相手が手強いから、ですよね)
アルフェは正面を睨み付けた。その先の煙幕の中に居る敵ライダーギアを。
(どっかに逃げて下さい。お願いします……)
(抜けた!)
煙幕を抜けた直後、正面に敵艦の艦橋が見えた。時速七百キロメートル以上、秒速で二百メートルを超えてで迫り来るそれは、あっという間に目前に迫る。
「これを食らえ!」
半壊したライダーギアの右腕が辛うじて支えていたロケットランチャーを、システムのロックオンを待たずに発射する。照準はベテランの勘のみ。対空レーザーで直後に撃ちぬかれるかもしれない状況では最善の判断だった。
真っ直ぐに飛ぶロケット弾は、レーザー雨を掻い潜って艦橋へ直撃するコースを飛ぶ。
弾頭は対装甲用の徹甲榴弾だ。命中すれば強化ガラスを貫通して艦橋内へ爆風を吹き込む。
しかし。
ドォン……
命中するはずの弾は、直前で爆発してしまった。
「なに?」
撃ち落されたのではない。まるで見えない壁が在るかのように爆煙も避けていく。
「大気圏内でアーク・シールドだと!」
「大気圏内でアーク・シールドが張れないなんて、誰が決めました?」
アルフェは無意識に独白する。
(……良かった、良かった、良かった、良かった、良かったぁ……強度足りたぁ……)
無意識に軍帽をさわって、冷汗が流れる顔を隠した。
「アーク残量、急速に低下してるけどね」
「……」
クリシアの突っ込み。無視したというより応える余裕が無い状態だった。
物質に触れると力学的な力に変換される素粒子「アーク」。重力子の制御技術の確立で実用化されたこの素粒子は、さまざまな分野で利用されている。従来の噴射による作用反作用ではなく、直接作用を、推進力を得られる「アーク・ドライブ」、ダイヤモンドすら鋭利に切断する工業用の「アーク・カッター」、そして膜状に展開することでデブリをはじめとするあらゆる物質を跳ね返す「アーク・シールド」。これらは重力制御に次いで世界を一変させた技術だった。ただ実際の運用には、生産加速器、貯蔵重力槽、そしてそれらを稼動させる高出力のジェネレーターが不可欠なので、戦闘艦クラスでないと使用は不可能だった。
その中で特に「アーク・シールド」は、防御力の大幅な向上をもたらした。主に宇宙空間で利用され、デブリの脅威を低下させた。また敵からの物質的な攻撃も同様だ。使用時には球状に展開し、僅かに光子を反射するため、まるで艦がシャボン玉に包まれたように見える。
ただしアークの性質上、濃密な物質で埋まっている大気圏内での使用は不可能に近い。膜状に展開しようにも、即座に空気に触れて力に変換されてしまうからだ。
今回は敵の狙いが弱点である艦橋なのは予想できていたので、宇宙空間なら艦全体を覆える出力をもって艦橋前面のみに展開していたのである。代償として急激なアークの使用量となったが、効果はあったといえた。
(……あとの生産量で、帳尻を合わせましょう。きっと大丈夫! うん!)
生産加速器は、アーク・ドライブ使用時から稼動し続けている。アーク・シールドで消費した分も、いずれ回復する。
ガン
(あ……ごめんなさい……)
半球状に艦橋を包み込んだシールドに、攻撃を仕掛けてきたライダーギアが避けきれずに接触して弾き飛ばされた。近かったからか、その音が僅かに艦橋に届いたのだ。
「……残り一機です」
「約束、無理かもな……」
リクトは覚悟を決めた。彼の本当の目的は地球に帰り、約束を果たすこと。そのために特攻作戦ともいえる帰還不可能な作戦に志願したのだ。さきほど隊長に言われた離脱しろという命令は、心から受け入れてしまいそうだった。
しかし味方を目の前で失った事実と、エースと呼ばれてきた自尊心がそれを撥ね退ける。
リクトは機体を加速させた。隊長が通った煙幕の中へ。すでに大部分が拡散してしまっているが、無いよりましだ。
レーザーの雨霰が、煙幕で減衰しつつも機体に命中してくる。コーティングが鏡面化して反射させるため、機体全体が鏡のようになっていく。
リクトは迫り来るアーク・シールドに対し、対ライダーギア用のマシンガンを斉射した。
しかし当然ながら、ロケット弾に耐えたシールドにマシンガンの弾はあっさり弾かれていく。
他にも火器類はある。これは確認だった。
唐突に左腕を横に伸ばし、ワイヤーアンカーを射出。アンカーの先についている電磁石が艦体の装甲にくっつくと、引っ張られて機体が勢いよく振られた。その軌道は相対速度故に変化が急激で、レーザー砲台の照準速度を上回り、攻撃を回避させる。
(くぅ……Gが……)
機体が急激に変化したということは、乗っているパイロットに相応の負荷がかかったということである。
意識がブラックアウトしそうになる前に、タイミングを見て電磁石を切り負荷を消した。
浮遊状態となった機体に対し四肢の動きで制動をかけると、再びマシンガンを斉射する。
そして、機体が艦橋の真横に来たとき、マシンガンの弾がシールドに弾かれること無く装甲に着弾したのを確認する。
(無理やりシールドを発生させているなら、当然切れ目もできるよな)
リクトは装備している全ての火器類を一斉に撃ちだした。
「アーク・シールド! 最大展開!」
艦長アルフェの命令で、即座にオペレーターがシールドを増強させた。
ズズン……
ロケット弾か滑空砲かミサイルか。それともそれら全てか。複数の着弾音がシールド上に発生し、アークを支える重力子を伝わって艦橋内に響いた。艦体全体で支える通常のアーク・シールドならこんなことは無いが、局所的に張るインナー・シールドを無理やり強化しているため、反動が音として発生しているのだった。
「シールド保持。艦体への着弾あり。損害軽微」
「……良かった……」
ほんの僅かに弛緩する全員の緊張。
「敵機! 本艦後方のデッキに取り付きました!」
戦艦に分類される「インサニア」には、ヘリやシャトル発着用のフライトデッキが設置されている。そしてそこは、内部の格納庫へ入れる大型のハッチがある。ライダーギアが十分に入れる大きさの、他の装甲よりも薄いハッチがあるのだ。
(……ですよねぇ。それしかないですよね……)
アルフェは軍帽をさらに深く被って目元を隠した。
まるで敵パイロットに黙祷を捧げるように。
フライトデッキのハッチが開いていた。そこには小型シャトルが格納されている。
このシャトルは軍用で、民間のとは異なり武装を持っていた。デブリ避けの他、対空迎撃に使える程度の小型のものだが、ライダーギアにとって致命傷を与える程度の出力はある。
シャトルには誰も乗っていない。艦橋からの遠隔操作によってそのレーザー砲は動いている。
その待ち構えていたレーザー砲は、フライトデッキで動きを止めたライダーギアに直撃を与えた。避けようにも不安定な姿勢のライダーギアでは的にしかならない。
数発でアンチレーザーコーティングを剥がし、胴体、コックピットを貫いた。
そのまま推進剤か予備弾薬に引火したのか、背部ユニットから火を噴き、誘爆し、無数の破片となって散る。
こうして最後の敵ライダーギアは、残骸となって落ちていったのだった。