プロローグ
HDDの整理中、昔書いた小説を発見しました。最終更新日が2000年であり、まさに前世紀の遺物です。読み返してみたところ、ありきたりな展開が稚拙な文章で書かれているものでしたが、当時、私自身がおもしろいと思うものを好きなように書いたのが解る代物でした。
せっかくなのでこの場を借りて発表しようかと思います。
内容は、機動戦艦ナデシコをダシに、マクロスやガンダム、学園の要素を具にした、スペースオペラ風の闇鍋といったものでしょうか。煮込みすぎて古臭いかもしれません。
ただ、当時の稚拙な文章そのままでは大変読みづらいため、一応書き直しながらとなります。そのため更新間隔がそれなりに空くことになると思われます。できれば1~2週に一度は更新したいところですが。
もしお気に召しましたら、感想などをいただけると幸いです。
プロローグ
「第一防衛ライン突破されました」
オペレーターの悲鳴のような報告が参謀本部に響く。
「敵艦の進路は?」
「確率九十パーセント以上で、コロニー・マーズ2(ツー)です」
「敵艦減速しません。第二防衛ライン構築、間に合いません」
「とにかく、マーズ2(ツー)へ避難勧告をしましょう。シェルターにさえ入っていれば、壁に穴を開けられても窒息はしません」
参謀の提案に司令官は頷いた。
「あそこは三千万人も住んでいるんですよ? 間に合うかどうか」
「民間人も避難訓練はしているし、シェルターも各地に完備されている。何もしないよりマシだろう」
宇宙で生活する限り、真空は最大最強の敵だ。気密漏れの際の避難訓練は子供ですら行っている。今はそれに期待するしかない。
「第二防衛ライン突破されました。敵艦、依然減速しません」
「むぅ……」
司令官が正面のボードディスプレイに表示された略図を見て唸る。
敵艦の移動速度が速すぎて、略図ですらリアルタイムでの移動を確認できてしまう。
(単艦突破……? たかだか戦闘艦一隻では、体当たりしてもコロニー自体に風穴をあけるのが精々だ。目的はなんだ?)
宇宙空間での航行速度は、地上のそれとは桁が違う。時速数万キロメートル程度はあたりまえで、相対速度によっては十万キロを超える。一秒に三十キロも移動するのだから、目標に対しては減速しない限り攻撃を当てることすら難しい。
(核ミサイルでも持っているのか? しかしそれでも速すぎる。まともに当てたら核反応前にミサイルが粉々になるだろうし、着弾前の爆発ならいくら核でもコロニーに致命傷は与えにくい……)
宇宙空間の巨大建造物であるコロニーは、常に宇宙ゴミ(デブリ)の衝突に晒されている。ネジ一本ですらその速度差から銃弾より強力な破壊力を持つ。大岩レベルなら迎撃システムで粉砕されるが、砕けた小岩でも対艦ミサイルに匹敵する。それらに耐えるために、また放射線など有害なものから中の人々を守るため、コロニーの外壁は強固で多重構造になっている。表面を溶かしきったところで中までダメージは通らない。
「最終防衛ラインの構築は?」
「構築率七十パーセント。機雷の散布を開始しています」
近くを通過する際に問答無用で爆発する機雷は、ある意味諸刃の剣だ。IFF(敵味方識別信号)に対応していても誤作動はありえる。そのため味方艦の行動を制限してしまうからだ。しかし今回はそれに頼らざる終えない状況ということだった。
「防衛艦隊から報告です。敵艦に異常高熱が確認されたとのことです」
別のオペレーターが報告する。
「なんだそれは?」
「わかりません。敵艦の艦首あたりに強力な発光現象も確認されています。光学測定から二億度を超えているそうです。敵の新型兵器でしょうか?」
(新型兵器か……可能性は高いな。二億度か……核ミサイルが使えないから、核エネルギーそのものをぶつける兵器とか?……SFだな)
ビーム兵器やレールガンが実用化されたているが、核ほど強大なエネルギーを一点集中させることは非常に困難であり、また有効性が低い。それほどのエネルギーは周囲へ放射したほうが総ダメージは多くなるからだ。故に司令官の想像はあながち間違いではなかったのだが、この時は絵空事だと考えられた。
「! 敵艦進路変更!」
「変更先は? 熱源はどうなった?」
嫌な胸騒ぎがした。あれが新型兵器ならマーズ2(ツー)への攻撃は行われるはずだ。
そして、おそらく十分な破壊力があるに違いない。
「敵艦、速度そのままでマーズ2(ツー)への進行方向からズレていきます」
「熱源は……敵艦から分離を確認! そのまま機雷原を通過します!」
(機雷原を避けた? 確かに突っ込みたくは無いだろうが……)
どのような兵器かは判らないが、とにかく敵艦は速度がありすぎてマーズ2(ツー)へ再度攻撃はできない。この攻撃さえ凌げば危機は脱する。
「防衛艦隊から報告! 熱源、機雷原を突破! そのままマーズ2(ツー)へ向かいます!」
「マーズ2(ツー)の迎撃システムをありったけ作動させろ!」
「了解!」
参謀本部からの遠隔指令で迎撃システムが熱源に対し攻撃を開始する。
本来、接近するアステロイドを破壊、進路変更させるための小型ミサイルなので、威力自体は機雷よりもはるかに低い。しかしコロニー自体が大きいため、その総数は多く、一点集中させれば戦艦ですら撃沈できる火力がある。
「望遠でいい。マーズ2(ツー)を写せるか?」
「は、はい」
参謀の言葉で正面のボードディスプレイにコロニー・マーズ2(ツー)が映し出された。
「ダメです! 迎撃ミサイル、熱源に効果を認められません!」
「ああ……ぶつかる……」
一人のオペレーターが悲鳴を上げた。
(コロニーの外壁なら、耐える……はずだ……)
その考えどおり、コロニー自体から見れば豆粒のように小さい光を放つ熱源は、外壁にぶつかると動きを止めた。周囲が赤色化しているので相当な熱量を持っていたようだ。ひょっとしたら風穴を開ける程度のダメージは与えたかもしれない。しかしそれ以上ではないだろう。
「敵艦、マーズ2(ツー)から二十キロ離れた地点を通過。速度を維持して離脱していきます」
全員が安堵した。脅威は去った。あとは冷えるのを待って、外壁を補修すればいい。気密漏れを起こしているかもしれないが、コロニー全体からすれば微々たる量だ。
「……ん?」
誰かが疑問の声を漏らした。その場にいた全員が徐々にその異常さに気付き始める。
「……なんで、光が消えない?」
熱源自体が何であったかは今後の解析が必要だろう。しかしどのような兵器であれ、対象物にダメージを与えれば威力を失う。コロニー外壁を溶かした熱源は、その分冷え、光も収まっていくはずだ。エネルギー保存の法則からそれは間違いない。
「いや、それより……なんか赤色化している範囲が広がっていないか?」
着弾直後は熱伝導と放熱の関係で一時的に広がっているだけだろうと思われた外壁の赤色化が、まるで加速するようにその範囲を広げていく。
「コロニーの基地に連絡をとれ。状況確認を……」
「それが、マーズ2(ツー)の基地から応答がありません!」
全員が困惑している前で、赤色化は進んでいく。それどころか光自体も強くなり、加速度的にコロニー全体に広がっていった。
「あれは、一体、なんだ……」
コロニーがまるで炙った飴のように溶け、光に飲み込まれていく。
「太陽……?」
コロニーを飲み込んだ光は球体の光源となり、強い光を周囲に放ち始めた。それはまるで小型の太陽だった。大型コロニーとそこに住んでいた三千万人の命を燃やす太陽だ。
「……光が収まっていく……?」
ディスプレイ越しだと白とびしていてわからなかったが、徐々に光自体が収まり、表面が見えるようになっていく。赤く溶けた何かが流れ、球体にまとまったソレが見えはじめる。
「あれが……マーズ2(ツー)?」
誰かが呟いた。信じられない光景だった。大型コロニーがいともたやすく破壊され、別の何かになってしまっている。そして、まだ変化は続いていた。
「マーズ2(ツー)……だったもの、急速に膨張していきます!」
「まだ何かあるのか!」
参謀の叫びに、司令官ははたと気付いた。あれが太陽なら、小型ゆえに寿命が短いなら、最後にどうるかを。
「全軍、全部隊に対衝撃体制をとらせろ! マーズ2(ツー)に近い部隊は早急に退避させろ。超新星爆発が起るかもしれん!」
その指示を聞いて、オペレーター全員が一斉に全軍へ通達を行う。その間にも元コロニーだったものは、膨張を加速度的に続ける。
そして膨らみ続ける風船がいづれ破裂するように、ソレもまた破裂した。
(太陽破壊兵器……)
司令官は諜報部から報告のあった単語を思い出した。そしてその意味を思い知った。
「ば、爆発しました!」
その言葉が言い終わらないうちに、衝撃波が参謀本部を襲う。
火星圏全域に広がった衝撃波は、戦況が次の段階に進んだことを否応なしに示したのだった。