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俺たちの進む道には  作者: 風 桜月
2003年2月
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2003年2月 SIDE TOOKO

 雪の中車を出すのが嫌いなくせに、このところ、あたしたちはまたペットショップ巡りをよくした。

 さくやは飽きもせずヨーキーの入ったケースを眺めていた。

 そんなさくやを見るのは幸せだった。

 だからかもしれない。会社の休み時間にパソコンで犬の里親募集のサイトをよく見るようになったのは。別に、犬を飼うと決めたわけでもないのに。

 ただ、里親募集のサイトを見るだけじゃなく、里親募集の注意点とか、犬を飼うというのはどういうことかとか、基本の基本までくまなく調べていた。

 ヨークシャーテリアは人気が高く、動く宝石と言われてるだけあって、里親に出されている子でも十万は下らなかった。安く取引されている子は大体が大人になっていて、飼い主さんの都合で飼えなくなった子が多かった。

 そんなある日、ヨークシャーテリアの子犬が里親募集のサイトに載っていた。しかも破格の三万五千円で。

 よくよく里親募集をしている人の事情を読んでみると、繁殖させる気がないのに出来てしまった子だから、破格で里親を募集していると書いてあった。

 こういう場合、病気を持っているかもしれない。詐欺かもしれないし、冷やかしかもしれない。けれど、安く売られている子は虐待されるために買われたりすることがあったり、可愛がられなかったりすることがあるみたいだから、もし本当に純正のヨークシャーテリアが三万五千円で買えるなら、欲しいと思い始めた。

 きっとさくやも欲しいって言うと思う。

 このサイトを見始めたころは犬を飼うなんて思ってもみなかったのに、あたしは、里親を募集している人になるべく丁寧にメールを打った。

 あたしとあたしのパートナーがどんなにヨークシャーテリアを欲しがっているかということ。お家はペット可の物件だから犬を飼うことになっても何の問題もないこと。あたしとあたしのパートナーは勤務時間がずれているから、なるべくお留守番をさせないでその子を可愛がってあげられるということ。貧乏だけれど、ワクチンや病院代を惜しまないこと。そして、あたしとあたしのパートナーには子供が望めないから、子供のように大切に慈しみ、愛し育てると誓えること。

 何度もメールを読み直して、そのメールを送信した。さくやにも相談してないし、ダメもとだった。


 返信は週明けに来た。お昼休み中に何気なくメールの着信ボックスを開くと、里親を募集している人からメールが入っていた。

 その人は九州に住んでいる後藤さんという方だった。そこには三組の里親になりたいという希望者の中からあたしたちを選んでくれたと言う嬉しい知らせと、可愛い小さなヨークシャーテリアと、その父親と母親の写真が載っていた。

 そして、写真を送りたいから、住所を教えて欲しいというメールだった。

 あたしたちを里親に選んでくれたことに心から感謝した。そして改めて三組もいた里親希望者の中からあたしたちを選んでくれて本当に嬉しかったこと、大切に育てていくということと、住所を打ち込んですぐ返信した。


その日、お家に帰って来たさくやに、あたしはどう切り出すか悩んでいた。

「さくや。」

「なした?」

「あのね、お家にヨークシャテリアが来ることになったら、どうする?」

「はぁ?意味判んねぇ。」

 冗談を言ったと思ったのか、さくやは真に受けてなかった。

「里親募集のサイトでね、見つけたの。」

「なに?もう決定?」

「九州から、生後三か月のヨーキーが来ます。」

「高いんじゃあねぇの?」

「三万五千円。」

「三万五千円?なにそれ、病気持ってるとか?」

「出来る予定じゃなく出来ちゃったから破格なんだって。」

「何それ、とーこ。騙されてるって。」

 言われると思ってたから、あたしは負けなかった。

「そうは、思わない。」

「何、その自信。」

「その方、後藤さんっていうんだけど、後藤さんとメール交換しているの。まだ、一回しかやり取りしてないけれど、後藤さん、誠実な方だと思う。」

「とーこがそう言うなら、信じられるんじゃね。」

 さくやが信じてくれたことが嬉しい。

「と、言うわけで、ヨーキーが来ます。」

「まぁじぃでぇ?」

「嬉しい?」

「むっちゃ嬉しい。」

「もうすぐ、お写真が来るよ。」

「そこまで、話、進んでんの?」

「うん。」


 それから、数日して、お家のポストにお手紙が入っていた。後藤さんからだった。

 ドキドキしながら封を切る。

 中には数枚のお手紙と、二枚のお写真が入っていた。

 お手紙を読むのもそこそこに、お写真を見る。

 そこには、畳の上でカメラに少しおびえたような、耳が垂れたヨーキーの子犬が写っていた。手足が少し大きい。

 ここ数日、お仕事の休み時間の度、犬の事について飼い方や病気のことなど、色々調べていたから気付いたことは、この子の手足を見ると、この子は標準より少し大きめに育つかもしれないということだった。お顔は可愛い。

 あとは、さくやが気に入ってくれたら良いんだけど。


 さくやが帰って来て、手を洗うのもそこそこにお写真を見せる。すると、開口一番「めんこい!」と目尻を下げて言った。

 さくやのお顔は、今までペットショップ巡りをして、どのヨーキーのケースを見ていた時より穏やかで優しかった。

「なまらめんこい。」

「ビビりだね。」

「手足デカいな。大きくなるぞ。」

 飽きずにお写真を見ている。どっちのお写真も可愛らしい。

「お名前、決めよう。いつまでも『この子』じゃあ、可哀想。」

「そうだな。」

 それから二人は黙り込んだ。お名前を決めるって難しい。その子の一生を決めるものだから。

 あたしは奥にしまってあった漢和辞書を引っ張り出してきて、その中から気に入った文字を紙に書きだした。

「その字、良くねぇ?」

 さくやが指したのは『志』と言う字だった。

「じゃあ、この字使おう。何て読ませる?」

「『し』でいいんじゃね?」

「『し』を先にする?後につける?」

「名前を決めるって、難しいな。」

「ね。」

 さくやが、難しい顔で漢和辞典をパラパラとめくっていた。

「『しど』は?」

「『しど』?」

「うん。『志』に『憧』って書いて、『志憧』」

「素敵だね。」

「よし、志憧にしよう。格好いいな。」

「いいお名前だね。」

「柏木志憧。響きよくね?」

「うん。素敵。」


 名前が決まってから、毎日、お昼休みの時間、子犬を受け入れるにあたっての注意点や経験談などを読み漁った。その中でお知り合いになったPIPIさんという方から、志憧の空輸用のバスケットや子犬用のミルクを無償で譲っていただくことになった。PIPIさんは、大変よくしてくれた。子犬を飼うのが初めてのあたしたちに、色んなことを教えて下さった。

 後藤さんにも、空輸当日の段取りや最終的な金銭のやり取りについて、ワクチンや普段食べているフードやペットシーツについて毎日のようにメールした。

 特に、フードやペットシーツについては気を遣った。何せ志憧は九州から北の大地という長旅に耐えて知らない街に来るんだ。しかも、母犬から離れて。

 淋しい思いをしないように、せめて環境だけは整えてあげたかった。

 お家の中も、志憧を迎える準備でバタバタし始めた。経済力のないあたしたちには、立派なケージを買ってあげられるお金がない。色んなホームセンターやペットショップを巡って、一番安いケージを買って、居間の一番居心地の良さそうなところに設置した。先に後藤さんのところにフリースを送って、母犬の匂いをつけてもらった。志憧が淋しがった時に、その匂いで落ち着いてくれるかもしれない。

 百均で、青色のプレートと「し」と「ど」の文字と星の飾りを買ってボンドでつけて志憧が入るはずのケージに飾った。

 あとは、志憧が来るのを待つばかりだった。

 志憧はワクチンや、後藤さんのお仕事の都合で、最終的に三月十五日の土曜日に空輸されてくることが決まった。

「ドキドキするね。」

「待ち遠しいな。」

 さくやも一緒になって子犬を迎えるにあたっての注意点や、犬の飼い方のおさらいをしていた。何しろさくやが犬を飼っていたのは子供の頃で、飼っていたのも外犬だったから。

 志憧を迎える準備は着々と進んでいた。


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