2002年11月 SIDE SAKUYA
昼を少し回った頃、実紗から着信があった。
昨日は日曜日だ。店がなかったからこんな時間に起きていられたのだろう。
とーこは部屋の一番遠いところに行ってくれた。その気遣いが助かる。
「俺。」
「桜夜、お誕生日おめでとう。」
「サンキュ。」
「最高のお誕生日プレゼントを用意したの。」
「お、何?」
「私たち、別れましょう。」
驚きは、なかった。いつかは来ると思っていた。
「なしてよ。」
「私、考えたんだけれど、私ってタチだと思うの。桜夜もタチでしょう?タチ同士上手くいくと思う?私はそう思わない。」
「そっか。」
こっちの冷静な反応に実紗はつまらなそうだった。もっと追いすがって欲しがっているのが電話口を通しても判った。
「それに、ずっと言っているけど、私、浮気は絶対に許せないの。オンナ友達でも嫌。でも、さくやにはそれが通じていないみたいだから。」
「そうだな。」
「だから、別れましょう。」
「判ったよ。」
実紗の計算違いは俺が直ぐに別れに賛同したこと。
「やっぱり、他のオンナがいるんでしょう?」
電話口でヒステリックに憎々しげにわめく。こういうところがなければ、このオンナを好きなまま別れられたのに。
「もう、お前とは別れたんだ。関係ないだろ。」
「後悔させてやるから!」
ブチン。電話は一方的に切れた。
知らず、ため息が出た。
俺は実紗を愛していた。夜のオンナ用に盛っている髪型もメイクも、そんなセクシーな外見なのに時々見せる無邪気な笑顔も。べらぼうに我儘でもたまに見せる優しい顔も。一度もキスしたことも身体を重ねたこともなかったけれど、愛していた。愛していた。
「電話、終わった?」
静かにとーこが寄ってきた。
「ああ。」
俺の曇った顔を見て何かを察したのか、とーこが悲しそうな顔になった。
「何か、あった?」
「ああ。実紗と別れた。」
途端、堰を切ったようにとーこが泣き始めた。それにはびっくりした。
ライバルがいなくなったんだ。喜べばいい話じゃないか。俺は酔ってない時にも言った記憶がある。「今の彼女と別れたら、次は絶対お前を選ぶ」と。もし、まだとーこが俺を好きでいてくれているなら、この反応は不可解だった。
「さくや、大丈夫?」
しゃくりあげながら、、とーこは開口一番そう言った。
何のことか判らず黙っていると、とーこは泣きながら抱きついてきた。
「さくやが、幸せになればいいって、思ってたの。なのに、さくやの彼女は、ひどい。どうして?」
「タチ同士だから上手くいかねぇんだと。」
浮気の事は黙っとくことにした。だってとーこは、俺が幸せになれなかったから泣いている。これで浮気の事を言ってしまったら、罪悪感で消えてしまいかねない。
こんなに、人の幸せを祈っている人がいるんだってこと初めて知った。言葉ではそういうのは簡単だけれど、こんなに心から人の幸せを願えるんだって思い知った。
この前まで感情がこもらず、空を飛んでいた言葉が、今は心の底から悲しいと訴えている。
お陰で、俺は思ったより失恋の痛手が緩和された。
そして、今日と言う日をとーこと過ごしてみたくなった。
急いで、今日一緒に焼き肉を食べに行く予定になっていた、昔からお世話になっている人にメールをすると、向こうも今日予定がつかなくなったと返事がきた。
「とーこ。今日、一緒に過ごすべ。焼き肉食って、飲みに行こうぜ。いいだろ。」
「だって、さくやの予定は?」
「全部キャンセル。今日はとーこと居たいの。いいだろ。」
嫌とは言わせねー。
「とーこさ、聞いてくれるか?」
「うん。何?」
「俺、彼女と別れたけど、直ぐ次にお前と付き合うって出来ねぇ。ごめんな。それは気持ちの整理が出来て、ちゃんとお前に向き合えるようになってから、きちんと俺から言いたい。それでもいいか?」
「とーこはね、さくやが幸せならそれが一番だから。さくやが、決めて。」
「サンキューな。」
まだ目の赤いとーこはようやく少し笑ってくれた。




