2002年11月 SIDE SAKUYA
三日に洗濯物を持ってとーこの家に行って、とーこを連れてそのまま自分の部屋に帰って来た。明日は休みだ。一人で、あの家で眠れない夜を過ごしているとーこを思うと、連れてこずにはいられなかった。
とーこは洗濯物を干して、夕飯の準備をしてくれた。とーこの家に住んでた時の事を思い出す。あの時は満たされていた。世の中なんて何も信じられないと思っていた俺の心が癒されていくのが判った。
今日、とーこが来るにあたって、俺は部屋の中にある実紗の痕跡を全部消した。雑誌を全部裏向きにして、見えないようにした。
何故、そんな事をしたのか判らない。ただ、とーこに傷付いてほしくなかった。
とーこは俺の幸せを祈ってくれているのは判る。けど、とーこも俺の事を好いてくれているのも痛いほど伝わってくる。俺が好きな女の写真を飾っていたら、やっぱり良い気はしないだろう。だから、そんなことをしたんだと思う。
「さくや。ありがとう。」
「何が?」
「気を遣ってくれたんでしょう?」
「何をよ?」
「さくやの彼女の雑誌、全部裏向きになってる。」
そんなことはお見通しって訳か。
「お前、嫌だろ。」
「嫌じゃないよ。さくやの好きな人だもん。」
「嘘吐け。」
「そうだね、ちょっと嘘吐きました。」
とーこは悪戯っぽく笑った。
「でもね、今日、誘ってくれたのは嬉しかった。お誕生日を迎える瞬間、さくやと一緒にいられるから。」
「そういや、そうだな。」
「さくやって、何時に生まれたか知ってる?」
「はぁ?そんなコト、知っているヤツいんの?」
「とーこは九時九分に生まれたの。九にツイているんだ。」
「なんだそりゃ?」
「中学受験の時も四十九番で受かったし、おみくじも九番を引くとたいてい大吉だし、この間も宝くじ末尾九番で一万円当たったし。」
とーこは普通のように言ったけれど、その言葉の中にビックリする事実を見つけて突っ込む。
「ってか、お前中学受験してんの?」
「うん。」
「お嬢様?」
「違うよ。普通の家の娘。」
「普通の家の娘が中学受験しねぇって。」
「言わなきゃ良かった。」
「何でよ。スゲーじゃん。」
「家庭の事情はそんなに良くないけどね。」
そういえば、そうだった。その言い方は多くの物を抱えていそうで淋しげだった。もうあまり突っ込んではいけないような気がして、俺は話題を変えた。
「お前といると、癒される。」
「なに、急に?」
ビール三本飲んでいた。もう酔った勢いっていう言い訳が通用する範囲だろう。
「別々に住んでみて、判ったんだ。お前がいないと淋しい。」
すると、とーこはその真っ黒な瞳を揺らして、小さな声で「とーこも淋しいよ。」と言った。
「こっち来いよ。」
胡坐を広げてとーこの場所を作ってやる。
とーこははじめ、照れてその場を動かなかったけれど、腕を引いてやると俺の腕の中におさまった。
後ろから抱いてやると緊張しているのが判る。緊張を解くように首筋にキスを落とす。
「さくや。くすぐったよ。」
「くすぐってんの。」
不意に、携帯が鳴った。耳を澄ますと、ハッピーバースデーの曲だった。
「あ。」
とーこが腕の中から立ち上がる。
「さくや。お誕生日おめでとう。」
時計を見ると、十二時ちょうどだった。
さっきのハッピーバースデーの曲はとーこが携帯にアラームをかけていたんだと気付く。
「さくやが何が好きかあんまり判らなかったから、大したものが買えなかったんだけれど……。」
車に乗せた時にも、部屋に入れた時にもこんな包みを持ってたことに気付かなかった。とーこは俺に気付かせないように誕生日のプレゼントを持ってきてくれたんだ。その気遣いに心がふわってなる。
「これ、どうぞ。」
「お。サンキューな。」
開いてみると、俺の好きな魚眼レンズで撮ったヨークシャーテリアの写真が付いているマグカップと、同じデザインのピンバッジと、弁当を入れて持ち歩けるくらいのバッグだった。
「わ。めんこい。マジ嬉しい。」
「良かった。」
「来週から弁当、これに入れて持っていくわ。本当にサンキューな。」
「使っていただけて嬉しいです。」
とーこは俺以上に嬉しい顔をしていた。そっか、忘れてた。とーこは、俺が幸せなら幸せなんだった。こんな時に思い出す。
俺の誕生日は、とーこのこんな嬉しいサプライズから始まった。




