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俺たちの進む道には  作者: 風 桜月
2002年4月
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2002年4月 SIDE SAKUYA

 そのオンナは地味で黒髪で、俺の好みからは外れていた。でも……瞳だけは別で。大きくて何かを強く持ってるような瞳に俺は興味を持った。珍しい話だ。

 それに、一人で飲むより誰でもいいから傍にいてくれるほうが良い。どうせ今夜のことだって明日になったら忘れている。だったら、隣にいるのが、とんでもないブスでもない限り誰でも良かった。

 「とーこ」というオンナは地味で真面目そうで堅苦しかった。

 酒の席で俺をさん付けするのも、敬語を使うのも何とかして欲しい。それを言うととーこは困ったようにしていたが、酒が入ってしばらくしたらその堅苦しさは消えていた。

「とーこって本名?」

「うん。瞳に呼ぶって書いて瞳呼。さくやは?本名?」

「桜に夜で桜夜。」

「綺麗なお名前だね。」

 他愛もない話。きっと明日には忘れているようなそんな類の話ばかりをしていた。とーこが「彼女さん、美人って聞いてるよ。さくやは格好良いからお似合いだね。」そう言うまでは。

「美人なだけじゃダメなんだよ。」

 声が固くなるのがわかる。そういえば実紗とはもう一か月近く会ってなかった。そんなんで本当に付き合ってると言えるのか判らなくて、答えが出るのが怖くて、だから俺は毎日飲み歩いてる。現実を忘れたかった。

 そんな状況だから俺は、とーこ相手に実紗への愚痴を滔々と話しだしていた。彼女が夜の仕事をしていること。子持ちで男と生活したことがあるから、男相手の商売についていることが心配だってこと。べらぼうに我儘な性格。振り回されてる自分。

 酔うと話してしまって、でも相手に「お前が好きで付き合っているんだから仕方ない。」って言われて玉砕するいつもの愚痴。

 次々と口をついて出てしまう愚痴にとーこは一度も嫌な顔をしなかった。

 それどころか「さくやは大変なんだね。」そう言われて、初めて他人にそんな言葉をもらって、俺はビックリした。

 酔ってるから時間なんて判らないけれど、俺がしゃべっていた話は相当長かったと思う。鬱憤が溜まってたから、それは確かだ。その話を嫌な顔一つせず聞いて、おまけに俺のことを労わってくれた。

 そんな人間、初めて見た。

「付き合ってるから仕方ないとか思わねぇの?」

 正直に、聞いてみる。

「だって、お付き合いしていてもお互いを思いやるのが大切なんじゃない?さくやは自分ばっかり我慢してるよ。大変なんだね。」

「そんなこと言ったの、お前が初めてだ。」

「そうなの?」

「大抵、好きで付き合っているんだから仕方ないって思うだろ。」

「好きで付き合っていても、大変なことはいっぱいあるよ。そう、思う。」

 俺はどんな顔をしてとーこと向き合って良いのか判らなくなった。ってか、正直、このオンナを抱きしめたいと思った。抱きしめたとしても酔った勢いだったで済まされる位、酔っていたから、本当はそうしても良かったんだけど、その代わりにケツを少し上げてとーこのすぐ隣に座りなおした。

「お前、いいやつだな。」

「そう?」

 言って肩を抱いてみる。別に嫌がられなかった。とーこの肩は俺の彼女よりなで肩で細くて頼りなかった。

「おい、桜夜。手ぇ出すんじゃねぇぞ。瞳呼は純粋なんだからな。」

 カウンターの向こうから先輩が声を大にして言ってきたが聞こえないふりをする。

 俺の金で飲んでるんだ。指図される筋合いはない。

「お前、細いな。食べてんの?」

「細くないし。」

「肩とかカリカリだろうに。」

「そうかな?」

「そう。」

「さくやはしっかりしてるよね。細いのに。」

「俺、肩幅だけはあるから。」

「肩幅だけなんかじゃないよ。格好良いし、声も素敵だし。」

「だべ。」

 褒め言葉は笑って流すことにしていた。悪いが「格好良い」なんて言われ慣れてる。

「それに、優しいよね。」

 急に、また言われなれない言葉。視界がぐらりと揺れる。

「優しくねぇし。」

「優しいよ。さっきだってトレー片付けてくれた。」

「普通。」

 あの時はとーこの肩からバッグが落ちそうになっていたから、トレーを片付けただけ。そんな普通のことさえとーこは「優しい」と思うんだ。

「さくやって、照れ屋さん?」

 悪戯っぽく笑ったこのオンナの、説明できない魅力を俺は確かに感じていた。

 はじめは地味で明日には名前すら忘れてそうなオンナだと思ったのに。

「どうかな?」

 チャームで出てきたお菓子をくわえてとーこの方に向き直ると「ん。」ポッキーゲームのように逆の端を食べるようにとーこを促す。

 戸惑うとーこの肩を少し強引に引き寄せ控えめにお菓子に食いついて来たところを、俺は逃さなかった。

 初めてのキスはしょっぱいお菓子の味がした。

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