2002年9月 SIDE TOOKO
さくやの引っ越しまであと二日。四か月一緒に住んだ間、当然さくやの物がこの部屋にも増えた。例えばコップだったりタオルだったり。それらをどう処分してよいのか判らない。
一人で住むには広すぎるこの部屋もどうしてよいのか判らない。あたしには実家と呼べる場所がない。ママと暮らしていた部屋は父親から逃げるために借りていただけで、ママはもう違う場所に住んでいる。もうちょっと狭い部屋を探そうかな。
ここでさくやとした色んなことを思い出す。例えばさくやの髪を銀髪に染めた事。黒髪からいきなり銀髪には染まらないから、散々ブリーチかけて金髪にしてから銀髪に染めた。さくやの勤めている会社はお仕事さえできれば外見は気にしないってとこだったから出来た。のちに斗亜さんが真似して銀髪にしたっけ。色の白いさくやには銀髪は良く似合った。あたしは、髪を染めるのが上手いという特技を発見したんだった。
夕食のお買い物をしてお家についたら、さくやが先に帰っていた。
「ただいま。」
「おかえり。」
このやり取りもあと、一回。そう思うと淋しくなってきた。
「今日はハンバーグだよ。」
「やりぃ。」
「ちょっと待っててね。」
一人で暮らすようになったら、あたしは自分の為に料理なんてするんだろうか。手を洗いながら考える。今まではさくやが食べてくれたから、さくやが喜んでくれたから作ってた。その作り甲斐が無くなったらどうしたらいいんだろう。
ハンバーグと、野菜が嫌いなさくやの為に、それだけは食べてもいいって言ってたポテトとコーンとをお皿に盛ってテーブルに持っていく。もちろんビールも忘れずに。
「うっまそう。」
「いっせーのーで、いただきます。」
二人でいただきますをして、あたしはその後必ず「ありがとうございます。」と言う。さくやとご飯を一緒に食べさせてくれてありがとうございますと思うから。大切な時間は砂のように手のひらからするすると零れ落ちて、あっという間に過ぎてしまう。
ご飯が終わった頃にさくやの携帯が鳴った。着信音は彼女からものだった。
「ちょっと、わりぃ。」
さくやはメゾネットの階段の扉を開いて階段を下りて下の階で電話を取った。あたしは片付けながらまた出かけるのかなと考えていた。さくやはまだビールを二本しか飲んでいない。少し酔っている程度だから出かけるのは訳ないはずだ。しばらくして、さくやが階段を上ってきた。
「お出かけするの?」
「あ、いや。」
「そう。」
そのままさくやはソファに座ってビールを飲み始めた。テレビはついていたけれど、何かを考えている様子だった。
「さくや。先、お風呂どうぞ。」
「ああ。ありがとう。」
上の空で、準備をしてお風呂に入って行った。
彼女との電話で何かあったのかな。さくやがあんな風になるなんて、よっぽど影響力があることを言われたんだ。大丈夫かな。
早々にお風呂からあがってきたさくやは、まだ考え事をしている様子だった。
きっと、何を聞いても話してはくれなさそうだから、あたしもお風呂に入ってさくやの隣でテレビを見ることにした。
すると、さくやの方から、熱いキスが降ってきた。
このお家に住みだしてから、珍しいことではなかった。さくやからキスが降ってきてそのまま身体を重ねることはよくある事だった。
でも今日のキスはいつもと違う。濃厚で熱い。唇から首筋に。胸元まで降ってきて、手は身体のいたるところを触っていた。このままソファでは身体を重ねるには狭いから、メゾネットの下の階でお布団を敷くしかない。
「お前が欲しい。」
「さくや。下に行こうよ。」
冷静に言ってるけれど、あたしもさくやの求めに溶けてしまいそうだった。
お布団を敷いている間もさくやのキスは止まらない。
お布団を敷き終わるのと同時に組み敷かれた。
着ていた部屋着を強引に脱がされる。身体中にキスが降ってくる。
さくやが、何か囁きながらキスをしていることに気付いて、耳を澄ます。すると耳元を通る時「実紗」と言っているのを聞いてしまった。
途端、涙が出た。
確かに、さくやはあの電話から、ビールを浴びるように飲んで酔っていた。だからってオンナの名前を間違う?あたしは彼女の代わりなの?
暗い部屋だからさくやに判らないように、しゃくりあげないように、静かに泣いた。
不意に頬に触ったさくやが「お前、なんで泣いてる?」と聞いてきた。
「何でもない。ただ、淋しいの。」
「泣きながら抱かれるなよ。」
「ごめんね。」
さくやは最後まで自分がオンナの名前を間違ったことに気付いてなかった。




