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俺たちの進む道には  作者: 風 桜月
2002年4月
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2002年4月 SIDE TOOKO

「彼女、いるんだ。ソイツ。」

「なのに、何でですか?」

 ボーイッシュな女の子を紹介してくれると言った斗亜さんの言葉は、半分信じていなかった。けれど、本気で紹介してくれるらしい。

「ソイツの彼女、夜のオンナで、我儘で振り回されてるんだと。俺の後輩なんだけどな。遊びまくってるの。で、今はこの世界のことをあまり知らない友達が欲しいらしい。」

 ……「友達」かぁ。あたしは本気になれる人を紹介してもらいたかったんだけれどな。

 でも、その人からまた誰かを紹介してもらえるかもしれないし、確かにあたしも友達が欲しかった。

「判りました。」

 斗亜さんはにやっと笑って「大丈夫。悪いことはさせねぇから。」そう、言い切った。このお店に通うようになってから日は浅いけれど、あたしがかぶっている猫のせいか、それとも年齢より明らかに幼く見える外見のせいか、斗亜さんはあたしを妹のように可愛がってくれていた。

「で、明日なんだけど。瞳呼、暇?」

 突然の展開に焦る。

「ソイツと、もう一人彼女探してる女の子が会う予定なんだけど、瞳呼も来るか?」

 でも、時間を置いたところで状況が変わるわけじゃないから、あたしはゆるく頷いた。

「じゃ、電話するわ。アイツ絶対酔って忘れてるだろうから。」


「さくやさん」と電話で話した内容なんて、ほとんど覚えてない。ただ、最初の言葉だけが頭の中をグルグル回る。

「髪の色、何色?」

「初めまして。」でも「こんばんは。」でもなく言われたその一言に、あたしはどう答えていいのか判らなかった。あたし好みのハスキーでセクシーな声に腰が抜けそうだった。

 あたし、「さくやさん」に嫌われたくない。

 たった数分、それも電話で会話しただけなのに、そう思った。

「じゃあ、明日八時にロビ地下な。」

 お店を出るとき、念を押すように斗亜さんにそう言われた。

「はい。ご馳走様でした。」

 終電に間に合うようにあたしは早足で駅に向かう。まだ眠らない街のきらめくネオンや喧噪に、本当は家に帰りたくないあたしはいつもだったら誘惑に負けそうになる。

 でも、今日は帰らなきゃ。

 帰って「さくやさん」に会う明日の準備しなきゃ。

 変なの。ただ、友達を作りたいって人に会うだけなのに。

 胸のドキドキが止まらなかった。


 仕事中も夜の事ばかり考えて、複雑なお仕事が手につかない。あたしは集中できないのを今晩の事のせいってことにして、諦めて単純なお仕事に切り替えた。何だろうこの気持ち。たった数分電話で話した人に逢うってだけなのに。定時になるのももどかしいくらい。

 急いでタイムカードを切るとあたしは家に帰って今日も夜のオンナに見えないように、でも少しだけスパイスの効いた格好で夜の街に出かけた。


 もうすぐここに「さくやさん」が来る。

「今日の瞳呼、大人っぽいな。」

「そうですか?」

 確かにいつもより、頑張った服装をしてきた。

「緊張してる?」

 斗亜さんが悪戯っぽく聞いてきた。

「はい。紹介していただくなんて初めてなんで。」

 そんなの、嘘。昨日の電話での数分の会話だけでドキドキしているなんて斗亜さんには言えない。

「大丈夫。桜夜は慣れてるから。」

 ……慣れているんだ。きっと頑張ったけど「夜のオンナ」には見えない地味なあたしなんて好みじゃないだろう。斗亜さんが先輩で逆らえないから、今日はきっと逢ってくれる。けど、多分それっきり。そんな予感がした。

 突如、斗亜さんの携帯が鳴って、あたしはちょっと身を固くする。「お断り」の電話だったらどうしよう。そもそも「さくやさん」は今日、職場の飲み会の後にここに来るんだと斗亜さんが言っていた。その飲み会から抜けられなかったらOUTだ。

「瞳呼ぉ。今日さ、もう一人の女の子が来るって言ってたじゃん。その子キャンセルだって。」

 携帯をしまいながら言う斗亜さんにあたしはどんな顔をしたら良いのか判らなかった。

 もし、その女の子が来ていたら「さくやさん」は彼女のことをお友達にしたがるかもしれない。でもキャンセルなら……逢うのはあたしとだけ。

 もしかしたらお友達になれるかもしれない。

「もっと緊張しちゃった?」

 心配そうに聞いてくる斗亜さんに「はい」あたしは曖昧な返事しか出来なかった。


「お、来た来た。」

 斗亜さんの視線の先を辿って、あたしは固まった。

 格好良い。それが第一印象。

 「さくやさん」は鋭い視線で周囲を威嚇するように見つめ、誰も信じないと顔に書いてあるんじゃないかと思うくらい神経張りつめてるように見えた。

「おう、桜夜。酔ってんな?」

「飲み会抜けだしてきたんすよ。」

 斗亜さんには笑顔を見せたけれど、その笑顔だって心からのものとはとても思えない。

「何、固まってんだよ、瞳呼。」

 正面切って「さくやさん」を見れなくて助けを求めるように斗亜さんを見つめたあたしににやりと笑って。

「ほれ、桜夜。瞳呼だ。言ったろ?可愛い系だって。」

 すると「さくやさん」は値踏みするようにあたしを上から下まで見て「どーも。」あのハスキーでセクシーな声で一言、挨拶を投げてよこした。

「瞳呼。固まってないで行くぞ。こいつが桜夜。昨日、電話したろ?」

 紹介しながら斗亜さんと「さくやさん」は連れだって歩き出す。あたしはどこに向かうのか聞かされてなかったけれど、後れを取らないように二人の後ろを歩きながら「こんばんは。」小さく挨拶した。


 ファストフード店の店内は狭くて喫煙ゾーンはタバコ臭い。

「食べてきたんすよね。」

 そう言ったさくやさんとお腹が空いていた斗亜さんの欲求を両方満たせる場所がここしかなくて、あたしたちは一メートルもない距離で向き合ってた。

 バーガーをかじる斗亜さんとブラックコーヒーを飲みながら、タバコを吸うさくやさんの会話が続いて、時折同意を求められて相槌を打つ以外、あたしはずっと黙っていた。

 本当はここで面白い話でも出来たら良かったのかもしれない。それともさくやさんが興味のありそうな話を振れたら、あたしも楽しく会話に交じれたのかもしれない。

 けれど、そんな技術も話術もなくて、でも二人の会話を聞いてるのはあたしにとっては楽しかった。


「じゃ、行くか。」

 三十分くらい居ただろうか。斗亜さんが席を立ったのであたしは机の上のゴミたちをトレーに乗せて捨てに行こうとした。瞬間、トレーがあたしの手から離れる。

 何事もなかったかのように、さくやさんがあたしの手からトレーを取り上げて、ゴミを捨ててくれていた。

「優しいんですね。」

「普通。」

 あたしのことなんて一瞥もせずにさくやさんはさっきみたいに斗亜さんの横に並んで歩き出した。

 その口調は、ちょっと怒ってるように聞こえて、あたしは途端不安になる。

 先輩の紹介だから仕方なく来たけれど、あたしが好みじゃないから機嫌が悪いんだろうか。職場の飲み会を抜け出してまで来て、時間を取ったのに好みじゃないオンナの相手をしなくちゃならないから怒ってるのかもしれない。

 怖くなって立ち尽くしていると、斗亜さんが振り向いて。

「どうした?瞳呼?」

 足を止めてくれる。一緒に足を止めて振り返ったさくやさんの眼光は相変わらず鋭かったけれど、怒ってる様子はなかった。あたしはそのことに安心して「何でもないです。」急いで二人の後ろを歩き出す。


 土曜日の『FIVE』は昨日より忙しいのかと思ったら、今日は落ち着いていた。けれど、いつきさん一人でお店を回すには大変な状況。斗亜さんはお店についた途端、接客に追われることになる。さくやさんとあたしはあらかじめ用意しておいてもらったであろう端のテーブル席に押し込まれ、二人きりにされてしまった。

「何、飲む?」

 ジャケットを脱いで椅子に腰かけると組んだ足の上に肘を乗せて、さくやさんはぶっきらぼうにあたしに聞いてきた。

「えっと、カシオレ、薄めで。」

「先輩。カシオレ薄めと、ビールで。」

 あたしもジャケットを脱いで、さくやさんの隣に座る。このテーブル席には場所の都合上正面に座るという選択肢はなかった。あたしはお店の喧噪の中でもさくやさんの声が届くギリギリの距離をはかって自分の居場所を決めた。

「あんま、飲めないの?」

「はい。」

「明日仕事とか?」

「いえ、あんまり強くないんです。」

「本当に、髪、黒いんだな。」

 突如変わった話題に、付いていけなくなる。それが、昨日電話で話した内容だと気付くまでに数秒かかって、ようやく「職場、厳しいんですよ。」返事が出来た。

「大人になってまで髪の色とかグチャグチャ言われるの、ウザくね?」

 同じことを思ってたから嬉しくなって、あたしはクスクス笑いながら「さくやさんっておもしろいですね。」言うと。

「その、さん付け止めろよ。」

「でも……。」

「敬語も。なんか堅苦しい。」

 無理難題を言ってくる。

「はい。カシオレ超薄めと、ビール。桜夜、飲みすぎないのよ?」

 テーブルに飲み物を運んできてくれたいつきさんを、助けを求めるように見つめると、彼女は笑いながら「桜夜、あんまり瞳呼をいじめないでね。純粋なんだから。」言い置いて仕事に戻ってしまった。

「年上、ですよね?

「かんけーなくね?ここ職場じゃねーし。」

「んと、じゃあ、慣れるように頑張りま……頑張る。」

「ん。」

 さくやさんは満足そうに笑った。

 さっきまで、こんな優しい顔をして笑う人だなんて思ってもいなかった。周り全てが敵って顔に書いてあるんじゃないかってくらい神経張りつめて、斗亜さん相手に笑顔を見せた時だって瞳の奥は笑ってなかった。

 なのに、今、優しい顔をして笑った。

 それだけの事なのに、ときめいてしまう。

 駄目だ。あたし、さくやさんに惚れそうだ。


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