2002年7月 SIDE SAKUYA
黒のタンクトップに黒のデニム。いくら黒ったって葬式にその姿はないだろ。喉まで出かけた言葉を何とか飲み込む。実紗はこの後仕事がある。着替えずに行かなければならないとしたら、これが限界なスタイルなのだろう。
「桜夜、おそ~い。」
しかも、今日に限って機嫌がMAXに良い。このオンナにTPOってやつを教えてやりたい。
「悪かった。行くぞ。」
「なぁに?機嫌悪いのぉ?」
「いや。ただ、こんな日に明るくしてられないだろ。」
「いつきさん、可哀想だよね。」
やっと思い出したように、声が沈む。
「だって、一緒にご飯食べてたんでしょ?そんな時に倒れて救急車呼んだなんて、私だったら耐えられない。」
その情景が目に浮かぶ。先輩が急に倒れる、いつきさんはその時、何を思ったろう。救急車に同乗するときどんなことを考えただろう。
斎場に着いたら、とーこがいた。無事着いていたことにホッとする。実紗といるのに、とーこのことを考えるなんて変だけれど、今のとーこは放っておけなかった。
葬式が始まって、お経やらお焼香やらの後、先輩のこれまでの人生を振り返った話があった。最後の方で亡くなった経緯を「斗亜は親友とご飯を食べている時に突然倒れ……。」と説明していた。ああ、そうか。先輩はいつきさんと長い付き合いだった。でも「彼女」とは言ってもらえないんだ。それじゃあ、世間体が悪いから、か。
最後のお別れで献花させてもらえるということで、お棺が開けられた。
先輩に良く似合っていた銀髪は帽子のようなもので隠され、女の子のような服を着せられていた。先輩、これで満足か。世間体でがんじがらめにされて、最後はこんな格好をさせられて、きっと「うぜぇ」って言っているに決まっている。そう思ったら涙が出てきた。
お棺が閉められて、先輩はきっと不本意な格好のまま出棺していった。お骨が帰ってきてからお経をあげるのを待とうと俺たちは斎場に残った。
さっきから、実紗の携帯が頻繁に鳴っている。式の最中はマナーモードにしていたけれど、出棺した途端、実紗も返信を始めた。
「桜夜、送って。」
「先輩を待たないのかよ。」
「仕事なんだから仕方ないでしょう?」
仕事と言われてしまえば反論は出来ない。斎場前に停めた車に先に実紗を乗せて、とーこの鞄から必要そうなものを取り出すと「先輩が帰ってくるまでまでには戻ってくるから。」と告げて、車を出した。
「店でいいのか?」
「ううん。ロビ前。」
「ここからの行き方判らないから、ナビよろしく。」
実紗は、男に運転させ慣れている。とーこのように右を差して「左」と指示したりしない。
「その恰好、寒くねぇの?」
「やだ、桜夜。嫉妬してる。」
「違うって。」
「じゃあ、嫉妬してよ。」
「どっちだよ。」
実紗との会話は時々どうしたら良いのか判らない。
「ああ嫉妬してるよ。俺のオンナをやらしい目で見る男どもに。」
「仕方ないじゃん。それが仕事だもん。」
「いつまで、そんな仕事続けるんだよ。」
「判らない。ずっと続けられる仕事じゃないって判ってるんだけど、私はこれしか出来ないし、事務とか座ってる仕事とか向いてないし、それに、お金になるし。」
金の事になると、何も言えなかった。俺の稼ぎでは実紗を養ってやれない。今だって実紗の方が稼いでいると思う。そこがオトコとオンナの違いだ。オンナでは夜働きでもしない限り収入に限界がある。俺だって無理して働けば実紗を養えないことはない。ただ、借金をいくつか抱えている。だから、実紗の仕事について文句が言えない。
「次、右であと真っ直ぐ。帰り方、判る?」
「勘で帰るさ。住所は判ってんだし。」
「桜夜。」
「ん?」
「桜夜はいなくならないでしょう?」
赤信号の隙に助手席を見たら、実紗の目が赤かった。
「馬鹿な事考えんな。俺は大丈夫だから。」
頭を撫でてやって車を発進させる。
「ここでいい。」
言われた場所で車を停めて、もう一度実紗を見ると不安げに瞳を揺らしていた。
「俺を信じろよ。」
「私のいないところに、行っちゃわないでね。」
もう一度、頭を撫でてやると、安心したように息をついて、実紗は職場に向かって車のドアを開いて出て行った。
意味深なことを言われたな。
実紗の言ったことは、先輩のように死ぬなって事なのか、それともとーこのところに行くなって事なのか。
考えながら走っていたら、斎場まで奇跡的に一発で着いた。車から降りる時、ちょうど先輩のお骨が戻って来ていて、これからお経をあげるところだった。
とーこはいつきさんと『FIVE』の顔なじみとこの時間を過ごしていたらしい。
誰にも気づかれないようにとーこに近付いて、当面必要ないものを鞄にしまってもらう。とーこも手慣れたもので、声も出さず、態度にも出さず、黙々と鞄を開けて荷物をしまった。
先輩は小さい白い箱になって帰ってきた。
お経を聞いている間、先輩との日々を思い出していた。最初に知り合ったのは中学時代。あの人はソフトボール部のキャッチャーだった。何がきっかけで知り合ったか、確かソフト部の別の先輩と仲が良かったんだ。それで交流があった気がする。
次に逢ったのは、大人になってから、イベントでだ。何だか見覚えのある人がいるなと思って近づいた。中学の名前を言ったら向こうも俺を覚えていて、意気投合した。何度も一緒に飲んだ。オンナも口説いた。先輩の店に何回も行った。明るくて面倒見が良くて、楽しくて責任感の強い、面白い人だった。
お経を読み終わって、お骨を親族が持って散会となった時。親族の一部の人がいつきさんに近付いてきた。そして、喉仏が入っている方の小さなお骨入れをいつきさんに渡して「もうこれで、斗亜の事は忘れてください。」と言った。
俺の中の小さなマグマは爆発した。銀髪を隠されオンナみたいな格好をさせられただけでも不本意だったろうに、彼女のいつきさんに「忘れてください」だと?性同一性障害の先輩が男としていつきさんを守り、愛し、慈しみ、生活してきた日々を、この小さなお骨で全て忘れろだと?
今にも掴みかかりそうな顔をしていたのだろう。いつきさんに「桜夜。もういいの。」と、止められた。
「けど……。」
「本当はお葬式にも出られなかったかもしれなかったんだから、最後に斗亜の顔を見られただけで満足。」
「いつきさん。」
「それに、これがあれば、いつでも斗亜を思い出せるでしょう?」
小さくなってしまった先輩を手の中で大切そうに包んでいつきさんが言う。
「桜夜。これ、渡そうと思ってたの。」
それは、先輩がタバコを吸うときいつも使っていたZIPPOだった。限定品でシリアルナンバーが入っている。
「もらえません。いつきさんが大切にしてくださいよ。」
「これ、私とお揃いなの。桜夜が持ってってくれたら、心強い。」
「判りました。大切にします。」
使い古したZIPPOは先輩の姿のようだった。
「帰るね。」
いつきさんは『FIVE』の客の何人かとタクシーに乗り合わせて帰ってしまった。
結局残ったのはとーこと俺だけで、俺が目で合図するととーこが静かに寄ってきた。
「帰ろうぜ。」
「うん。」
静かに車を発進させて、俺たちの家に向かった。
「きっと先輩の事だから、自分が死んだなんて判ってなくて、タバコ吸いながら俺たちを見て『意味判んねぇ』って言ってそうだな。」
「そうだね。」
あの人の事だ。ある日どこかからひょっこり現れてもおかしくない。
「いつきさん。」
「ん?」
「いつきさんは、どんな気持ちだったんだろう?」
それは、俺も知りたい。
自分の為に昼も夜も働いて、自分を守り抜いて死んでった恋人。その人がいなくなった時、どう思うんだろう。
いつきさんがあまりにも憔悴してたから聞けなかった。
いや、こんなこと、聞けるはずもない。酷すぎる。
「聞けねぇよ。」
「うん。」
とーこもそれは判っているようだった。
「先輩はあれで、満足だったんだべか?」
「お葬式?」
「銀髪隠されて、オンナみたいな格好させられて、俺だったら嫌だ。」
「仕方ないよ。親族にとっては、斗亜さんは女の子だもん。」
「仕方ないで済まされることか?」
「済まされないけど、生きている間、きっと親族の反対を押し切って男として生きてきたんだろうから、お葬式くらい親族の思い通りにしたかったんだよ。」
「そんなもんかね。」
「世間体ってやつじゃない?」
「嫌いな言葉だ。」
「とーこも。」
「もし、俺が死んだら、世間体なんて気にしないで自由に葬式あげて欲しい。」
「何でとーこに言うの?」
「お前なら叶えてくれそうだから。」
「長く一緒にいるみたいな言い方だね。」
言われてみて気付いた。葬式の話なんて、長く一緒にいると決めたオンナにすれば良い。なんでとーこに話したのかよく判らない。きっと雰囲気だ。葬式に出たから、自分の葬式について話しておきたかったんだ。そう、自分に言い聞かせた。




