表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺たちの進む道には  作者: 風 桜月
2002年7月
55/92

2002年7月 SIDE SAKUYA

 ぶっ殺す。自分よりも弱いものを傷付ける行為が気に入らねぇ。

 とーこの傷は酷いものだった。右半身のほとんどがどす黒くなって湿布を貼るという行為すら痛そうだった。

 なのに、とーこは心配をかけまいとしているのか、一度も痛いと言わなかった。

 日曜日を挟んで月曜日、とーこはいつも通り通勤する準備をしていた。

「一人で行けんのか?」

「大丈夫。」

「何かあったら、すぐメールしろ。」

「ありがとう。」

 とーこより先に出勤しなければならないから、心配だったけど先に家を出た。

 今日は仕事を抜けさせてもらって病院に行くと言っていた。怪我の状態が見た目ほど酷くないといい。仕事には身が入らなかった。

 実紗と逢えて有頂天で、甥っ子の百日で楽しくて、これだ。実紗に隠れてとーこと住んでいるのが悪いのか。それで天罰が下ったのか。だとしたら、俺に下ればいい。とーこは何も悪くないのだから。

 ヨーキーのキーホルダーが付いている鍵で家の鍵を開けて、今日も家に帰ってきた。とーこが帰ってくる前に洗濯でも済ませておくか。

 しばらくして、玄関の方で音がして、とーこが帰ってきた。その顔は、暗い。

「ただいま。」

「どうした?」

「あのね、とーこPTSDなんだって。」

「なんだそりゃ?」

 PTSDってどこかで聞いたことがある。確かテレビの中でだ。

「今日ね、整形外科に行ったの。そしたら、三時間くらい待たされたのね。」

 話が長くなりそうだったから、とーこの肩から荷物を取り上げて、ソファーに座らせる。

「それで?」

「そして、診察してもらったら、痛くもなんともないのに自然に涙が出て止まらなかったの。そしたら整形外科の先生が、心療内科に行きなさいって紹介状を書いてくれて、すぐに行った方がいいって言うから、お仕事半休もらって、紹介された心療内科に行ってきたの。」

 話が不穏な方向に行っているのが判る。

「心療内科の先生と色々話したら、とーこPTSDなんだって。」

 要するに、心に傷がついたって事だ。

「お前、強がりすぎなんだよ。大丈夫、大丈夫って言って、全然大丈夫じゃないだろうに。」

「大丈夫だもん。」

「違うだろ、とーこ。」

 とーこはビックリしたように俺の目を見て、途端ボロボロと泣き始めた。

「どうしてぇ。」

 打撲したとこが出来るだけ痛まないように、抱き締めてやる。

 俺はとーこの事を名前で呼ぶことがない。とーこはそれを望んでいることを俺は知ってる。だから特別な時は名前で呼んでやる。そうすれば素直になるって知っててやってる。

「どうして、優しくするの?」

 しゃくりあげながら、とーこが腕の中で聞いてくる。

「今、とーこに足りないものだから。」

 ひとしきり泣いて、渡してやったBOXティッシュで鼻をかむと、とーこは落ち着いたようだった。

「しばらく、お仕事休んだ方が良いんだって。診断書もらってきた。」

「せめて、傷が治るくらいまではゆっくりしろよ。」

「本当は、平気なのにね。」

「また、強がる。」

 とーこは、自分の置かれた状況をいまいち正確に理解していない様子だった。

「あのね、天罰が下ったんだと思う。」

「天罰?」

 さっき、俺も同じことを思っていたから、思わず聞き返してしまった。

「たけるさんのお店で、さくやが来る前に、さくやの彼女と逢ったの。」

 それは初耳だった。でも確かに、先輩に連れられて店に入った時、店の中には実紗といつきさんととーこがいた。

「浮気とか絶対に許せないって、言われちゃった。とーこはさくやと浮気しているつもりなんてまるでないのに、さくやの彼女にとっては、浮気に見えるかもしれないね。そりゃそうだよね。同じ家に住んで、チュウもするし、それ以上の事もするし……。でもね、さくや。とーこはさくやが幸せだったら今でも彼女と幸せになって欲しいって思ってる。けど、彼女にとって浮気に見えたのなら天罰だよね。」

 俺がいない間にそんなことがあったのか。実紗は容赦がない。とーこが実紗の攻撃に耐えていた姿が目に浮かぶ。俺もとーことの事は浮気だなんて思っていない。実紗は愛している。でも、とーこは愛おしいんだ。どう違うか聞かれたら判らないけれど、両方とも失いたくない。勝手と言われれば、そうだと答えるしかない。特にとーこには酷いことをしている。判っている。ただ、手放せない。

「天罰なんかじゃねぇよ。」

「だって……。」

「浮気なんかしてないだろ。お前は本気じゃねぇの?」

「そうだけど、でも、さくやが幸せなのが一番いい。」

「都合のいいオンナになるな。」

「なってないよ。」

「なってる。」

「なってないってば。」

 とーこは自分の置かれている立場をちゃんと理解してないんだ。俺は、帰る場所がないからここに帰ってくる。家賃も生活費も請求されないからここにいる。淋しいからとーこを抱くし、一緒に寝る。でも、もし実紗が一緒に生活しようと言ったらここを出ていくと思う。そのくらいこの関係は脆いものだって、とーこは本当に理解しているんだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ