2002年5月 SIDE TOOKO
あたしは悪い子供だと思う。
でも、さくやを屋根のあるお家で寝かせてあげるためにはこの方法しか思いつかない。
あたしは、ママに月に二万円ずつ生活費を入れていた。そして、それをママが使っていないことを知っていた。今まで貯めてきたその生活費があれば敷金、礼金が払える。
ママ、ごめんなさい。
あたしは土曜日に珍しく自分からさくやを呼び出した。
「お家を借りようと思うの。」
「一人暮らしすんの?」
「正確には、一人暮らし半。」
「はぁ?」
「とーこね、考えたんだけど、さくやには屋根のあるところで寝て欲しい。」
「俺、家賃払えねぇもん。」
「それで、良いの。家賃はとーこが払う。さくやは帰ってきてくれればいいの。」
「何だそれ。」
「だから、お部屋探し、手伝って。」
やや強引に不動産屋にさくやを連れて行った。
条件は、ペットが飼えて、お風呂とトイレが別々なところ。ママと離れて暮らすようになったらひよりちゃんを引き取らなきゃならなくなるかもしれないし、お風呂にはゆっくり入りたい。場所はさくやの職場とあたしの職場の中間点を探してもらった。すると、案外すんなり条件に合ったメゾネットの物件が見つかった。保証人がいなくても契約が出来るということで、その日のうちに契約書にハンコを押した。
引っ越しはレンタカーを借りてさくやとあたしだけで荷物を運ぶことにした。荷物と言ってもそんなに大きなものはない。
「お前、こういう時、迷わないのな。」
「迷惑だった?」
「いや。」
「押しつけがましいと思っているんでしょう?」
「いや。」
「じゃあ、何?」
「すげぇなって。」
「すごいかな?」
「だって、いつか帰ってこなくなるかもしれない奴のためにここまで出来るか、普通。」
「いいの。さくやが、もし帰って来なくなったとしても、思い出は残るでしょう?」
「俺、お前、尊敬するわ。」
「尊敬されるようなことは何もしてないよ。とーこが勝手にしただけ。」
最寄りの駅でさくやと別れて、茶封筒に入っているさくやと暮らす証を大切に何回も見直す。一日でも長くさくやがここに帰って来てくれると良い。
ママ、ごめんなさい。生活費は全部使ってしまうけれど、今、大切なのはさくやなの。
数日たって、明日、敷金を入金しに行くって日にさくやから電話がかかってきた。
「札幌の夜間救急病院知っているか?」
「調べるけど、さくや、何かあったの?」
「実紗が熱を出した。」
実紗が、と言われて心にとげが刺さった。けれど、そのとげに気が付かないふりをした。
「住所とかも知りたいだろうから、調べたらメールするね。直ぐ調べるからちょっと待ってて。」
「悪いな。」
「ううん。電話してくれてありがとう。」
急いで、市が出してる広報誌を出してきて夜間救急センターの住所と電話番号をメールした。すると、しばらくして返信があった。
『調べてくれてありがとう。実紗が明日、こっちに引っ越してくる。また連絡する。』
なんてタイミングなんだろう。どっかで見ているんじゃないだろうか。さくやの彼女が近所に引っ越して来たら、さくやはどうするんだろう。彼女と一緒に住むんだろうか?
それでも、後戻りは出来ない。あたしはさくやの帰ってくる場所を作るために明日、敷金を払いに行く。後悔は、しない。
次の日、敷金の領収書をもらって、入居日を六月一日と決めて、さくやにメールした。
『忙しくなるな。』
『さくやは、帰って来てくれる?』
『そのための家なんだろ。』
さくやが「部屋」ではなく「家」と表現してくれたことが嬉しくてならなかった。そして、そこに帰って来てくれる気でいることも。彼女の部屋ではなくあたしの家を選んでくれたことが幸せだった。
不動産屋から鍵をもらった時、合鍵を一つ作って、さくやの好きなヨークシャテリアのキーホルダーをつけた。次に逢うときに渡そう。その時、ふと思った。「次」はあるんだろうか。さくやは気まぐれだ。彼女が近所に引っ越してきた今、あたしのお家に帰って来てくれる保証はない。メールではああ言ってくれたけれど、不安でならなかった。
この気持ちを相談する相手も今となってはいない。全部自分で決めた事なんだから。
入居日の前に電気やガスや水道を全部自分で立ち合って通した。軽くお掃除もして、後は家具が入るのを待つだけになった。レンタカーも予約して、さくやにメールする。
『さくや。六月一日にレンタカー予約したから、引っ越しお願いします。』
『おう。何時?』
幸い六月一日は土曜日だった。さくやもあたしも仕事がお休みだから何時からでも始められる。
『さくやの都合のいい時間でお願いします。』
『じゃあ、十時な。ロータリーまで行くから、家、案内しろ。』
『了解。ありがとう。』
最近、逢っていないな。さくや、元気かな。彼女と逢っているのかな。そこまで考えて自分が嫌なオンナになっていることに気が付いた。違う。さくやが幸せだったらそれでいいはずなんだ。彼女と逢っててさくやが幸せなら、あたしも幸せなはずなんだ。




