2002年5月 SIDE SAKUYA
実紗から、何の連絡もない。淋しいから俺はとーこをよく使った。映画のタダ券があると言われれば苦手な昼でも出かけたし、夜もよく誘ってはドライブに出掛けた。先輩の店に行って飲めないのは厄介だったが、車の中で他愛のない話をしながら飲むのも悪くなかった。
「先輩の彼女いんだろ?」
「いつきさん?」
「あのオンナ、初めは俺狙いだったの。」
「そうなの?」
初めて、イベントってやつに行ったとき、俺は有頂天だった。
俺の周りには、敵になりそうなタチはいなかったし、オンナはよりどりみどりだったから。
でも、俺は他のタチがそうするようにガツガツしたりはしない。
スピーカーから流れる煩い音楽を避けて、いつもつるんでいる数人でタバコを吸ってた。
そしたら、あのオンナが寄ってきた。
「ねぇ。私にしとかない?」
思えば、あれが今の先輩の彼女だ。
先輩には悪いが俺の好みではない。丁重にお断りした記憶がある。
「俺、モテるから。」
「そうだね。さくやは格好良いもん。」
そんなコト言われ慣れてる。俺は自分が格好良いことを自覚している。
「じゃあ、いつきさんは、さくやが好きなんだ。」
「昔はそうだったんじゃね?今は先輩がいるだろうよ。」
とーこは何やら納得した顔で頷いた。
「どうした?」
「オンナの世界って難しい。」
「はぁ?」
「付き合っている人がいても、好きな人がいることってあるんだね。」
「何だそれ、意味判んねぇ。」
「いつきさんって、今でもさくやのことが好きなんだと思うよ。じゃなきゃあんな顔しないと思う。」
「どんな顔だよ。」
「この前、街中でうっかり斗亜さんといつきさんと逢っちゃったでしょう?その時、さくやの隣にいるあたしを見て、いつきさん凍りつきそうなほど冷たい顔してた。どうして別れたはずのとーこたちが一緒にいるの?って顔だった。」
「そりゃ、あの人たちに別れさせられたんだから、そんな顔もするだろ。」
「違うの。さくやの隣にとーこがいるのが許せないって顔だった。」
「だからって、いつきさんが俺の隣にいるってことは一生ないんだぞ。」
「そうなんだけど、さくやの彼女は良くても、あたしじゃダメなんだよ。」
「意味判らねぇ。」
オンナってよく判らない。とーこはそういう面倒がないから傍に置いてる。嫉妬とかそういうグチャグチャした感情はごめんだった。ただでさえ実紗からの連絡がなくて荒れている。そんな時は癒されたい。とーこはそういう時にちょうど良かった。
愚痴言っても、大きな目を揺らしながら心配げに聞いてくれる。それが実紗の事であっても、文句ひとつ言わず親身になって耳を傾けてくれる。
俺たちは、仕事の後、俺の最寄りの駅で待ち合わせてコンビニでビールとつまみを買って動かない車の中でそれらを消費しながら話し合い、青い毛布を半分ずつかぶって寝て始発でとーこを送って仕事に行くっていう生活を週に三日位過ごした。
とーこは、自分の事を多くは語らなかった。いつも聞き役で聞き上手だった。
俺はとーこ相手にだと話さなくて良いことまで何故か話してしまっていた。子供のころの話や、昔のオンナの話。いつから何故この世界に足を突っ込んでいたのかなんて話まで。
先輩の店にもたまには行っていた。もちろん、とーことは別々で。
カウンターで飲んで、たまに昔からの知り合いと下らない話をする。そこに、とーこがいないだけで、こんなにもつまらないものかと思った。
おかしい。今までだったら、実紗がいないことを、つまらないとか、淋しいとか思ったはずなのに、とーこのことを考えてる。じゃあ、とーこを選ぶのかと問われれば答えはNOだ。俺は実紗を愛している。ただ、一緒にいて楽しいのはとーこなんだ。実紗といると感じるのは、いいオンナを連れているという優越感。そして愛しているという気持ち。何故ここにとーこが出てくるのか全く判らない。
「実紗ちゃんとは上手くいっているの?」
久々に『FIVE』に来て気持ちよく飲んでるって時に、このオンナはいちいち俺の癪に障ることを言う。いつきさんを睨み付けそうになりながら「あれから、連絡とってないから。」と言うと「私、連絡取ってあげようか。」と言いやがった。
連絡先を交換していることも知らなかったし、連絡を取ってほしいと言った覚えもない。
この人のこういうところがムカつく。正直、放っておいてほしい。実紗は連絡が取りたければ取ってくるだろうし、そのスタンスを崩されたくない。
それなのにいつきさんは勝手に携帯をいじり始めた。
「この前、お前の彼女が一人でふらっと来たんだ。その時、アド交換したらしいぞ。」
そんな話、聞いてない。実紗が自分のテリトリーに入ったのが何だか嬉しくもあり心地悪くもあった。
「実紗ちゃん、今日、遅番だから出勤前に来るって。」
「お、桜夜。良かったな。」
全然良くない。実紗に逢う心構えでいなかったから、どうしていいのか判らない。しかも、何分後かには男のところに送り出さなければならない。それが実紗の仕事だけれど気持ちの良いものではない。
ビールをグビリと飲み干した時に、実紗は出勤前のセットした髪型で『FIVE』に入って来た。
「いつきさん。連絡ありがとう。桜夜、来てるなら連絡してよ。」
「わりぃ。」
何で謝っているのか自分でも判らなかった。ただ実紗の機嫌を損ねたくなかった。髪をセットして濃い目のメイクをした実紗はいつもより数倍美人だった。店の中が一瞬息を飲むように静かになったのを感じられた。これが俺のカノジョ。優越感でいっぱいになる。
「八時半には行かなきゃならないの。」
それって、あと十五分後だ。
「でも、どうしても桜夜に逢いたくて来たのよ。」
その一言で有頂天になる。俺は単純に出来ているらしい。さっきまでいつきさんに感じていたイライラも、もう忘れてしまった。
「何飲む?」
「カシオレ。」
とーこも同じものを飲んでいたな。って考えが一瞬頭をよぎった。実紗がここにいるのに、どうしたんだ俺。実紗に集中しなきゃと思えば思うほど思考は拡散する。
「今月もナンバーワン取れそうなの。そうしたらお祝いしてくれる?」
「おう。何がいい?高いものは買えないぞ。俺、金ねぇから。」
「桜夜に物はねだらない。一緒に飲んでくれればそれでいいの。」
「そんなんでいいなら、いいぞ。」
「ありがとう。」
子供のようにはしゃいだ笑顔が、濃いメイクにミスマッチで、こういう無邪気な所を好きになったんだって思い出す。我儘ばかり言う実紗だけれど時々、こういう可愛い面が顔を出す。そんな彼女を愛しているんだ。
「もう行かなきゃ。」
カバンをもって慌ただしく出ていこうとする実紗を後ろから抱き締めて「無理すんなよ。」それだけ言うだけで精一杯だった。
実紗の残り香だけが残って切なくなる。実紗は、本当に俺と付き合っていると思ってくれているんだろうか。その答えを聞くのが怖くて、いつも聞けない。
子供がいて、男と生活したことがあって、男相手に商売しているオンナは大抵俺の事を「代わり」にしたがる。
前に付き合ったオンナがそうだった。
男より男らしいんだと。けれど、俺はオンナだから、男との恋愛に戻る時、浮気していたことにならないから、面倒がなくて良いと言っていた。その理屈にムカついたが、冷静になって言われてみれば確かにそうだ。
実紗だって、もしかして今、男と付き合ってるかもしれない。けど俺と付き合っても俺はオンナだから「浮気」にはならない。所詮オンナ同士の戯言。
そう思うと、いてもたってもいられなくなる。
実紗に仕事を止めさせたいが、ナンバーワンを保っている彼女を養えるほど俺には財力がない。それに子供を育てていける自信もない。
実紗と逢う度、嬉しさと不安が一緒になって、俺はどうしたら良いのか判らなかった。




